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メインクエスト15

 ……おお、マジで言ってる?


 (もちろん。あれ、あんま乗り気じゃない? 君が愛してやまないロマンの塊みたいな話だよ?)


 確かにああいう話は大好物だけど……。


 でも、お前も言ったみたいに、工房はできるだけ早く欲しいんだ。


 あんな実在するかどうかもわからない伝説を……それこそただの妄想かもしれないものを今から追いかけてたら、それこそ工房を建てられる資金が手に入るのなんて、いつになることやら。下手をすれば、徒労に終わるんだぞ。


 (そうは言ってもシンクゥ、莫大なお金を一気に手に入れようと思ったら、それこそ伝説に挑むくらいじゃないと難しいんじゃないかな)


 そもそも、どうやってそんなあるかもわからないダンジョンを探すつもりなんだ?


 (全部が全部あるかもわからないってわけじゃないよ。歴史研究家や考古学者たちが実在する可能性は大いにあると言っている伝説もあるくらいだしね)


 そりゃ、ブサメンだって妄想冒険録には興味がある。探してみたい気持ちもあるけど……。


 (その気になってきた? じゃあ思い出してみて。王都に着いたばかりの頃、君は伝説のダンジョンのヒントを目にしているんだ)


 え、うそぉ。


 (わからないかい? ほら、あの新聞だよ)


 新聞? ……ああ、噴水広場で売ってた?


 (そう、そこに書いてあったろ? サラディン大砂漠で古代人の石板が発見されたって)


 ……よく覚えてるな。じゃあ何か? その石板が伝説のダンジョンの存在を示唆してるって言いたいのか?


 (そう。さすがに新聞にはあんまり詳しいことは書いてなかったけど、その石板に刻まれていたみたいだよ――『世界を征服した王がいた』とね。あの伝説によく似た文言じゃないか)


 古き王の眠りし墓、か。


 今から千年は昔の話だ。この世界に存在した国という国を征服し、覇を唱えた強大な国家があったという。その国の王は強欲で、征服した国の財宝も美姫もすべて自分の宮殿に集め、絢爛な暮らしをしていた。


 しかしそんな強大な武力を持つ王も寿命には勝てなかった。自分の死期を悟った王は、自らの死後、その財宝や美姫が、他の人間のものになるのが嫌で、財宝は自分の石棺に、美姫は王墓に生き埋めにするように命令した。


 その財宝を手に入れることができれば、世界で最も贅沢な暮らしができる……というのが、古き王の眠りし墓の伝説である。


 (その通りだよ。その石板を見に行けば、何かわかるかもしれない)


 見に行くって、どこに?


 (王都にある国営博物館さ。でも、注意したほうがいいかもね。僕らと同じような考えを持った連中がいないとも限らない)


 未発見の伝説のダンジョンか。うぅーん……さすがにその新聞の情報だけで伝説のダンジョンがあると思うのは……ちょっと、無理がある。


 (まぁ、僕も、ダンジョンはある! なんて断言はできないし、その石板を見て、伝説とは何の関係もなさそうだったり、何もわからなかったりすれば、その時は普通のダンジョンに挑めばいいんじゃないかな?)


 それもそうか。観光ついでに、その博物館に行くだけ行ってみればいいか。


 (うんうん)


 それに。


 (ん?)


 ロゼちゃんに伝説のダンジョンを見つけて、その攻略までした実績をあげれば、好感度爆増じゃん。


 (おい)


 好感度云々の話は置いておくにしても、ロゼちゃんは妖精賛歌のスキルで有名になればなるほどステータスが上昇するわけで、彼女がどんな事情を抱えているのかは知れないけど、できれば応援してあげたいじゃん? そのためにも、伝説のダンジョンを見つけるという選択肢は、悪くないだろう。


 (……シンクゥ)


 いやー、それにしても、あの真面目ちゃんなクロロからこんなアイデアが飛び出してくるとは。


 (……最近、完全にただのツッコミ役になってたからね。ここらで僕は人間よりも遥かに優れた分析能力を持った人工精霊だってことを思い出してもらわないと)


 ……そういや君、そんな役割だったな。


 (やっぱり忘れてるし! ほら、そうと決まったら行くよ!)


 いや、宿に戻らせろよ。


 (あ、そういえばそうだったね)


 宿に戻る途中でロゼちゃんにエンカウントしたのだ。


 (エンカウントって……魔獣じゃないんだから)


 似たようなもんだろ、あれは。


 (う、うーん。否定しきれない)


 博物館に行くのは、明日だ。ロゼちゃんと合流して一緒に行けばいい。今日はふかふかのベッドでゆっくり寝るんだ。ブサメンはお疲れなのだ。


 (はいはい。人間は脆弱だなぁ)


 パスカルかおまえは。魔力さえあれば24時間365日稼働できる人工精霊と一緒にするな。

 ブサメンは襲ってきた眠気にフラフラになりながら、ようやく宿屋に戻ることができたのだった。



 ◇◇◇



 快眠にして快便。ブサメンは今日も健康体です。


 安宿の割には寝心地のいいベッドで眠ることのできたブサメンは、身支度を整え、ロゼちゃんと合流すべく、王都の噴水広場まで来た。


 とりあえず、今日は彼女からバハムート討伐の功績を譲った報酬を受け取って、その後は博物館に行ってみようと思っている。


 「あ、今日もお出かけ? お兄さん」


 朝も早くから宿の仕事の手伝いをしていたJCが、部屋から出てきたブサメンに声をかけてきた。


 「ふん、答える義理はない」


 「あ、それ! お兄さん、それ、冒険者のドッグタグでしょ? 冒険者になったの?」


 このJC、目ざといな。そしてめげないな。


 「チッ、朝から騒がしいガキだ。見ればわかるだろう。」


 「ってことは、一昨日の夜帰って来なかったのは、冒険に出てたから!? すごーい、話聞かせてー!」


 え、そう? そんなにすごい? 興味ある? いいよ、なんでも話しちゃうよ。


 (こらこら。予定があるでしょうが)


 「あ、リオン。お客様を困らせては駄目じゃないか!」


 ブサメンはクロロに窘められ、JCはパパンに窘められてしまった。


 「申し訳ございません、お客様。いってらっしゃいませ」


 「……ああ」


 別にちょっとくらいいいのに。


 (はいはい、シンクゥも。もう行くよ)


 その後、宿を出たブサメンは、さっそく噴水広場に向かった。


 「イケメンさん、こちらです」


 おお、ロゼちゃん早いな。もう来ていたのか。しかも今日は冒険者衣装じゃなくて、私服だ。武器も持っていない。まぁ、今日は冒険に出る予定はないからな。


 「昨日ぶりだな。銀髪」


 「銀髪って呼ぶのやめてくれません? ロゼです。まったく……昨夜はよく眠れましたか?」


 「貴様に心配されるほど柔ではない」


 「なるほど、絶好調ですね。私も一晩寝たら、回復しました」


 良きかな良きかな。


 「さっそく、例の件の報酬を渡したいんですけど」


 え、『例の件』って実際に言ってるやつ初めて見た。かっこいいな、例の件。ブサメンも使ってみたい。


 「ああ。俺も、例の件で話がある」


 ちなみにブサメンの言う例の件とは、ダンジョンのことである。


 「わかりました。このような場所でする話じゃないですし、昨日のカフェにでも行きますか」


 「いいだろう」


 ということで、昨日、秘密の会話をしたカフェに再びやって来た。同じ個室に通され、ブサメンたちは席に着く。


 「まず、こちらがあなたへの報酬になります。シェヘラザード金貨で1000万ゼニーあります」


 ひゃっほいさすが王族、金払いがいい。


 大きな革袋の縛り口からは、黄金の輝きが漏れ出していた。


 「確かに受け取った」


 「それで、あなたの言う『例の件』ですが」


 「ああ。俺たちが潜るダンジョンの目星がついた」


 「え、早い。どこですか?」


 「聞いて驚け。古き王の眠りし墓、だ」


 それを口にした途端、ロゼちゃんが「何言ってんだこいつ」みたいな顔をした。


 「はぁ、イケメンさん、暑さで頭がやられちゃいました? ……あれはただの妄想、御伽噺の類いですよ?」


 「失礼な奴だな貴様は……あいにくと、どこにも異常はない」


 「でもさすがに伝説のダンジョンに潜るというのは……」


 「冗談にしか聞こえない、か? 確かにな」


 ブサメンも正直、あんまり期待してないし。


 「だが最近、王都近くの砂漠で面白いものが見つかったという話を聞いた覚えはないか?」


 「面白いもの? ……まさか、新聞に載っていた石板ですか? 博物館に展示されているという?」


 「くくく、話が早いな。その通りだ」


 「その笑い方、癇に障るのでやめてもらっていいですか?」


 やだ。っていうか。


 「貴様、最初に比べて随分遠慮がなくなったな」


 「……ごめんなさい、つい。一度素を見られているので、もういいかなって、思ってしまったみたいです。と言うより、あなたのウザさが私の猫かぶりの許容量を超えてます」


 (……言うなぁ)


 「そうか。まぁ、好きにするといい。俺も好きにする」


 「……はぁ。話を戻しますが、石板の存在だけで伝説に語られる王墓があるという確証は……」


 「確かにな。だが、もし本当に王の墓を見つけることができれば、資金集めという目的は達成したも同然だ。それに我々が一番乗りともなれば競争相手もいない。最小限のリスクで、最大の成果を得られる。なに、その石板を見て何も手掛かりをつかむことができなかったら、王墓探しは諦めて、そこらのダンジョンに潜ればいいだけの話だ」


 「それは……そうですけど、まさかこのタイミングで伝説、というか冒険者たちの妄想したダンジョンを探すことになるとは思ってもみませんでした」


 「俺たちは冒険者だ。こういう『冒険』もしなくてはな。魂が腐る」


 「まぁ、いいでしょう。あなたの言うことも、一理あります」


 よしよし、話はついた。


 「じゃあ、まず向かう先は、博物館、ですね?」


 「ああ。案内は任せた」


 「……場所、知らないんですか」


 知らない。だって王都来たばかりだもん。

 というわけで、ブサメンはロゼちゃんの案内で博物館にやって来た。


 「ほう」


 まるでパルテノン神殿のような佇まい。博物館自体が展示品のような神秘性がある。いいじゃん。

 入り口まで来ると、そこにあった立札には入館料1000ゼニーと書かれていた。


 ふ、はした金だな。1000万もある今のブサメンにはな!


 「俺の奢りだ」


 ブサメンは入館料を支払おうとするロゼちゃんのを止めて、彼女の分も含めて華麗に支払った。


 「……ありがとうございます」


 なんか今一瞬、よくたった1000ゼニーでそんな得意げな顔ができるな、みたいな表情をされた気がする。


 そういや君、王族でしたね。


 やっぱ奢らなきゃよかったと思いつつ、館内へ。


 エントランス部分には、まずは小手調べとでも言うように、古代文明の壺だとか、壁画の欠片だとかが展示されていた。興味がないわけでもないが、今日の目的は石板だ。


 界隈によっては歴史的大発見だとも騒がれているらしい代物だ。きっとメインホールで大々的に展示されているに違いない。


 そう思って、早足で有象無象の展示物を横目に眺めながら館内を移動する。


 館内に客の姿は、あまりない。前世だと、何か新しい発掘物があったりすると、博物館は大人気になる、みたいなイメージがあったけど、こっちはそうでもないんだろうか。


(まぁ、こっちの世界の人たちは、地球の人たちみたいに生活に余裕があるわけじゃないからね。入場料だって、彼らには馬鹿にならない金額だ。博物館なんて、基本的に貴族や学習意欲のある学生くらいしか来ないんじゃないかな)


 なるほど。


 「同業者の姿も見当たらないな。新聞にあれだけデカデカと見出しが出ていたのだから、俺たちと同じように考えた冒険者がここに来てもおかしくはないと思っていたのだが」


 「そうですね。ただ、冒険者は基本的に荒くれ者が多いですから。文字が読めない人も多いようですし、新聞なんて気にもしていないのでしょうね」


 それでいいのか冒険者。


 「とは言え、そんな人たちばかりではないようですね」


 ピタリと、ロゼちゃんはメインホールの前で足を止めた。彼女が視線を向ける先には、武器と防具を装備した複数の人影があった。数は四。同業者だ。


 (っていうか、あれ! あの人! あの時の獣人だ!)


 だにぃ?


 クロロに言われてよくよく見て見れば、確かに見覚えがある。というか、冒険者ギルドで絡んできた獣人種だった。名前は確か……ガラハド。

 周りにいるのは、あいつの仲間か。彼らも『古き王の眠りし墓』の匂いを嗅ぎつけてきたということか。


 「チッ、面倒な……」


 「イケメンさんのお知り合いですか?」


 「ああ。あまりの品のいい知り合いではないがな」


 「なるほど」


 そう言うと、ロゼちゃんは言いたいことを理解してくれたのか、それ以上進もうとせず、柱の陰にそっと身を隠した。


 「では、見つからない方がよさそうですね」


 ブサメンもそれに倣い、ガラハド一行の動向を注視する。奴らは、メインホールの中央、ガラスケースで保護された石板の前に陣取って、中身を食い入るように見ていた。だが、しばらくすると、忌々しそうな顔をしてどこかに行ってしまった。


 ブサメンたちはガラハドたちが戻ってこないことを確認しながら、石板の前へ。

 そして彼らが忌々し気な表情をした理由を理解した。


 「これは……確かに、あんな顔をしたくなるのも、わかりますね」


 石板に刻まれていた文字が、古代語の文字だったのだ。


 展示品の傍に書かれている解説を読むと、どうやらこれは千年くらい昔のものらしい。博物館側も解読の途中なのか、あるいは公開する気がないのか、古代語を現代語に訳した文章は、そこには書かれていなかった。


 (千年前かぁ。そりゃ、現代の文字なんて使われてないよね。そこらへん、シンクゥ的には問題ないよね)


 当然。古代語くらい普通に読める。なんせ昔の魔導書は全部古代語だからな。魔法の研究をしようと思ったら、古代語くらい読めないと話にならない。


 ガラスケースに守られた石板は、当たり前だが、かなりの年代物だ。あちこちに傷があったり、欠けていたりしてかなり読みにくいが、これは……。



挿絵(By みてみん)



 と、書かれている。

 「なるほどな」


 どうやらこれは、古代の王が世界征服をする過程をその臣下が書いたものらしい。


 (うーん、なんというか、なかなか尖った文章だね)


 ああ。自分のとこの王様最高! みたいな文章だな。


(まぁ、この石板と事前情報から察するに、この王様、かなりの暴君だったみたいだから、まさか悪しざまに書くことなんてできなかったんだろうね)


 この文章を書いた奴が、本心ではどう思っていたかは知らないが、まさか独裁者相手に批判するようなことは、書けなかっただろう。


 クロロの言葉に賛成するようにブサメンが頷いていると、ロゼちゃんが驚いた表情でブサメンの顔を見てきた。


 「え、まさかこの石板が読めるんですか!?」


 読めるんですよ。


 「なんだ貴様、読めないのか?」


 「う、だ、だって古代語なんて習ったことないですし……」


 「たいして難しい文章でもないのに? 読めないのか? おいおい、冗談だろう。本気か? ふぅ、なんてことだ。はぁ、やれやれ、だぜ」


 「ぶち殺しますよ」


 ごめんなさい。

 でも知識マウントって、最高だよね。


(最低だよ。いいから早く教えてあげなよド屑)


 はいはい。

 というわけで、石板に書かれている文章を翻訳してあげると、ロゼちゃんは感心したように頷いていた。


 「そんなことが書かれているのですね。そんなにスラスラと古代語が読めるとは……ただのウザったい男じゃなかったんですね! びっくりです!」


 ……このアマぁ。ぶちころ……いや、落ち着けブサメン。ブサメンはクールな男だ。そんな簡単に怒るなんて、クールなジェントルマンがすることじゃない。


 「ふん。この程度、魔法使いならば誰でも読める」


 「はいはい、すごいですねー」


 (ロゼちゃん、段々君の扱い方がわかって来たみたいだね)


 適当に流しておけばいいって? ひどいや。


 「で、その頭のいいイケメンさんは、この文章読んで、どう思いました?」


 「胡散臭いな」


 「ま、ですよね」


 そう、胡散臭い。とても。


 王が暴君である場合、その活躍をあることないこと脚色して書く、なんてよくある話だ。だから、ここに書かれている世界征服とやらが事実かどうかにも、疑問を持ってしまう。ただ、個人的には事実であってほしい。だって、本当に世界征服していたら、伝説通り、世界中のお宝が王墓に納められている可能性が高くなるから。


 しかし……それにしたって胡散臭い。


 だいたいこんな大昔に海を渡り、大陸を横断し、世界を股にかけるだけの移動手段があったのだろうか。確かにこの世界には魔法とかスキルとか便利な力があるけど、それにしたってこんな魔獣が跋扈する世界で……地球とは難易度が桁違いだぞ。


 そう考えると、そんな手段はないように思える。


 つまり石板に書かれているのは誇張、あるいは世界の広さを知らないが故の表現であり、実際は「世界を征服した」のではなく、大きく言っても「大陸を征服した」とか「自分が知っている周りの国を征服した」くらいなのではなかろうか。それはそれでとんでもないことだが。


 「とは言え、この石板に登場する王というのが、かの妄想冒険録に登場する『古き王の眠りし墓』の王と同一人物なら、確かに伝説の証明に一歩近づいたと言えるのかもしれません」


 たとえ王墓にあるのが、世界規模の財宝でなかったとしても、財宝の存在自体は期待してよさそうだ。


 「問題は、いかにしてこの王が眠っているという墓を見つけるかだが……確かこの石板が発見されたのは、サラディン大砂漠だという話だったか」


 シェヘラザード王国内に広がる大砂漠だ。バハムートとの戦闘の舞台になった砂漠でもある。


 (うん。でも石板がサラディン大砂漠のどこで見つかったかまではわからないな。具体的な発掘場所までは公開されてないみたい)


 石板が発見されたのがサラディン大砂漠なら、その王がいた古代の国は、現在位置から実はそう遠くはなかったのかもしれない。なら王の墓だってこの近くだろう。発掘現場を調べられれば、もっと何かわかるかもしれない。


 でも、この博物館の学芸員に訊いたところで、発掘現場の場所なんて教えてくれるだろうか?


 (いやぁ、さすがに厳しいんじゃないかな)


 だよなぁ。


「とりあえず、この博物館で、石板以外に何か古代の国に関係しそうなものがないか、探してみませんか?」


 賛成。

 というわけで、ブサメンは博物館の中をうろうろすることにした。


 「これは、古代人のミイラですか。へぇ」


 知的好奇心がうずくのか、ロゼちゃんが足を止めて、細長いガラスケースの中を覗き込む。

 そこには、胸の前で手をクロスさせ干からびながらも、原形を保っている一体のミイラが納められていた。


 「遺体のミイラ化なんてよくやろうと思いましたよね。下手をすれば、そのままアンデッド化するのに……」


 「むしろそれが狙いだろうな」


 「え?」


 現状、この世界には二つの月がある。青い月と赤い月だ。青い月の光は人間にとっては聖なるものであり、逆に赤い月光は邪悪なもので、それに人間が曝されれば瘴気に触れたように体が溶けてしまうという。


 普段、人間が夜でも外を出歩けるのは、赤い月光――つまり瘴気を聖なる光である青い月光が中和してくれているからだ。


 しかし年に数回、赤い月が満月になる夜が来る。その夜は瘴気が強くなり、青い月光の浄化が間に合わなくなる。その強力な赤い月光に触れた魔獣はステータスが強化されるし、それに曝された人の死体はアンデッド……動く死体と化して復活するのだ。


 「死にたくない、永遠に生きていたいと考えた古代の人間が、自らの死後も肉体を残し、赤い月光に曝されることで、アンデッドになってでも復活しようと目論んだのだろう」


 だがそれは大昔も今も違法だ。死体を葬る時は、間違ってもアンデッド化しないようにしなくてはならない。


 だからこの世界の埋葬方法は焼却が基本だが、要は赤い月光にさえ曝されなければいいので、石棺の中に押し込むか、土の中に埋めてしまうでも問題ない。あるいはこうして外からの光が入らないような建物内で保管するか……。


 このミイラも、本当はアンデッドになってでも復活したかったのだろうが、おそらく死後、周りの人間がアンデッドにならないように埋葬したのだろう。遺体を焼かなかったのは……おそらくこのミイラが貴人のものだったからだ。つまり貴族だ。


 貴族の意向を無視して遺体を処分してしまうことにビビった誰かが、せめてミイラのまま、しかしアンデッドとして復活しない埋葬方法を選択した、みたいな感じだろうか。


 そんな推測、というか妄想を語ると、ロゼちゃんは感心したように頷いていた。


 こういうのを見ると、死んだらどうなるんだろう、また転生とかできるのかな、とか色々考えないでもない。けれどもやっぱりブサメンには関係ないな。


 なんせブサメンは、むこう数百年は生きるつもりだから。魔法を研究して不老不死の方法を探し出すのだ。だってこんなロマンあふれる世界だ。ほんの数十年しか生きられないなんて、もったいない。ブサメンは死ぬつもりはない。生きられるなら永遠に生きていたい。


 (そういうのって、だいたい悪の魔法使いが考えそうなことだよね……まぁ、君が悪の道に堕ちても、正直僕は驚かないけどね。もうだいぶやばい感じだし)


 どういう意味だ。


 (その内、悪の魔法使いシンクゥの遺体! これぞ現代に生きた魔王の遺体だ! みたいな感じで博物館に展示されそう)


 ……それはそれでいいかもな。死後も恐れられるブサメン……かっこいい。


 (はいはい。ほら、ロゼちゃん先行っちゃってるよ)


 おっと。


 その後も巨人族が使っていた大剣やら最古の宝具やら厨二心をくすぐられる展示品を見ながら、博物館の中を歩いて回った。


 あれだな、普通に楽しいな、ファンタジー世界の博物館。


 (だねぇ。でも、楽しんでばかりもいられないようだよ)


 クロロが警告したのは、二階に上がってきた時のことだった。


 「なに……? チッ」


 「イケメンさん?」


 「あれを見ろ」


 ブサメンたちがいるエリアよりも一つ先のところに、早々に立ち去ったと思っていたガラハド達がいたのだ。


 まだこちらに気づいていないようだ。おそらく彼らもまた、ブサメンたちと同じく『古き王の眠りし墓』の手掛かりを見つけようと躍起になっているのだろう。奴らは立ち止まり、何かをじっと見ている。どうやら展示物を見ているわけではなさそうだ。


 「掲示板を見ているようですね」


 「ああ」


 彼らは頷き合うと、またどこかへ行ってしまった。気になったブサメンたちは、彼らが見ていた掲示板のもとへ向かう。


 「『古代人の手記、近日公開』……か」


 「この手記ってまさか……?」


 「タイミングから言って、石板と同じ発掘現場で見つかった物、だろうな」


 「これが王墓発見の手掛かりになるといいのですが」


 ガラハドたちもこれを見て、出直すことにしたのだろうか。

 そう思った時だった。


 「うわあああ!」


 博物館の奥から人の悲鳴が聞こえてきた。


 「何事ですか!?」


 ロゼちゃんが、声のした方を向く。


 (行ってみよう、シンクゥ!)


 え、やだよ。


 厄介ごとの気配を感じて反射的に逃げようとしたブサメンと、人が困っているなら助けずにはいられないクロロの意思とがせめぎ合う。


 おい、どうしてお前はそんなに厄介ごとに首を突っ込みたがるんだ?


 (君こそ、すごい力があるんだから、ちょっとは人のために役立てようとか思わないの!?)


 ええい、うるさい! そう言ってお前はいつもブサメンを厄介ごとに巻き込むんだ! お前は寄生虫じゃなくて疫病神だな! いや、寄生虫の形をした疫病神だ! きえー悪霊退散!


 (誰が悪霊だあああああああああああ!!!!)


 頭の中ででかい声をだすなああああああ!! 頭が割れるううううううううう!!


 (じゃあ、やめてあげるから、早く様子を見に行くよ)


 ……うぐぐ、わかったよもう。


 というわけで、ブサメンはロゼちゃんを伴って、渋々博物館の奥へ。

 スタッフオンリーの扉を開けて、悲鳴のした方に走ると、なんだか古めかしい匂いのする部屋に辿り着いた。


 どうやらここは発掘物の修復を行う作業部屋らしい。発掘された遺物の中には、状態が悪いものがあるので、それを修復する部屋だ。


 悲鳴の主はそこで働いている職員で、彼は目出し帽をかぶった男たちに取り囲まれ、胸倉を掴まれていた。


 「古代人の手記はどこだ。言え」


 (こ、この声って、まさか!)


 あ、ああ。たぶんガラハドだな。何やってんだ。


 (もしかして、誰よりも早く『古き王の眠りし墓』の財宝を手に入れるために、手記を奪おうとしてるんじゃ!?)


 ! あの掲示板を見て、古代人の手記がこの博物館内にあると思ったのか! で、職員を脅して奪い取ろうと。無茶苦茶やるな!


 (手記が奪われたら、王墓の手掛かりがなくなっちゃうよ! それにもし、手記がここで修復中だったのなら、乱暴なガラハドたちが扱えばボロボロになって二度と見られなくなるかもよ!?)


 それはさすがに見過ごせないな。


 (でも、割って入るにしても、ここで暴れるのはまずいよ。もし修復中の遺物が壊れでもしたら)


 分かってる。

 ブサメンにぃ――お任せ☆


 (ふ、不安だ。かつてないほどに不安だ)


 「そこまでだ。ガラハド」


 「!? だ、誰だ!!」


 唐突に名前を呼ばれたガラハドは動揺して職員を放し、こちらを振り向く。職員は腰を抜かして尻餅を着いた。


 さぁ、見せてやろう。ブサメンのネゴシエーションを。


 「て、てめぇは! あの時の!」


 奴が武器を抜くと、その仲間たちも一斉に武器を手に取った。

 そんな彼らに、まずは優しく乱暴はいけないよ、と教えてあげる。


 「馬鹿が。こんなところで武器を抜くな、クソ戯け」


 なんか思ってるのと違う言葉が出たが、まぁ意味はだいたいおんなじだ。ニュアンスが伝わっていればそれでいいんだ。


 「な、なんだと!」


 よし、次は、強盗はいけないよと諭してみよう。


 「貴様らの狙いはわかっている。この博物館で展示される予定の『古代人の手記』だろう。愚かなことだ。それを奪ったところで、貴様程度の頭ではどうせ古代語なんて解読できんだろう。無駄なことは、やめろ」


 (……ねぇ)


 「虚仮にしやがって……っ、そこまで知られてるんなら、放っておくわけにはいねぇな!」


 ガラハドが武器を握る手に力を込めた。それを見たブサメンは思わず笑ってしまう。


 「くっくっく」


 「……何がおかしい」


 「その武器はなんだ?」


 「!」


 ガラハドは、ボロボロの斧を持っていた。以前ギルドで絡まれたときに持っていた大斧は古めかしく傷がありながらも、歴戦の武器と言った感じだったが、この武器は……ううん、中古感あふれるただのオンボロだ。どうしてそんな武器を使っているんだろう。


 そうだね、ブサメンが前の武器ぶっ壊したからだね。


 「随分と、みっともないものを持っているな」


 武器を壊してしまってごめんなさい、と謝ってみた。


 (おい、おいコラ君!)


 え、なに。


(さっきから煽りまくってるじゃないか! 思ってることと言ってることのギャップが激しすぎるんだよ!)


 で、でもブサメンの演じるキャラ的には、こんな感じの言い回しが一番しっくりくるかなって。


 (君がしっくり来ても向こうにとってはただただ煽り散らかされてるだけなんだよ!)


 そんなことはない。お前のしていることは無駄なことだからこんな犯罪行為やめておけ、と言ってあげてるだけだ。


 (下手くそか!!)


 「ゆ、許さねぇ、ぶっ殺してやる!!」


 (ほらもう、ブチギレちゃったじゃないか!)


 「クソガキが!! その汚ねぇ顔をぐちゃぐちゃにしてやる!」


 誰が汚い顔だ! ぶっ殺してやる!


 (情緒の不安定さよ)


 「おいお前ら、こいつを囲め!」


 「銀髪! 戦闘準備だ!」


 「え、ええ!? 今のやり取りを見ている限り、イケメンさんに非があるようにしか見えなかったんですけど!?」


 「貴様の目は節穴か!?」


 (むしろお前の脳みそが穴だらけなんだよ)


 今すっげぇ酷いこと言われた!


 ガラハドたちがジリジリと距離を詰めてくる。と、そこで彼らは何かに気づきニヤリと笑った。


 「い、イケメンさん、そういえば私、武器を持っていません!」


 ……そういやそうじゃん。

 じゃあ、魔法ぶっぱして大暴れするしかないじゃん。


 (だからそれはまずいって! 場所的に最悪だ。ここにある遺物を壊す気かい!?)


 そんなこと言ってもな……ブサメンも武器持ってないし。そして数は向こうの方が上。

 ならもう――逃げる一択だ。


 ブサメンたちに対抗手段がないと判断したガラハドたちが、一気に距離を詰めようとしてくる。

 ここは、戦闘力一切なしの魔法で切り抜ける!


 「光よ、あれ(アンセム)!」


 それは、光源を生み出す魔法。かつて、男爵の屋敷の地下へ行くときも使った魔法だ。だが、今回は、出力が違う。ブサメンはロゼちゃんを庇うように前に出た。


 その瞬間、カッ、と修繕室に光が満ちる。


 「ぐわああ! 目が!!」


 強烈な光が、ガラハドたちの視界を白く覆い潰した。

 彼らの足が止まったのを確認し、尻餅を着いたまま、魔法の影響でフラフラしている職員に駆け寄る。


 「おい、平気か? 立てるならさっさと立て。撤退だ」


 「な、なんだ、何が起きたんだ。視界が……」


 「貴様を助けてやると言っているんだ。さっさと来い!」


「ま、待ってくれ、あの人達の狙いは古代人の手記なのか!? このまま逃げたら、あいつらに手記が盗られてしまう! あ、あれの歴史的価値は計り知れないんだ。あんなガサツそうな連中の手に渡ったら、無事に戻って来る保証なんてない!」


 「だろうな。だが、だからと言ってどうする?」


 「そ、そこに手記がある!」


 早くも視界が戻ってきたのだろうか、彼が指さす机の上を見てみれば、そこにボロボロの冊子があった。


 この人の視界が戻りつつあるということは……ガラハドたちも。

 案の定、奴らの視線も、いや、この場にいる全員の視線が冊子に集中していた。ガラハドたちがそれに向かって走り出そうとするが、ブサメンがそれを許さない。


 「銀髪!」


 強烈な光のせいでまだフラつくのか、ガラハドたちの動きが鈍っている間に、ロゼちゃんが走り出し、机の上の手記をかっさらった。それを見た職員が叫ぶ。


 「よくわからないけど、あんたは信用できそうだ! あんた魔法使いなんだろ!? だったらこれの価値くらいわかるだろう!」


 まぁ、魔法使いは学がある連中というのが世間一般の認識だし、間違ってはいない。だから手記の価値をわかってくれると、この職員は判断したのだろう。


 「あんたらにそれを預ける! それ持って逃げてくれ!」


 それってブサメンがこいつらに追い回される奴じゃん。この職員、自分は追いかけられたくないから、ブサメンに全部丸投げするってことじゃん。鬼畜じゃん。


 (でもチャンスだよ。君もこの手記が見たかったんだし。預かっておけば、合法的に見ることができる)


 まぁ、それもそうか。


 「いいだろう。こいつらをどうにかした後でこの俺自らが返しに来てやろう」


 「なんでそんな偉そうなんだ!? なんか不安になってきたぞ!」


 「なら貴様が手記を持って自力で逃げるんだな」


「あんたになら任せられる! 衛兵にはこちらで連絡しておく!」


 「……まぁ、いい。凶弾落ちて朽ちること違わず――鉄の花は開かれり(コスモティアーゼ)


 防壁の魔法を唱えると、透明の結晶体が手記を包み込んだ。


 よし、これで少しくらいの衝撃なら手記が破れたりしない。

 さて、出口は……いつの間にかガラハドの仲間が扉の前に立っている。

 あっちは駄目か。なら、仕方がない。


 「行くぞ!」


 「え!? 行くって――」


 ロゼちゃんに声をかけ、ブサメンは窓に向かって走り出した。ガラハドたちも当然追ってくるが――。


 「ちょ、ここ二階なんですけどおおおおお!?」


 困惑するロゼちゃんの声を聴きながら、ブサメンはそのまま窓を突き破った。


 

 Tips 月


 神の住まう場所、神殿。時代、地域によってその形は様々であるが、この世界における神殿は月そのものである。神が住まう地、それが月なのである。かつて神々は月から人間界を見下ろし、人々を見守っていた。青い月、緑の月、黄色の月、桃色の月、橙色の月、白い月、それぞれ異なる六個の月に六柱の神が住んでいた。しかし異界から現れた赤い月と、そこに住んでいた邪神によってこの世界は混沌と化した。邪神は魔獣を生み、人類を蹂躙し始めた。六柱の神々は人間と共に、邪神と魔獣の軍勢に立ち向かった。結果、邪神は己の神殿である赤い月に封印されることとなり、その代償として六柱の内、五柱の神が月ごと破壊され、今でも夜空には青い月以外の色とりどりの月の残骸が星のように浮いている。こうして現代の夜空には、生き残った神が住まう青い月と邪神が封印されている赤い月のみが残った。封印された邪神からは瘴気が漏れ出し、赤い月光となって地上に降り注いでいる。


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