メインクエスト11
さぁ、今からお仕事だ。
(バハムートかぁ。大きな獲物だね)
今回の討伐対象であるバハムートは、砂漠に棲む大型の魔獣で、見た目はサメとワニを合体させた感じの怪魚なのだとか。砂漠の中を泳ぎ回り、砂上を移動するトライホーンや船を下から襲うらしい。
ちなみに図鑑に載っていた情報はこんな感じ。
魔獣№458
名称:バハムート
種族:怪魚型魔獣
レベル:個体により変動あり。目安として、体長1~3Mでレベル1~10,4~8Mでレベル11~20、9~12Mでレベル21~30程度。現在のところ、それ以上の体格のバハムートが存在した記録はない。おそらくそれ以上の体長になると発見されやすくなり、かつ脅威とみなされ、討伐対象になりやすくなるからだと思われる。
特徴:海洋に住むサメという魚類と、沼地に住むワニという爬虫類を足したような見た目。牙は鋭く、シェヘラザード王国の戦艦をも食いちぎるほど。また鱗は頑丈で、これまでのデータから筋力200以下の物理攻撃、もしくは知力150以下の魔法攻撃は受け付けないだろう。普段は砂の下を泳ぎ回っているが、物音に敏感で、船やトライホーンで砂漠の上を移動している音を聞きつけ、寄ってくる。
体力:300
魔力:50
筋力:250
防御:200
敏捷:200
知力:40
抵抗:150
幸運:30
信仰:―
スキル:デザートハンド(砂を操るスキル)
※ステータスはあくまで平均値である。
(この図鑑に載ってるステータス、君の鑑定魔法で視るステータスと、表示の仕方がだいぶ違わない? 君の魔法だと、高いとか、そこそことか、曖昧な表現じゃないか)
たぶん、この図鑑を書いた人の術式が、かなり高精度なんだろうな。ブサメンの鑑定魔法の術式は、そこまで完成度が高くないんだ。
やっぱ同じ魔法でも、術式の記述内容によって効力や精度はかなり変わってくるな。こういう図鑑があると助かる。
で、その図鑑によると、このバハムートは魚のような見た目らしい。そういえば、地球の伝承でも魚として紹介されていたはずなのに、よくドラゴンとして創作物に出て来ていたような気がする。
特に日本の漫画やゲームだとなぜかドラゴン扱いされているが、その実お魚さんだったのである。どうして魚からドラゴンにランクアップしたのかはよくわからない。滝でも登ったのだろうか。
まぁいいや。で、このバハムートが相当な悪さをしているらしい。依頼書にはこんなふうに書かれていた。
『バハムートのやつにまた交易船が襲われた! このままじゃ商売あがったりだ! 騎士団がバハムートの討伐をしようとしたらしいが、返り討ちにされちまった。もう冒険者に頼るしかない。報酬は弾む。頼む、なんとかしてくれ! ――商業ギルド交易課カイリューン』
(カイリューンさん、相当困ってるみたいだね)
うむ。まぁ、ブサメンに任せとけって。すぐに討伐してやる。
砂漠を泳ぐバハムートとやり合うには、砂漠の上を走る船かトライホーンが必要だな。
(僕ら船なんて持ってないし、馬だね)
というわけで、城門の近くに店を構えている借馬屋からトライホーンを借りて、その背中に跨る。ちなみにブサメン、魔法学校での乗馬の成績は「可」でした。
(ギリギリ合格じゃん)
同乗される方はご注意ください。
(それ僕のこと? 安全運転でお願いね?)
さぁ行くぞ! ハイヨー!
(聞いてる? ねぇ、ちょっと?)
ひゃっはー、魔法学校のスピード卿とはブサメンのことだー!
(おーい)
頭の中で騒ぐクロロを無視して、トライホーンは砂を掻き分けて進み始めた。
砂漠の環境は過酷だ。上からは叩きつけるような凄まじい太陽光、下からは熱せられた砂の熱気がムワリと上ってくる。砂が混じった風は視界と気管を塞ごうとする。相応の装備がなければ、砂漠を移動しているだけで命を落としかねない。
そんな過酷な砂漠を旅する時のブサメンの装備が、これだ。砂塵が舞う中でも視界を確保するための防塵ゴーグルに、鼻と口を覆う薄手のスカーフ。そして熱された砂が肌に触れることによっておこる火傷から守ってくれる耐熱魔法が込められた砂漠越えの外套。
今のブサメン、傍から見れば変質者だな。周りに誰もいなくてよかった。
トライホーンに揺られながら、バハムートが暴れる生息域を目指す。
どれほど走っただろうか、太陽が真上に昇った頃、ブサメンは、依頼人がバハムートに遭遇したという海域、いや砂域にたどり着いた。
傍に砂地から大きく突き出した岩があったので、トライホーンから降り、岩場の上で痛くなった尻を休めつつ、バハムートの姿を探す。ここなら立ったままでも沈まない。
水を飲みながら周囲を観察するも、怪魚の姿は見当たらない。
(砂の中に潜ってるのかな)
だとすると面倒だな。
(図鑑には、音に敏感な魔獣って書いてあったね)
そういえばそうだったな。雷魔法でも連発してみるか。騒音のオンパレードだ。
(それ、他の魔獣も寄ってこない?)
ここら一帯はバハムートの縄張りになってるだろうし、大丈夫だろ。ここに来るまでにもあんまり魔獣を見なかったし。
そういうことなら、とクロロも納得し、ブサメンが魔法の詠唱をしようとした、その時だった。
ドオォオオオオ!!
岩場から少し離れた場所で、砂漠の砂が爆発的に噴き上がる音が聞こえてきた。まき散らされた砂塵と共に砂の中から飛び上がってきたのは、ワニの手足が生えた巨大なサメだった。
鎧のような鱗を纏い、背びれは刀のように鋭く、白く濁った眼球はギョロリと眼窩から浮き出ており、口に並ぶ牙は鋸のようだ。魔獣バハムート。よくドラゴンと誤解される哀れなお魚さん。
(お魚さんとかいう可愛い生き物じゃないでしょ、これ)
まぁ、それはそう。大型の交易船や騎士が乗る戦艦さえ沈没させるほどの攻撃力と凶暴性をもつ砂漠の殺戮者。
大きな体を砂の中に潜らせ、鋭い聴覚で地表の獲物を探す。獲物を見つけると下から一気に襲い掛かるという奇襲さえ行う生粋の狩人。まさに今やったように。
(誰かが……バハムートと戦ってる?)
単眼鏡で確認する。ここからだと分かりにくいが、確かに戦っている。数は……三人か。統一性のない装備から察するに、たぶん同業者だな。
(大変だ。早く助けてあげないと! 行こう、シンクゥ!)
そうは言っても、冒険者同士で獲物の横取りはご法度。それをした場合、ギルドが禁止する冒険者同士の諍いになりかねない……いや、そんな言ってる場合じゃないみたいだな。
バハムートの尾ひれに叩きつけられ、空高く打ち上げられた冒険者の一人が、大口を開けて落下地点で待ち構えていたバハムートに飲み込まれそうになっている。
やばい、と思ったその瞬間、別の冒険者がバハムートの横っ面をハンマーでぶん殴ってそれを阻止した。
ナイス!
と思わず喝采を上げそうになるも、まだまだ危機は去っていない。
打ち上げられた冒険者は砂漠に落下して、そのまま流砂に飲み込まれそうになっていた。それを三人目の冒険者が、自身の駆るトライホーンの上に引っ張り上げて助け出そうとする。
しかし、バハムートがそこに目をつけ、巨体をうねらせ一気に近づく。
(シンクゥ、急いで!)
わかってるって!
「行くぞ!」
バッと勢いよく、トライホーンに飛び乗った。トライホーンもまた、自分の仲間が食われそうになったのを見て怒ったのか、ブルルと勇ましく嘶くと、一気に走り出した。
ブサメンは、トライホーンに身体能力を向上させる魔法をかけ、さらに速度を上げると、砂漠を一直線に駆け抜けていく。
あまりの速さに振り落とされそうになりつつも、少しでも風の抵抗を減らすべく前傾姿勢になってなんとか落馬をこらえる。
こちらが戦場に近づく間にも、冒険者たちとバハムートの戦闘は進んでいた。ハンマーを持った冒険者がトライホーンに跨り、流砂を背びれで切り裂きながら突進してくるバハムートに向かっていく。
まるで騎士の一騎打ちのようだ。どうやらその隙に他の二人の冒険者が体勢を立て直そうという心づもりらしい。
冒険者とバハムートがすれ違う。
その瞬間に冒険者はハンマーを背びれに叩き込もうとするが、バハムートは砂漠の下に潜り、ハンマーを躱すと大きな尾ひれで冒険者が乗っていたトライホーンの腹を打った。
それだけでトライホーンの内臓は破裂し、ハンマーを持った冒険者は砂地に放り出されてしまう。こうなってしまえば、あとは砂の中でバハムートに食われるだけだ。
流砂に飲まれながら助けを求めるように腕を突き出すも、段々と砂の中に埋もれていく冒険者。すぐにほぼ全身が砂の中に埋まってしまう。そして、そこに迫るのが、バハムートだ。
く、ギリギリ間に合わないか!?
(まずいよシンクゥ!)
わかってる! 焦らせるな! 今から長文詠唱魔法は間に合わないか。なら!
「彼岸に誘え、閻魔の王よ。我は死の導き手にして、紅き花の運び手なり。死に逝く者に、一輪の花を」
(ちょ、それ攻撃魔法でしょ!? ここからじゃ届かないよ!)
黙って見てろ!
ブサメンは魔法陣が浮かんだ左手を後ろに向けた。
「紅蓮の徒花」
その手から真っ赤な炎が噴き上がり、その推進力で、トライホーンが飛ぶように加速した。冒険者との距離が一気に縮まる。だが、バハムートも大きな口を開け、捕食体勢に入っている。
「手を伸ばせ!」
叫びながらトライホーンから身を乗り出し、流砂に沈みかけていた冒険者に手を伸ばす。
こちらの声に反応したのか、冒険者は沈みながらも砂漠から目一杯、腕を突き出した。
バハムートが冒険者を飲み込む――より僅かに速く、ブサメンが冒険者の腕を掴み、自らのトライホーンの上に引っ張り上げた。
ふわり、と舞い上がるように冒険者は砂漠から引き抜かれた。驚くほどに体重が軽い。引っ張り上げる力に反して軽すぎた身体は、勢い余って一瞬宙を泳ぐように浮かび上がる。
やべ、と思わず冒険者を見上げたとき、そいつが被っていたフードが外れて、容貌が露になった。輝く陽光の下に素肌を曝したその冒険者と、目が遭う。銀色の髪と、ピンと先の尖った耳。そして、桃色のきれいな瞳をした少女だった。
「――」
ブサメンが彼女に視線を奪われたのは、ほんの一瞬。しかしその間にも時間は過ぎ、ブサメンたちが乗るトライホーンは爆炎魔法で加速した勢いのまま、バハムートの顔前を一気に駆け抜けていた。
一瞬遅れて、バハムートが鋭い牙が並んだ口を閉じるが、そこに獲物はいない。
空振りだ。ブサメンたちは間一髪で怪物の餌になることを逃れた。
はっはぁー、ざまぁみろ!
バハムートは獲物を横取りされたことが腹を立てたのか、他の冒険者のことなんて無視して、ブサメンたちを追い回し始めた。
馬に乗って少女を間一髪のところで怪物から助けるブサメン――なぁなぁ、さっきのブサメン白馬の王子様っぽくなかった!?
(そんなこと痛いこと言ってる場合じゃないよ!)
バハムートがズラリと並んだ鋸のような牙をガチガチと噛み鳴らしながら砂の中を迫ってくる。
(うわぁすごい迫力! 逃げて逃げて!!)
クロロ、ブサメンは大変な事実に気づいてしまいました。
(え、なに? どうしたの? この状況以上に大変なことなんてある?)
今、ブサメン女の子とタンデムしちゃってるよ!
(もう黙ってろよぉ!)
そんな場合じゃないってことは重々承知している。でも前世からの夢だったんだ。可愛い女の子と二人乗り。男なら誰だって一度は夢見るシチュエーションだ。やりたいことリストがまた一つ埋まった。
しかもこの子、耳が尖ってたから、世にも珍しい森人種、いわゆるエルフなのかもしれない。なんだかテンション上がってきちゃったな。
(そのテンションのまま逃げきってくれると嬉しいなぁ! 君が死ねば、後ろの子まで死んじゃうよ!)
そうだった。ブサメンは少女に怪我がないか確認しようと、振り返るが、ブサメンの顔を見た少女は僅かに顔を引きつらせた。
悲鳴を上げられたわけじゃない、不細工呼ばわりされた訳でもない。ただ「マジかよ」みたいな顔をされるの、なんかリアルな反応で傷つく。かっこよく女の子を助けて一目ぼれ、なんて展開は、やはりブサメンには許されていないらしい。
ブサメン、傷心。
それを察したのか、森人種の少女が慌てたように言う。
「あ、あの、助けて頂いて、ありがとうございます。助けられた身でありながらこんなことを言うのは申し訳ないのですが、アレを倒すのを手伝ってはいただけませんか!?」
是非もなし。
まぁ、この状況で自分だけ逃げるとか無理だし。バハムートさんも許してくれないだろうし。
「ふん。厚かましいことこの上ないな。だが、いいだろう。我が魔法を……とくと見よ! 白亜の宮殿、雷の大公。引き裂かれし順天の回廊。産み落とされし黄金は、地上で咲く星となる――かくも猛々しき稲妻」
バハムートの頭上に魔法陣が現れ、そこから真下に向かって雷が落ちた。轟音と共に発生した落雷は、バハムートを撃ち、怪魚は全身に走る電流にたまらず砂漠から飛び上がった。
「魔法! あなたは、魔法使いでしたか!」
かくも猛々しき稲妻。本物の落雷と見紛うほどの一撃を繰り出す魔法だ。屋外でしか使えないという条件があるが、バハムートのようなデカブツにだって通用する火力と貫通力を誇る。
(まぁ、まだまだピンピンしてるみたいだけどね)
さすがに一発でどうこうなるほど柔な魔獣じゃないか。
うむむ、とブサメンが唸っていると、冒険者の少女が突然叫び出した。
「前! 前! 避けて!」
進行方向に何か長ひょろいものが、砂漠から顔を出してゆらゆら揺れている。
「デッドリーワームの幼体です!」
デッドリーワーム。砂漠に生息する巨大ミミズの魔獣で、成体ともなれば、その体長は十メートルにもなるという。幼体であっても二、三メートルはあり、幼体の内は数十匹の群れで暮らす魔獣だ。
そいつらは、まるでチンアナゴのように砂面から顔を出し、こちらを狙うようにじっと見ていた。
「チッ、今貴様らの相手をしている暇はない!」
だが、いいことを思いついたぞ!
ブサメンは構わずデッドリーワームの群れに突っ込んだ。
「ちょ!? 何してるんですか!?」
「黙っていろ! 舌を噛むぞ!」
ブサメンは噛みついてくるワームを躱すようにトライホーンを駆り、密集するそいつらのわずかな隙間を縫うような蛇行運転でデッドリーワームの巣を突破した。
あのデッドリーワームどもが少しでもバハムートの進行を妨害してくれれば、そう思い、後ろを振り向く。
デッドリーワームは全員食いちぎられていた。
即落ち二コマとはこのことか!
「ちっとも足止めになってないんですけど!?」
それどころかバハムートはこちらの小細工に苛立ったのか、先程よりもスピードを上げて追ってきた。デッドリーワームを食いちぎったばかりの血まみれの牙をガチガチ鳴らして、今にも食らいつこうとしてくる。
「もっとスピード上げてぇ! い、今、この子の尻尾が食いちぎられそうになりました!」
「ええいうるさい奴だ! 二人も乗ってるから重いんだ! あまり騒ぐと叩き落すぞ!」
「お口チャックします!」
「それでいい!」
こちらもスピードを上げようと、トライホーンに鞭を入れる。
「ヒヒーン!!」
トライホーンも食われたくはないのか、一気に速度を上げる。
「ひゃあ!」
いきなり加速したトライホーンに振り落とされそうになり、少女がブサメンの背中にしがみつく。
防具のせいであんまり女の子に抱き着かれてる感はしないが、童貞的にはモーマンタイ。女の子に抱き着かれているという事実が大事。こんなブサメンにしがみついてくれる女の子を、まさか魔獣の餌になんてできるわけはない。気合を入れよう。
だが気合を入れたところでブサメンたちの苦難は終わらない。
ブサメンたちの進行方向に、柱のようなものが倒れていて、進路を塞いでいた。
手綱を引っ張って、慌ててトライホーンにジャンプさせて回避する。
あっぶな。なんだあれ。
砂漠の色と同じ茶色で、柱の近くには大きなボロボロの布が埋もれていた。まるで船のマストだ……いや、まるで、じゃないな。これは正真正銘、マストだ。
はっとして、顔を上げ、周囲を見てみれば少し離れた所には、砂漠から生えているかのように沈んでいる船の甲板が、その先端だけを砂の上にのぞかせていた。そしてその周辺には、粉々になった木片。
これは、船の残骸だ。それも一つや二つではない。いくつもの破壊された痕のある船の残骸が、そこかしこに散らばっていた。まるで船の墓場だ。
「もしかして……ここはバハムートの狩場なのでは?」
少女が呟いた。
狩場だって? だとすると、この残骸は全部……。
(奴に壊された船の残骸だろうね)
「ぬぅ」
ここまで来たのはただの偶然か、それとも追い込まれたのかはわからないが、確かにここは奴のテリトリー、狩場なのかもしれない。
さっきのマストもそうだし、他の船の残骸も、ブサメンたちの進路を塞ぐように打ち捨てられているのだ。邪魔で邪魔で仕方がない。
ここがバハムートの狩場だとするなら、奴はここに獲物を追い込んで、逃げ道を塞いでから殺しているのだろう。
なんとか魔法で障害物を破壊したり、残骸を迂回したりして進路を確保しているが、余計な手間をかけている分、どうしても速度が落ちる。
だというのに、バハムートは障害物なんかお構いなしに突進で破壊して最短ルートを突っ切ってくるのだ。こちらとの距離が、縮んでいる。
だったらこっちも同じことしてやる!
「星の呪縛よ、ひと時の休息を――いずれ天に至る浮遊」
ブサメンたちの前に立ちはだかる巨大なガレオン船の残骸、それを浮遊魔法で宙に浮かせた。
ズザアアアアアアア、と船体内部に入り込んでいた大量の砂が、破壊された船体の隙間や穴から滝のごとく零れ落ちてきた。ブサメンたちは砂の滝を浴びながらトライホーンを一気に走らせ、ガレオン船の下を潜り抜けた。
そしてバハムートもまた同じように後を追ってきたが、浮遊魔法の効果が切れたガレオン船がその頭上に落ちてくる。
轟音を立てて崩れ落ちるガレオン船。それに叩きつけられ、砂漠の底まで沈むバハムート。
大質量による物理攻撃だ。これでくたばってくれれば、と期待して後ろを振り返る。
だが。
「……ふん、まぁ、この程度でくたばるなら誰も苦労はしないか」
すぐさま砂面まで浮かび上がってきたバハムートは、猛烈な勢いで再び追ってきた。また追いかけっこかと思いきや、奴も埒が明かないと考えたのか、驚くべき行動に出た。
散乱する船の残骸を、自分の尾ひれで叩いて、こちらに飛ばしてきたのだ。まさかの遠距離攻撃に目をむくブサメンと少女。
船体の一部がトライホーンの近くに着弾した。その衝撃でブサメンはトライホーンから勢いよく投げ出されてしまい、宙を舞うように吹っ飛ばされる。
「く!」
空中で体勢を立て直し、散らばっている船の残骸……穴だらけの甲板の上に着地した。
あの女の子は!?
(大丈夫、馬に乗ったままだ)
彼女はどうにか吹き飛ばされずに済んだようだ。ブサメンの代わりに手綱を握ってトライホーンを走らせている。ブサメンを迎えに来るのは……無理そうだな、その間に食われて死ぬ。
「走ってください! あっちで合流しましょう!」
そう言った彼女が指さす先は、船の墓場の終わり。そこから先に船の残骸はなく、ただの砂漠地帯が広がっていた。あそこまで行けば、バハムートの狩場から抜け出すことができる。
だがそこまでどうやって移動する? 結構な距離があるぞ。下は流砂だ。落ちたら溺れる。魔法でこの廃船を動かして……駄目だ、質量が大きすぎる。ならば、とブサメンは周りに散らばっている船の残骸に目をつけた。
これを足場代わりにして行くか。
(船から船に飛び移って行こうってことかい? 君は時々大胆なことを考えるね)
怖いか?
(あはは、まさか。悪魔を相手取ったことだってあるんだ。それに比べたら、どうってことないさ)
クロロの心配をする必要はなさそうだな。
そんじゃまぁ――行きますか。
ブサメンは勢いよく床を蹴った。船首の先まで猛然と走りながら魔法を唱える。
「戦場を揺らす軍靴、炎を巻く鉄の歌。轟け我らが声、一騎当千の兵どもよ、高らかに叫べ、英傑の名を。今、勝利は約束された――英雄賛歌」
唱えた瞬間、ズドンと音がするほど加速した。そのまま船首まで駆け抜け、手すりに足をかけて――思いっきりジャンプする。
空を泳ぐように手足をばたつかせながら飛距離を稼ぎ、前方の船の残骸に飛び移った。勢いを殺すために前転しながら着地して、すぐさま立ち上がり走りだす。
バハムートはブサメンを追うことにしたらしく、さっきまでブサメンが立っていた船体の残骸を体当たりで破壊しながら迫ってきた。
ブサメンが乗り移った船は、船体の中央部分が食いちぎられたのか、ごっそりなくなっており、船尾と船首との間に大穴が空いた状態だった。それでも構わず走り込み、大穴の淵で勢いよく踏切り、再び、跳ぶ。
内臓が浮くような浮遊感に顔を顰めながらも、大ジャンプを成功させて船首側へと飛び移った。船首の先に立って、次の足場となりそうな船体を探す。
あれだ。
船体の側面部分にどでかい穴が空いた船がある。内部の船室や通路が丸見えになっている。まるで腹を食いちぎられて内臓をむき出しにされた鯨のようだ。
ブサメンは迷わずそこに飛び込み、廃船の内部に転がり込んだ。かつてはギャレーか何かだった場所を走り抜け、そのまま通路に出て、砲弾室を突っ切り、船の最後尾を目指す。
「チッ」
だが途中にある扉が遠目にもわかるほどに歪んでいて、ちょっとやそっとの力じゃ開きそうにない。諦めるわけにはいかない。扉の上半分に丸窓がはめ込まれている。
ブサメンは走る勢いを殺さずに跳び上がって、天井を這う配管を掴んで身体を持ち上げると、飛び蹴りでもするように両足を突き出し、丸窓を蹴破って、そのままその窓に身体を滑り込ませる。
そしてたどり着いたここは、船倉のようだ。行き止まり。ここが船の最後尾か。ここの壁を破壊して次の船に飛び移ろうと思っていたが、どうやらその必要はないようだ。ここも食いちぎられたのだろう。船倉の壁もごっそりなくなって、外がよく見えた。
開けた視界の中、ブサメンが目を付けたのは砂漠から斜めに突き出たマストだ。そしてその先は、船の残骸は、もうない。狩場の出口だ。
ブサメンはマストに飛び降りると、その上を駆け上がり始めた。下には少女が駆るトライホーンが走り込んできている。
ブサメンはマストの先まで行くと、躊躇うことなく飛び降りた。
それとほぼ同時、バハムートが砂漠から飛び上がってブサメンがさっきまでいたマストを噛み砕いた。
落下したブサメンはトライホーンの背中に着地する寸前で浮遊魔法を使い、勢いを殺してから跨る様に着地した。
「手綱をよこせ!」
「は、はい!」
騎手を再び交代して、そのまま馬を走らせ、バハムートの狩場から脱出する。
「す、すごいですね……英雄譚に出てくる冒険者みたいな動きでした。正直、見惚れちゃいました」
女の子に褒められた! この! ブサメンが!
(鼻の下を伸ばしてるところ申し訳ないけど、お相手さん、本気出してきたよ)
クロロの言葉と同時、後ろから膨大な魔力が渦巻く気配を感じたブサメンは、ハッとして振り返ると、バハムートの身体からオーラのように魔力が立ち上っているのが見えた。
「来るぞ!」
「スキルですか!?」
「それ以外の何がある!」
言っている間にもズズズ、と砂漠の砂が盛り上がっていき、蠢く巨大な砂の触手ができあがった。それも一本だけじゃない。クラーケンの足のように巨大な触手が何本も出来上がった。見上げるほど大きいそれは、五、六メートルくらいはありそうだ。
(これがバハムートのスキル、デザートハンド。砂を操るスキルか……)
図鑑に載ってたやつね! だとしても、ちょっと規模が想像してたのよりでかいなぁ!
(愚痴ってる場合じゃないよ! 来るよ!)
ゴゴゴと空気を唸らせながら砂の触手が動き出した。砂の触手がブサメンたちを叩き潰そうと振り下ろされる。
「チッ」
これは、躱せない。トライホーンは既にトップスピードに近く、これ以上速度を上げることはできない。
迎撃するしかない。ブサメンは腰に提げていた雷鳴剣を手に取った。
「目を覚ませ、雷鳴剣。出番だ」
ズガァ!!
炸裂する雷鳴と共に、黄金の雷剣が現れる。
突如現れた雷の剣に目を丸くする少女をよそに、すぐさまリミッターを限定解除し、巨大な雷の剣と化したそれを、砂の触手に叩きつけた。触手は半ばから上が消し飛び、バハムートの攻撃は空振りに終わる。しかし砂の触手はまだ残っている。
「かがめ!」
フルスイングされる触手を、トライホーンの背中に頭がつきそうなほど身を屈めて躱すと、即座に上半身を起き上がらせ、さらに鞭のように振るわれる触手を雷鳴剣で破壊する。
空中で雷鳴剣に叩き切られた触手がバサァッ、とただの砂に戻り、細かい砂粒が滝のように降り注ぐ。
(今のうちに大規模魔法の詠唱しといたら!?)
合点承知!
砂粒の滝を諸に浴びながらも、次なる一手を用意する。
「天に触れる。東の空から出づる黄龍、雷鳴をもたらす摩天の王、曇天雷光にて穿ち、蜷局渦巻く龍となりてガリ――っ!?」
いてぇ、舌噛んだ!
トライホーンの激しく揺れる背中の上で、触手を躱しながら長い詠唱するのはさすがにちょっと厳しい!
あと後ろから背中に突き刺さる「うわーだっせー」みたいな視線も悲しい。
しょうがないじゃん! 普通噛むわ! 前世で読んでいた漫画じゃあ、戦闘中でも平気で呪文を唱える魔法使いとか出てきてたけど、あれってすごいことだったんだなぁ!
「ちょ、落ち込んでる場合じゃないですよ! まずいです!」
バシバシと少女から背中を叩かれる。
なんじゃい、と後ろを振り向けば、グオオ、とバハムートの周辺の砂が一際大きく盛り上がっていた。
また触手でも作るのかと思いきや、その砂は広大な壁のようにせり上がっていく。そしてそれは一気に崩壊するようにブサメンたちの方に押し寄せてきた。
「砂の津波だと!?」
驚くべき質量攻撃だ。しかしこちらには悪魔のブレスさえ斬り裂く雷鳴剣がある。この剣なら津波くらいどうということは、ない! たぶんな!
と、そこで冒険少女から声が上がった。
「お兄さん、ここは私に任せて頂けませんか?」
「なに?」
「私のスキルなら、あんな津波、どうということはありません」
防御系のスキルがある、ということか。
「……いいだろう。ならば、やってみせろ」
「はい」
短く答えた少女が腕を津波の方に突き出す。
「聖域――」
彼女の口から零れる涼やかな声と共に。
「展開」
それは、顕現した。
トライホーンごと包み込むような青白い結界が、花びらの開花を想わるような形で展開される。それとほぼ同時に襲い掛かった砂の津波にブサメンたちは飲み込まれるが、結界は砂の一粒も通そうとしない。
まさに聖域。侵攻を許さない聖なる領域。
「この結界は、相手の筋力や知力パラメータにかかわらず、あらゆる攻撃を防ぎます」
つっよ。
(感心してないで、攻撃準備攻撃準備!)
そうだった、この隙にブサメンはバハムート攻略の一手を進める。
「この結界が解けると同時に、俺が全力で攻撃する! それで終わりだ!」
内側から外側への攻撃もこの結界に弾かれるだろうからな、そう思っての言葉だったが、少女からは思わぬ返答があった。
「あ、いえ、この結界は外からの攻撃は通しませんが、内側からの攻撃は外に通ります!」
は? 何それ。じゃあ何か、この結界の中にいる間は、相手の攻撃は防がれるけど、こっちの攻撃は撃ち放題ってこと? えっぐ。
だが、いいだろう。遠慮はいらないということだ。
「雷鳴剣よ、ウォーミングアップはもういいだろう。今こそ貴様の真の力を見せてやれ」
リミッター、完全解除。雷鳴剣、極雷剛。
ズァ! と雷の剣が伸びあがる。
これで、終わりだ!!
極大射程と化した雷鳴剣を、空間ごと薙ぎ払うように、一閃した。
だが。
「なに!?」
雷鳴剣は空を切った。
バハムートは砂の中に潜って剣撃を回避してしまったのだ。
こいつっ、ほんっと! こいつ! せこいだろ、それ!
ならばと、雷鳴剣を砂の中に突き立てていくも、まったく当たる気がしない。
(このままじゃ雷鳴剣の魔力が切れる!)
「く!」
そしてクロロの言う通り、次第に雷鳴剣の光は細くなっていき、最終的には消えてしまった。雷鳴剣のまき散らす雷鳴が鳴りやんだのを感じ取ったのか、バハムートが再び砂の中から姿を現した。
さ、魚の分際でやるじゃないか! こうなりゃもう一つの手だ!
「おい、貴様、武器はどうした! でかいハンマーを持っていただろう!」
ブサメンは少女に問いかける。彼女は巨大なハンマーを持っていたはずだが、今はそれがない。
「トライホーンから投げ出された時に落としました。――って、な、何するんですか!?」
ブサメンは身をひねり、片手で少女の頭を鷲掴みにした。途端に彼女が嫌そうな顔をして振り払おうとする。
「や、やめてください!」
「黙れ。落としたハンマーの姿をイメージしろ!」
「は!?」
「早くしろ!」
「わ、わかりましたよぉ!」
混乱する少女に有無を言わせず、頭の中に彼女が失くしたハンマーを思い浮かばせる。
「記憶が集いし泉に住まう精霊よ、過去を辿り、失われし物をその眼に納めよ――失われし物を観測する魔眼」
それは過去を視る眼……魔眼を宿す魔法だ。世界の記憶を覗き、自分が知らない記憶でさえ魔眼を通して脳裏に視ることができる。
冒険者の少女にイメージしてもらったハンマーの姿形と世界の記憶にあるハンマーを照らし合わせ、合致したものが近くにあれば魔眼がその姿を捉える。失せ物探しの魔法だ。
その魔法を使った途端、ブサメンの目が、今までは見えていなかったオレンジ色の光の流れを捉えた。その光の流れを目で追うと、それは砂の中に潜り込んでいる。
「そこか。来い(オーダー)!」
呼び寄せの魔法を唱えれば、すぐさまそれは反応した。砂の中に沈んでいたハンマーがものすごい勢いですっ飛んできたのだ。砂をまき散らして飛び出して来たハンマーをキャッチする。
って、おんも! 重いよ、このハンマー。
長い柄の先に真っ黒い鉄球がついた厳ついハンマーだ。
「さっさと持て。貴様の得物だろう」
と、ブサメンは少女にハンマーを渡した。
「あ、ど、どうも……魔法って、便利ですね」
「ヒヒ~ン……」
感心している少女とは逆に、下のトライホーンの声が弱弱しい。ここまでのチェイスとさらに重量物が加わったことで、そろそろ体力の限界らしい。
時間がないな。決着を急ごう。
「今から俺が氷魔法であいつを凍結させる。貴様がとどめを刺せ」
「わ、わかりました!」
「いくぞ……来たれ氷雪、其が創り上げるは命を拒む白銀の花園。麗しき貴人来たりて氷花を愛でる。されどその者、永劫の花園に捕らわれ逃れることかなわず、劫火のごとき鮮血を白雪の花に捧げるのみ。迷い惑いし愚か者に白薔薇の抱擁を――白銀庭園の花棺」
よし、今度は噛まずに詠唱できた。
白銀の巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そこから飛び出した何本もの氷の茨が生き物のように蠢き、バハムートを捕まえようとする。だが、バハムートは再び砂の中、奥深くに潜ってしまった。
だが、無駄だ。この魔法は、敵を自動で追尾する。
氷の茨は砂の中まで追っていき、すぐさまバハムートを雁字搦めにした。バハムートはなおも抵抗を続けているらしく、砂漠が揺れ、砂塵が巻き上がる。
しかしそれも長くは続かなかった。万力のように締め付ける氷の茨に体力を奪われたのか、怪魚が砂の外に引きずり出されてきたのだ。その体には霜が降り始め、次第にそれは全身へと広がっていった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
バハムートが叫ぶ。だが最後の抵抗もむなしく――バハムートは白く凍り付いた氷塊の中に閉じ込められた。
だが完璧に封じ込めたとは言えなかった。それを証明するように、氷の中のバハムートが体を何とか動かして氷を割ろうとしているのがわかる。そうはさせるか。
「用意はいいか!」
「はい!」
ブサメンはトライホーンを反転させ、凍り付いているバハムートに肉薄する。
少女が鉄塊のようなハンマーを握りしめる。すると、ハンマーから、ぼんやりとピンク色のオーラが溢れ始めた。
このハンマー、宝具だ。どんな効果かはわからないが、何かしらの神秘が発動したのだろう。
「とどめは任せるぞ!」
「りょーかい――」
少女は上半身を引き絞り、力をためる。
「です!!」
そしてトライホーンがバハムートの横を通り抜ける瞬間、その体勢から勢いよくハンマーを振り抜き、爆発的な力を解放した。
ズドン!!
ハンマーが氷塊にめり込み、巨大なクレーターをつくった。
ピシピシと、徐々にそこから罅が広がっていく。そして。
最後には中のバハムートごと、氷塊は砕け散った。
まるで巨大建造物を爆破解体したときのように崩れていく氷漬けの怪魚。バハムートの最期は、そのスケールの大きさに相応しい、ド派手なものだった。
こうして。数多の船を沈めた怪物退治は終わりを告げた。




