植物園2
「鹿が草を食べ尽くして見向きもしない草だけが生え残ってるんです。ですから同じ深い森でもここより開けて見通しはいいです。なんせ十分な陽射しを浴びた大木だけが枝葉を広げて、その下には陽が当たらなくても育つ植物しか有りませんので、その意味ではここの方がまだ秘境に近いが、小径から無理に分け入れば数分でトイレや展示植物のある小屋に出られる」
「じゃあ、ここは弟が歩いた原生林の森のミニチュア版、なの、ですか」
「そうです。こういう森が数十キロ、途中まで車で行っても、それでも二、三時間は歩いたから。それより大学はこの近くでしょう。さっきの話だと此の辺りの店には食べに来ていたとか」
「来たけど、植物園にこんな所が在るとは知らなかった」
「まあそうですね。余程でない限り、この森に踏み込む人はアウトドア派です」
そうか澤村さんも、ここへ来れば四季の彩り豊かな花には目もくれずに、真っ先にこの森に足を運ぶのか。彼女はおかしな処で納得するとこれには越村も笑った。矢張り良く整理された場所に、咲き誇る普段は見られない花々を観賞するのがここへ来る最大の目的だ。
「花を観賞するのは女性の嗜みで、穂高にも短い夏を一生懸命に咲き誇る高山植物を愛でに登ってくる人もいる。彼女もその一人です」
咲き誇る可憐な高山植物に憧れて、三千メートルの頂など目もくれずに登ってくる人が、弟を導いてくれるなら付き合う価値もある。
「ところで沙苗さん」
心のうちを読まれたのかと彼女は一瞬、ハッと目を逸らした。
「急に何ですか」
「さっきからこの小さな小川のような池の周りを歩いて退屈しませんか」
「いえ、別にィ」
「なら好いんです、石塚とこんな深い森の中を数時間も歩いたけど、案内してもらった菅原さんという人のお陰で、随分と退屈しない処か、自然の摂理まで教えてもらって。初めてそんな話を聞くと、指摘された木々や枝の形を興味深く眺めながら原生林の森を歩けて彼奴も悦んでますよ」




