沙苗さんを誘う2
「弟はあなたが羨ましかった。なんせ二ヶ月も山に籠もってるあなたが」
お門違いだ。
「籠もってない。バイトだ。しかも前回は石塚はどこにも行かずにこの街をたまにうろつくだけだったのに、どうして今年の夏は家を飛び出したんです?」
「飛び出したのでなく彷徨ったのよ、当てもなく。でもそんなに遠くに行かない。なんせこの街をうろつくぐらいで、今度の丹波は初めての試み。しかもそのまま丹波の山奥の旅館に投宿して、今までの話だとそこで知り合った人と語り合ううちに離れられなくなったそうだけど、秋風と共にそんな人も訪れなくなっても何かを期待して居続けた中で、あなたが澤村さんを連れて来たのよ」
今まで腰砕けていた所に、自分にないものを彼女が携えて現れた。そこで沙苗はクスッと笑った。
高校時代の通学バスにいつも顔を合わせる女の子に、一年間顔を合わせるだけで終わった弟の片想いを思い出したのだ。
自分に関わる個人的な感情に関しては口を噤む石塚が、喩え姉でも話すはずがない。どうして分かったのか。
姉にすればバレバレだった。なんせ普段は身支度の悪い弟が、ある日から髪をキチンとして学生ズボンにはアイロンをかけ、詰め襟もキチンと止めて学校に行きだした。まあそこそこ校則で服装の身なりは煩い学校だが、そんなのお構いなしで一生無理と諦めていた子が、急に構いだしてもう腹を抱えて笑った。
「態度が豹変して片想いだと分かったの?」
「あたしの友達が偶にそのバスに乗るのよ。それでいつも弟が異常に気にする視線の先にいつも可愛い女の子が居たの。それであたしが弟をとっちめると益々顔を赤らめて部屋から追い出された。決定的なのはその子が卒業したのか転校したのか判らないけど同じバスに乗り合わせなくなってからまた元の身なりが見事に復活したの。そんな弟が一日その原生林を一緒に行っただけでそんなにお近づきになれるのかしら」




