沙苗さんを誘う1
沙苗さんは腑に落ちないのか、神妙な顔付きになった。
「どうして弟がそんな秘境と呼ばれる原始林に行く気になったの、ただ単にその女に唆されたのではないでしょうね ?」
これではさっきまでの話を帳消しにする質問で驚いた。今までの澤村さんのイメージが覆されて、ただのふしだらな女じゃないかと質されているようで気分が悪い。
「本当はよくぞあの蟻地獄から救い出してくれて、と彼女を称賛したいが、自分の弟ながら力なさを当てつけられてその人には素直になれないのよ」
澤村さんの自然に対する畏怖を頭ごなしに否定されると彼女への想いまでも薄れてしまう。が本質を掴みきれなければ恋の成就は到底無理だ。
「恋も相手の知識やレベルに合わせないといけない。なんちゃって、そんな解釈は少なくとも存在しない処か、沙苗さんは本当は澤村さんに嫉妬している。自分には経験できないものを彼女は高校生の時から実践しているのを快く思ってないから言えるんだ」
「そんなことないわ、あたしには人の良さを羨ましく思わないで逆に尊敬の眼差しで教えを請うこともあるのよ」
「例えば、それはどんな人と、どんな時に感じるのか、それに依って澤村さんを見る目も変わるはずだ」
彼女は薄笑いを浮かべて「さっきあたしが云ったのは偽りだ」と白状した。だってあの弟がそう簡単に改修するはずがない。その思い込みが強すぎた反動で、ちょっと彼女に嫉妬しただけで、本当の彼女についてもっと詳しく教えてほしいと哀願された。主張が極端に変わるが、その根底にある石塚への思いに変化はない。
「一度、澤村さんに会ってみては」
「弟との関係が続いていればの話だけど」
「それは請け合います」
「彼女、大学で何を習ってるの? お父さんはまさか……」
「そう、登山家じゃないですよ。大阪の市役所に勤める公務員で、それよりいつも自宅と大学以外はほとんど行ったことのない男が、どうして今回はひと月近くもあの旅館に逗留したんですか」




