沙苗の出迎え6
どうも我武者羅なところがあって、登頂直前に烈しい気象変化が起これば、登頂するか下山するかの判断を躊躇なく下す勇気が必要なんですが焦るんです。ここで登頂を断念すれば今までの準備が水泡に帰す。かと言って引き返して直ぐに天候が回復すればみんなから突かれる。登頂まであと百メートルを前にして、山頂一帯にガスが掛かれば、どれだけ冷静な判断が下せるか。澤村さんのお父さんが引き返しを忠告したのは臆病者のすることだと決められてしまう。要するに自分に勝てない人だと噂されてる。それを確かめるために彼女は毎年、槍ヶ岳に来ている人です。
「そんなに難しいの」
「まあねぇ、例えば踏み切りで、渡る直前に警報器が鳴れば沙苗さんはどうしますか」
「まあその時の状況次第で判断するわね」
「三千メートルを超える山頂直下での天気の急変は、鳴り始めた遮断機の警報より大変な判断が要るんです。ただ覆われたガスが一瞬なのか、雨風を呼ぶ前触れなのか、その判断を誤ると遭難しますよ」
澤村さんは、そんな高山での天候変化を的確に掴める人だ。それは登山家だったお父さんの背中から学び取った。
「そんな人が、なんで弟に関心を持ったんです?」
澤村響子に云わすと、石塚はちょっとした障害者だと指摘した。身体でなく頭の一部に冷静な判断を下せない身体的な特徴が生じた人だと。お父さんにもそんな傾向があってそれで関心を持った。
「でも農学部の人達が、京のチベットと揶揄する原生林に踏み込んだだけで改善するんですか?」
「まだ二人の付き合いは始まったばかりですよ。結論が早過ぎる。恋は急ぎすぎるとろくな結果を生みませんよ。近松門左衛門の浄瑠璃のように」
「何ですか、その喩えは」
「ミッション系の大学ではご法度の問題が、次々と起こる物語を書いてる作者ですよ」
良く聞くと沙苗さんの大学は、聖書を崇めて、週に一回は礼拝堂でミサをあげてる。そんな境遇ではピンと来ないどころか想像することさえ無理だろう。




