来客の頼み6
澤村さんが、なぜどうしてと質問されても、菅原さんは困った顔をせずにここぞとばかりにこの森の植生を説明してくれた。昨日の素知らぬ顔をする石塚が、今日は真面に頷いている。しかもその眼差しは今まで見たこともない鋭さだ、いや、彼女への愛情の裏返しだ。それを見て越村は腹の中で笑った。説明する菅原さんにまで嫉妬して、彼女に負けずと真剣に話に耳を傾けている。此奴はもう穂高でもついて行くだろう、いや、食らい付いてゆく。
槍ヶ岳を目指すほど好奇心旺盛な澤村さんのお陰で、昨日とは打って変わって、芦生の原生林の森の実態に迫れて旅館に帰ってきた。菅原さんはその足でまた別な山林の調査に出てしまった。
夕食までに残った時間を、三人はかやぶきの里を見て回った。
「ここはあの原生林の森とは対をなして、別な風情が残っているのね」
澤村は集落を歩き出すと直ぐに石塚に声を掛けた。
「それでも成り立ちが違うなあ」
芦生の原生林の森も、集落同様に百年前に見放された。しかしその景観が受けてまた脚光を浴びているが、その形成の仕方が違うと言いたいのだ。
穂高は百七十五万年前のカルデラ噴火で出来た山々が、氷河期に削られてあれほど鋭い岩肌の山になった。そのとてつもない時間に比べて芦生はつい最近だ。
「なんだ石塚は、昨日は直ぐに部屋に帰ってへばってたくせに、今日は偉い講釈を立てる余力がまだあるのか」
と越村は冷やかした。いったい此奴は今までのうのうとここで何をしていたのだ。穂高の数百万年前のカルデラ噴火から、硬い岩石だけが氷と風の悪戯で残った結果も、澤村も越村にも関係ない。芦生の原生林も、岩ばかりの三千メートルの穂高も同じ自然界なのだ。




