芦生原生林3
長治谷小屋からは道らしい道はなく、菅原さんがいなければ道に迷ってしまう。流石に菅原さんは我が庭のように案内してくれた。
「本当に忙しい中を一日潰して申し訳ないですね」
「いえいえ、これも仕事を兼ねてますから」
どうやら豪雨災害に備えて森を見回っている。ここは由良川の源流域で特に見ておかないと思っていた矢先だった。
「じゃあ、今までは砂防ダム工事の現場に張り付いていたんですか」
「そうでもないですよ。地元の人ともよく話して見て廻り、旅館の泊まり客で要望があれば案内しますよ」
旅館に戻ると石塚には、話が違うと質した。
菅原さんは早朝に出掛けて日が落ちないと帰ってこない。それでも同じ宿に居れば画家や僧侶と一緒で顔を合わしているが、そんな自販機もない原生林の森は歩きたくないのだ。今回は越村の話に仕方なく合わせたようだ。
これで京都のアマゾンやチベットと言われた秘境に来られて、世間への見識も深まった。
「大学で農学部の連中が、うちの芦生の研究林は京都のチベットと呼ばれるほどの秘境なんだと自慢していた。それで足が遠のいていただけだ」
石塚が行きたくない口実に過ぎないが、それを自慢する農学部も大袈裟すぎる。
「でも来てみれば此処もそうでもないだろう」
「そうだなあ。一般には無理だが、菅原さんの話だとそうらしいなあ」
「そうらしいじゃない。車だと原生林の核心部近いところまで乗り入れられて、それほど苦労しなくて良かったぞ」
車での乗り入れはともかく、石塚は喰わず嫌いなだけだ。
「まあなぁ」と満更でもない顔をしたのを好機と「どうだ来年は槍ヶ岳登頂を目指せば」と言えば、とんでもないと言う顔をされた。菅原さんと一緒に原生林に来て、これなら野外活動には腰の重い石塚にも手応えはある。あとは隠し球でもう一押しすれば石塚は参ってしまいそうだ。




