深山常弱3
実に物腰が柔らかくて穏やかな喋りだ。なるほど今日聞いた通りだと越村は納得した。
「あれだと、お寺も斜陽にならないだろう」
「俺もそう思うが、商店の軒先で商品を買うのと訳が違う。家系の起源も解らないご先祖の供養だ。一生を任す意味が薄れればあの人柄だけではどうしようもない。まして科学や文明が発達したご時世には無理もないと敬遠されるんだ」
「さっきの話だと、この百年以上も昔のままの集落に辿り着けて、それで妙案を練る機会に恵まれたと落ち込まずに張り切っているのか」
そこへ旅館と話を付けた常弱さんが戻って来た。流石に彼もここへ来てから年季が入ってる。功徳を積んだ彼の口説き文句にほだされて、今日の若い方の女将さんは仲居の光子に命じて、深山常弱の部屋に石塚と越村の今日の夕食を一緒に運ばせた。
三人分の料理を運んで来たのは仲居の松枝光子だ。彼女は部屋に入るなり「あら新しいお泊まりのお客さんですか」と挨拶された。
名前は帳場に記入してあるが、俺の友人の越村だと紹介した。光子さんも夫婦で働きに来ていると自己紹介して料理を座卓に並べだした。
「今日は余計な男が一人やって来て、それで余分に動かされて腹がいつもより早く参ってしまった。今から俺の部屋に配膳されるのは三十分以上も先だろう」
「そうね、夏休みだと忙しくても学校が休みで高校生の女の子がアルバイトに来てくれて、ほとんど同時に各部屋に一斉に夕食の配膳が出来たんですが、今はそうは行けませんからね」
そう言いながらも手際よく料理を並べて、ごゆっくりと光子は部屋を出た。取り敢えず瓶ビールは三本用意してもらった。それぞれ交互のコップにビールを注ぐと先ずは喉を潤した。
「もう直ぐお彼岸だというのに、この残暑の中で呑むビールは最高だなあ」
「いいんですか、お彼岸ですよ。ご贔屓の檀家をほっといて」
「そこなんですよ。越村さんですか、太宰治の小説じゃないですが、今はお寺も斜陽なんです」
常弱は腰を落ち着けて、ご先祖に対する供養の意義を伝えだした。




