深山常弱1
篠は越村が思い描いた何かを期待して掛川の絵を持ち帰った。
越村は掛川と入れ替わって石塚の部屋に戻ってきた。
「どうだった。彼奴の絵は」
「集落の軒先から全体に桜や桃の花が散りばめられて、おそらく春に描いた絵と思う」
「それはおかしい。今は秋だぞ」
「初夏にはほぼ出来て、あとは室内で試行錯誤して仕上げたんだろう」
「風景画だろう。何で後から考えてないものを、一体何を描き加えるんだ」
「そこだ、そこなんだよ。掛川さんが出来上がった絵に、更に自分の思うところをあとからこうあるべきだと加筆してるんだ」
「おかしな話だなあ。自分の好きなように描き加えるのなら、別にここ以外の場所でも画けるだろう」
「何を描き加えていいか。多分、掛川さんの場合はその土地によって湧き上がる印象が違うんだろう。この集落の雰囲気を突き詰めて絵筆を走らすと、百花繚乱の如く、草木が芽生え花が咲く。コンクリートやモルタルの家が林立する中に花を描いても合わない。多分、別なものを加筆しても、今まで彼が描いていたイメージと掛け離れていた。彼に言わせれば「俺はいったい何を描きたいのだ」と悶々とした日々を重ね、昔の作品からの脱皮は愚か、迷路に迷い込んで抜け出せずに、とんでもない事をしでかす一歩手前で、この集落に遭遇してやっと抜け出せたんだ」
「俺にはお前が云ってることがサッパリ判らん。第一、誰がそんな絵を買うんだ」
「彼には売れる売れないなんて頭にないんだ」
「それでは野垂れ死にするぞ」
「法外な値段で取り引きしてくれる画商に巡り会えばいいだろう。要するに、眼前に拡がる景色をそのまま描けば価値は知れてる。その人しか描けない癖を眼前の風景に溶け込ませれば、あとは売り込み次第で何とでもなる。それに気付いてくれればいいが、どうも篠さんは額面どうりの絵しかダメなんだ」




