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北村篠9

 掛川さんはこの美山に桃源郷を発見して、それを忠実に絵に表そうと描いている。そんなに現実を深刻に考えず、集落を包み込むようにあの絵は百花繚乱のごとく咲き誇る花で集落を包んでいる。

「これは実際にここにある風景を忠実に描いているんですか?」

「そうです、少なくともさっきお見せした絵ほど逸脱はしていません。写真じゃないですから少しは誇張してますが……」

 それもそうだ。だから絵になるんだ。

「素朴な山間の寒村の趣《おもむき》が見事に描《えが》いてある。すいませんがもう一度あの絵を見たいんです」

 篠さんは快くまた先ほどの絵を展示した。越村は絵と写真を何度も視線を交差させた。

 この世の桃源郷を描いて、落ち込む自分に歯止めをかけたい。その望《のぞみ》に絵筆が、その様にキャンバスの上を走り続けた。彼は型にはまらない風景画を描いている。見た人は今の世にこんな浮き世離れした世界が何処《どこ》にあると不評を買うかも知れない。それでも掛川さんはこの世に桃源郷を追いかけてこの美山に辿り着き絵にした。現世にない江戸の名残をこれほど表している風景なら、自分の追い求める夢を、この集落を土台にして描ける。此処に長く逗留して己の感性とは何か、この集落と向かい合ってこそ生まれる、と確信してここに腰を落ち着けた。過去を引き摺る二科展の作品以上のものは、この地でなければ、己の心から湧き上がるものは作れない。あの絵は彼が頭の中で次の作品を想像させ結集させる過程の絵だと、越村は捉えて篠さんに言った。

「どうして今日、会ったばかりの越村さんに、掛川の意図が判るのです。槍ヶ岳には、そんな人の心まで見通す通すほどの感性が養われる所なのですか。あたしがずっと傍で付き添っているのに。あたしには及びもしない掛川の心境に迫れたのか不思議です」

 何と言われようが、それがこの絵なんだとしか越村には応えられない。


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