北村篠8
「遠からず当たっているけど、何か引っ掛かるものがあるのよね」
「絵に対してそう落ち込んでいない今の彼なら、心配いらないでしょう」
「元々あの人は落ち込まず過去の画風に拘らない。まあ執着心が乏しいとも云えないけど、いいように取れば切り替えが早いのよね」
「グズグズと過去を引き摺らないのはいい面もあるが、何ごとも過去の蓄積があってこその開花でしょう」
「そうね……」
と篠さんは物思いに耽った。
「本があるんですッ。掛川が入選した絵が載ってる本があるんです。ちょっと待って下さい今、車から取ってきます」
彼女は慌てて部屋を出た。越村は立ち上がり窓からもう一度あの絵を思って集落を眺めた。そんな物を見せて彼女はどうし欲しいのか。古い過去の自分から誰も脱皮して成長する。その度合いは人様々だ。本人も知らないうちに僅かずつ変化する人も居れば、全く過去の自分を否定して生まれ変わろうと藻掻き続ける人も居る。徐々に変われる人も、急激に脱皮する人も、新たに成長すればいいが。せっかく高めた個性を潰してしまうのを篠さんは恐れている。窓から長閑の集落を掻き消すように、篠さんは一冊の本を携えて戻って来て「これを見て欲しいの」とA4サイズの週刊誌より少し厚みのある本を差し出された。本を受け取り越村は窓側から中央の座卓の前に座ると、彼女は隣に座り頁をめくる手をじっと見詰めた。急に篠さんは頁をめくる越村の手を止めた。
「ここですッ。この絵が彼の二科展に入選した絵ですッ」
と彼女は指し示した。じっくりと観賞する越村の視線に篠は釘付けになった。視線が本から少し離れると「どう違いますか」と彼女の声が息遣いと共に耳元に届いた。




