噛み合わぬ男6
それでも石塚のように神でなく、文明の利器に頼る奴の為に表現を変えた。
「酷使された細胞に活力を与える視覚的療養方法だ、と言えば納得するのか」
これじゃあ逆に、こっちがヤレヤレと言いたくなる。机上でしか物事を考えない、ロマンのない哀れな男に、恋が出来るのか。まあ人それぞれ恋の認識も違うが、異性から五感が受ける感動に間違いない。ただ受ける感動が石塚は著しく低下しているだけだ。そんな楽な恋はこっちは望んでいない。
「オイ、俺はもう時間がない。遅刻する」
「エッ! 三千メートルの山小屋にタイムレコーダーがあるのか」
「バッカ、有るわけないだろう」
此処で越村と石塚は、テスト前の議論より更に突っ込んだ話をした。周囲からも二人の持論には、密かに耳を傾けながら珈琲を飲む者も居た。
「頂上に立てば、限界に挑みながら酷使した肉体に凄い感動の衝撃がそよ風のように颯爽と心の中に吹くと、今までの苦労が吹き飛ぶ。此の一瞬の爽快感が忘れられずにまた登ってしまう」
「分かった、分かった。もう時間がないのだろう」
「何も解っちゃねぇなあ。じゃあ行くぜ」
石塚と越村は言い争いと謂うより、白熱した討議だと告げたのは周囲の連中だ。本人同士の言い分にはかなりの違いがあっただけで、感情の起伏はなく、後腐れもなくその場は済ました。なんせ越村にはこれから二ヶ月に及ぶ山岳でのバイトが待ち受けている。まったく生活の心配がない石塚とはテスト前より噛み合わない。二人とも頭をオーパーヒートさせて別れた。
北アルプスを何日も掛けて縦走するのでなく、最初の山小屋に着けば良い。それだけの準備は直ぐ揃えられる。越村は石塚祐司と別れてアパートに戻り、着替えと山荘に着く当日の朝と昼食をコンビニで買い込んで出掛けた。




