噛み合わぬ男5
「しかし夜中に何回も乗り換えるんだろう」
「そうだ。JRで先ずは米原、それから岐阜、美濃太田、高山と乗り換えて朝に着く。そこからバスでやっと登山口の新穂高に着けるんだ」
「それじゃあ、落ち着いて寝られねぇな。まして着いた朝から直ぐ歩き出して、夕方に北アルプスの、なんだ、その三千メートルの山小屋、穂槍山荘に行くのか。まるで三千メートルの山小屋へ挑む耐久レースだなあ」
「そうだ。厳密には山荘は三千八メートルだ」
「ほぼ不眠で列車を何回も乗り継いだ後に、直ぐそんな高いところへ上る心境が俺には理解できんよ」
遊園地のゴンドラしか、高いところには上がったことのない男に、聞かれても答えようがない。
「着いたその日にぐっすり寝れば、それで翌朝から仕事に就ける」
やらねば明日がないと謂う生活環境が、お前とは違う。しかし育ちが良いわりには休みたい、寝坊したいと石塚は云ったことが無い。えぇとこの子、特有の愚痴は彼の口から聞いたことがない。これが越村が彼に惹かれた一番の理由だ。よく見ると面白いと感じればトコトン調べて突っ込む。これも彼の人間形成の根幹をなしている。だが面白みがなければ徹底的に排除する。そのひとつが登山なのだ。幾ら魅力を披露しても、現実に頂上からの展望の素晴らしさを説いても、そこへ行くまでの厳しいプロセスが培われてなければ意味がない。やはり遊園地のゴンドラから見た景色から離れない。ゴンドラであの雄大なアルプスのパノラマは見られない。それなら飛行機からでも見られると言うだろう。大地にしっかりと踏み締めて見るからこそ価値ある風景なんだ。ここまで説明するともう理屈ではない。身体が悲鳴を上げ、麓から登りつめて、酷使したご褒美に神が見せてくれたもなんだ。
「ヤレヤレ、行き着くところは神か」
気怠そうに石塚に言われた。満足のいく答えでないが、あの登頂した充実感は神以外に喩えようがない。




