北村篠5
彼が穂高に登るのも、そこから見下ろす景色を、ただ堪能出来れば良かった。そこに何の理屈も理由も存在していない。今までそう感じていたが、篠さんのこの一言で朧気ながら、槍ヶ岳山頂の展望からの景色を通して見えるものに気付いた。
「掛川は思いつきで絵を描いていない。目の前に映ったものとは違うイメージを湧かせて、しかも似たような風景を精密にキャンバスに再現してるのよ」
「へぇ〜、それじゃあ、例えば、それはこの絵からも、何を描いているか分かりますか?」
絵から何かを考えても、そこに真意はつかめない。あくまでも掛川のサポート、手助けに過ぎない。と言う顔をされた。
「そんなの判りっこないでしょう、そもそもあたしは足りない物を補充して、出来上がった絵を持ち帰るだけで、この集落をじっくりとまだ見たことがないのよ」
「そうか、とんぼ返りか」
それで石塚の奴は、二人の関係は本人に聞けと言ったのか。
「じゃあ、どうしてこの絵に描かれた風景が、この集落でないものが描かれてると解るんです」
「越村さん、あなたこの絵を見てちょっと不思議に思ったでしょう」
なんせ茅葺きに限定すれば、この広い範囲に点在しているわけではない。一カ所に固まっているからこそ見栄えがするのだ。これがあちこち散らばって、瓦屋根の家と混ざっていれば、どこにでも有る山村の風景だ。だがこの絵では、集落の山裾まで茅葺きの家が描かれて、かなり広い場所に纏まった集落になって描かれている。更にこれほど多く存在しない桃や桜の花が、集落に溶け込むように描き込まれていた。こんな絵はこの集落のどこを探しても見当たらない。
「いつ、気が付いたんです」
「家に寄ってくれるお客さんに、これは美山にあるかやぶきの里と違うでと言われてしまったの」
それまではそのつもりで、掛川がここで描いた絵を持ち帰っていた。




