掛川寛人・9
「彼女の両親は市内で画材や文房具品を扱ってる。その関係で知り合った。ああ、その前に彼女の名前だが、両親が若い頃にここが気に入って、丹波篠山から一字を取って篠って名付けたほど、美山を含む丹波一帯が好きなんだ」
「ただそれだけで、こんな山奥まで足らない絵の具を運んでくるか!」
そこにはそれ以上の関係があると誰もが怪しむ。
「まあ聞けッ」
と落ち着かせて話し始めた。
「掛川は二科展にも何度が入選した絵描きだ。その辺りから北村画材店とは付き合いがある。篠さんはそこの一人娘なんだ」
「そう謂う関係の二人なのか……」
それ以上は本人から聞いてくれと催促しても打ち切られた。
「そうか、それで、受付の人はこの旅館の女将さんか」
と話題を変えた。
「まあ、そうだろう」
「何で曖昧なんだ」
「ここの持ち主は彼女の両親なんだ」
両親は娘夫婦に子供が生まれて、学校に通うようになると、孫の通学を考えて園部に家を建ててそっちへ引っ越した。両親と娘夫婦でこの旅館を切り盛りして、今ではどっちか女将さんか判らない。短期の宿泊者はそれでいいが、石塚のように長居すると解らなくなるのだ。他に使用人が二人居る。一人はこの集落の住人で五十代の男で風呂焚きなど、その他の雑用をしている。もう一人の婦人はその奥さんで、矢張り配膳とか部屋の掃除とかしてくれる。越村はいつまで居るか判らんが、部屋の掃除でお世話になるのは、その婦人で松枝と言う人だから憶えておくように言われた。
「まあどっちにしても、使用人の松枝さんは集落の人だから、此の辺りのことは聞けば丁寧に教えてくれる。他に何か聞きたいことはあるか」
「掛川さんの絵は見たことがあるのか?」
「見ても俺には解らん。まあ忠実には描いてあるが、どこを描いているのか、それが不思議とこの集落では見かけない風景なんだ」
そうか、部屋にあるのなら行って作品を観たいと誘った。




