掛川寛人・5
喩えそうだとしても、石塚にはこの風土から閃いたものを拠り所にして、心に訴えさせる素地がない。本人もそれに気付いて感受性を高めようと宿泊客から吸収を試みた。
少なくとも穂高に行く前の、突っぱねた雰囲気は見受けない。ただこれらの人々と、この風土から何を信じるか、何を学び取るかで悩んでいる雰囲気だ。矢張り此処は越村の穂高詣でに匹敵する何かが埋没しているのか。このまま引き返せば沙苗さんに「この役たたず!」と言われそうだ。
「石塚、帰りのバスより旅館の手配を頼む」
「相部屋なら旅館の主に異存ない、なんせ同じ部屋で倍の料金になるんだから。それに請求書は俺の親に行くからなあ。そこをクリアしていれば問題ない」
と快く承諾した。
「しかしなあ。そこまでして此処に滞在する価値が俺には解らん」
「越村、お前の実家は裕福じゃあなくて、単位を落とさないギリギリの処でバイトを入れているのは知ってるだけに、この生活はズキンと腹に染みるだろう」
「掛川さんはどうなんですか。まさか描いた絵が飛ぶように売れてるようにも見えない風体ですが」
「身なりで人格を決めるな」
石塚は越村を叱った
「いいですよ石塚さん、この服装の方が気兼ねなく絵に打ち込めるますから」
掛川は少なくとも歳は十は離れているのに謙虚だ。この関係はまだ着いたばかりの越村には掴めない。
「町中ならペンキ職人みたいだ」
この景観で汚れた服装は越村には堪えられない。
「それはしゃあない。咄嗟に思い浮かんだ色に変えたいときは、油壺でぬれた筆を待ちきれずにズボンで拭き取る。構ってられないのだ」
石塚は掛川を弁護した。
「それだけ絵に夢中になってしまうのか」
越村は色んなバイトを手掛けているが、ペンキ塗りはまだやったことがない。塗り絵は子供の頃から面倒くさくて気乗りしない。それにズボンを手拭い代わりにして絵筆を拭く神経が、芸術家には必要なのか理解できない。




