掛川寛人・4
昼は当に過ぎたのにまだお客さんはいた。バスでなく彼らは車で来ているのか、のんびりと寛いでいた。見たところ家族連れより、子供を除く幅広い年齢層に此処は受けている。心を癒やすと言っても子供は、大人のように懐古調を楽しむどころか、遊園地の方が楽しく、此処にはそんなものは何一つなく、退屈すぎる場所だ。此処は未知の世界に疲れた人間が屯する場所だと自分に言い聞かせると何か侘しくもある。俳人は此処で一句捻り出し、画家は一枚の絵を仕上げ、僧侶は現世の儚さから逃避する人に安寧を与える。掛川はともかく、石塚にはそのどれも当てはまらない。とにかく三人はかやぶきの里を出て集落の果てにある旅館を目指した。
「何でみんなこの風景に溺れるのだろうね」
「世渡りの上手い人は溺れないで、スイスイと此処を泳ぎ切って仕舞うけどね」
「そりゃあそうだろう。商売の基礎やネタはどこにも存在しない。ただそこへ奮い立たせる何かはあるが、それを感じるか感じないかは人それぞれだ」
と二人の会話に掛川が言った。
「掛川さんには、ここには描きたいと意欲を湧かせる何かがあるんですか」
「今朝着いたばかりでもう魅せられて仕舞う人と、そうでない何の感性も浮かばないひともいる。その違いは感性の受け止め方だ。商売人には商取引の感性が有り、画家には視覚が捉えた対象物から得た感性が有る。だがここには商人には不向きな荒野にしか見えないが、画家の俺には湧き上がる芸術の源なんだ。要するにこの風景そのものを我々はふるいに掛けて、心に訴えるものを昇華する。そのプロセスを持たない者が此の郷愁に浸りながらもの思いに耽る。そのもっともな男が石塚だろう」
「石塚そうなんか」
「さあどうなんだろう。ここに居て俺の頭の中がどう理論づけられているのか、考えたことがない」




