石塚と再会6
此処は観光客が多いと言っても、流石に車もあの観光名物の人力車もやって来ない。
「ほ〜う、説法を説く寺の住職が、逆に落ち込んで仕舞う原因は何なのだ」
「最近よくある墓じまいを知ってるか?」
最近はお墓を作らずに自然葬が流行って、これは当然お経も戒名も求めない。このままでは檀家も消滅して寺は廃れる。先祖が未来永劫まで続くと託して残した墓も、田舎にあって墓参りが出来ずに墓は荒れる。一方で墓のない樹木葬や海に散骨したりする。これでは寺は法事や法要も出来ない。
「所謂お寺も斜陽産業に成り果てようとしている。それに心を痛めて山里に残るこの集落で寺の意義を住職は探し求めているんだ」
タイムスリップしたような長閑な集落を歩けば、深刻さは頭に入っても身に染みることなく穏やかに考えられる。なるほど人生に悲観する心の痛みをこの風景が受け止めて、癒やしてくれてると此処は実感できる。
「それでその住職は答えが見つかったのか」
「う〜ん、そこなんだが、仏の教えは闇に閉ざされた心に光を当てて真っ当な人生に導く、要するに信仰心の問題だ。一方で死後の世界に安寧を求める人々の心の拠り所としてのお墓への心情が危機に瀕していると住職の深山常弱さんは悟ったのだ」
「そうか、お墓もお詣りするときは手を合わすわなあ。あれはご先祖に対する祈りか」
「そらそうだ。ご先祖さまの否定は自分の存在をも否定する。ご先祖さまがあっての自分だろう」
「そう思うと簡単には墓じまいは出来ないだろうが……」
「越村、お前の両親は田舎だろう。老いて仕舞えば誰が見るんだ」
やがて一大イベント会場のような雰囲気が漂う観光名所のかやぶきの里が見えて来た。
「二十分もこうして静寂な中で話して歩けば、自ずと議論に集中できて良い結果が出る気がするからみんなやって来るんだ」
「なるほど仏様が安置されたお寺の広間で聴くお経や説法より此処はいいなあ」
やれやれ、これでやっと少しは理解したか。




