山里の旅館3
二人は旅館の受付に居た三十前後の女性に声を掛けると、上がり込んで待つように言われて奥へ消えた。受付には土産物が置かれて、隣には寛げるように喫茶室があった。
「ここはある意味で、玄関を入った旅館の中の雰囲気が穂高の山荘に似てます」
「あらそうなの」
と沙苗さんは素朴な作りの民芸品や調度品を見回した。
「それに静寂なところも、遥か眼下にある雲が、此処では頭上に棚引いて、そこが天界か下界の違いでしょう」
「だとすれば、ひょっとして越村さんが毎年行って語る、穂高の風景に弟は嫉妬していたのかも知れませんわね」
「ハア? 風景に、嫉妬しますか?」
「山道って針葉樹に遮られて、差し込む陽射しが鬱蒼とした中を通り抜けて、岩ばかりの頂上を目指す。あの園部インターからは、山を遠くに眺めながら拓けた道を走っているとそう思ったのよ」
「つまり、遮るものがない穂高の山頂からの眺めを聞かされて嫉妬したんですか」
「あたしも穂高には登ってないので具体的には良く解らないけど、祐司が時々あたしに語るあなたから聞いた穂高の風景が、かなり脳裏に焼き付けられていると思って、この道を走りながらあたしもこの風景に見惚れてしまったの。きっとあなたもそうでしょう」
「景色は全く違いますが心に描く雰囲気は似ていて、心の高ぶり、高揚は感じる。おそらく石塚も、この風景から僕が言っていたものを感じ取ったかも知れませんね」
「もしそうなら説得し易いのじゃあないかしら?」
「そんな余計な期待は石塚には禁物ですよ」
「あなたにそんな期待をしても無理かしら」
ハア? と真意を探る前に石塚が階段から下りて来て、二人はそちらに気を取られた。このタイミングは越村には痛恨の極みだった。




