噛み合わぬ男3
苦行か、そう云えば昔の登山は修験行者の修行の場だった。
「今はなんだ。そこにあるから極めたい。一種の征服感か。見返りのないものを求めるなんてどうかしている」
「石塚、お前もさっき言っただろう。恋に生きたいって。本当の恋は見返りを求めないもんだろう」
恋をもの言わぬ山に喩える何て、神聖な山を一緒にするな。恋したことのない石塚に言われたくない。
「石塚、お前には恋も登山も出来ないのに、言い切る根拠はどこにあるんだッ」
「そんなもんはいらん。体験しなくても頭の中に凝縮されて、いつでも手に取るように再現できる」
それは恋じゃあない。単なるゲームだ。どれほどのコンピューターでも女心は再現出来ない。同じように山に挑む山男の心理もしかりだ。
「どうだ、一度、山に登ってみないか。高いところはいいぞ。全ての人間が俺にひれ伏しているんだ」
「御免被る。余計な事に俺を引き込むな。高いところなら遊園地のゴンドラで十分味わえる。恋の相手も相性をデータ化して、コンピューターに入力すれば希望する相手が見つかる」
此の学食にも女性は多く居た。気に入った人は居ないのか見向きもしない。何が恋に生きたいだ。いい加減にしろ。
「じゃあ、相性が合えば気持ちはどうでもいいのか」
「それは相手次第だ」
そうは言ってもあいつの心はまったく変わらん。これには絶句した。
まあそんな恋の話を機械に置き換える石塚は、どちらかと謂えば変人の部類だろう。しかし此の分け方も突き詰めればみんな変人の要素は持っている。目立たず、表に出さず、密かに胸の中で暖めて、卒論に吐き出すつもりなんだ。みんなあとで取って付けたお題目で、さも研究心の塊を自負する。だが石塚の場合はそんな欠片は微塵にも持ち合わせてない。ただ己一人の殻から出ようとしない人間だ。そんな男を尻目に、越村は前期テストが終了するとバイトで槍ヶ岳へ向かう。




