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石塚の姉1

 越村はアパートに帰り着くと、二年に亘る夏山のバイトの意義について懐疑的になった。穂高連峰の美しさに惹かれるほど、どうしても伝えられないもどかしさが募る。石塚の受け付けない理由が食わず嫌いに似た単純なものだけに見込みも十分にあるのに、越村に改心させる才覚がないのがもどかしい。今回も改心させるなんの収穫もなく帰ると、虚しく天井を眺めて一夜を明かした。

 翌日は既に授業が再開されているにも関わらず、大学へ行く足取りが重たかった。石塚の奴め、俺がこれほど心配しているのも知らぬげに、今頃はのうのうと講義を受けて単位を取るのに邁進していると思うと、いささか腹が立つ。嫉妬に切り替わると足取りが速くなり逆にいきり出した。

 早速、講義室に行くと珍しく石塚の顔が見えない。講義終了後に部屋の者に訊くと、石塚は夏休みが明けても大学に顔を見せてないと解った。彼奴《あいつ》はバイト処が働かなくて良いご身分なのに、いったい何処へ雲隠れしたのか。海外へでも行って見聞を広めるうちに、のめり込んでそのまま帰りたくなくなったのか。いや、彼奴は平行移動しかしない。階段を上がるのがいやなんだ。そんな奴が海外へは行かないだろう。

 詳しい実態を知るには彼奴の家に行って訊くしかない。石塚の店には一度だけ見学者で案内してもらっただけで、店の者との馴染みも薄い。こうなると今までの敷居が高いと避けていたのが悔やまれる。あとは石塚が、越村の存在をどれだけ家族に浸透させているかだ。それに依っては、訪ねても門前払いを喰いかねない。

 自宅は天王町の本社ビルから歩いて、十分も掛からない鹿ヶ谷通《ししがだにどおり》の手前を少し入った所にある。

 父親と長男は会社で平日、家に居るのは母親と姉の沙苗さんだ。母親とは少し見かけただけで向こうは印象が薄いだろう。残る沙苗さんはここから洛北にある、ミッション系大学に通っていると聞いた。石塚が居れば問題ないが、夏休みが終わっても大学に来ないのが気になった。


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