さらば穂高2
「何処で登山を覚えたんだ、高校じゃあ山岳クラブなんてないだろう」
遠い親戚に山小屋をやってる人が居て、その人が三年前にひと夏でいいから、手伝ってくれないかと茅ヶ崎の自宅を訪れた。勿論、高校生の伸也でなく、学生の兄を通じて同じ大学生に声掛けを頼みに来た。
「それで君が応募したのか」
「去年は応募するともう間に合ってると言われて、それでも頼み込むと穂槍山荘を紹介された」
どうやら両親は受験を前にやらせたくなかった。そこで親戚の人に相談すると、心配要らん槍ヶ岳なら尻込みすると決めつけられた。
「それで半分は意地で登ったら病み付きになったんですよ」
「お兄さんの代わりに行った訳じゃないだろう」
エヘヘと意味不明な笑いをされた。笑ってちゃあ解らんとばかりに追求すると、失恋したのだ。高二で恋をするか! と驚いた。エエイ人生ママよ、とばかりに槍ヶ岳三千百八十メートルに挑んだ。一番高い山なら富士だが、なんか失恋した彼女の懐に飛び込むようでいやだった。そこへ例の親戚の人が槍ヶ岳の厳しさを叩き込まれて、此の山なら本望だと決めた。それで山荘に着くと本当にやって来たと向こうは吃驚していた。
「そうだったのか。去年も今年もそんな話はしなかったなあ」
またエヘヘと気味の悪い笑いをされた。問い詰めると失恋した彼女の面影がまだ尾を引いていた。余程惚れ込んだ人らしい。相手は高校の同級生だったが、親が仕事で関西に引っ越してそれで別れた。それじゃあ文通、いや古くさいか、ネットを使って遣り取りすればいい。そこまで追求すると気まずくなった。父親の単身赴任が一人娘の意向で家族揃って会社が用意したマンションに去年の春に引っ越した。
「それでその夏に槍ヶ岳三千百八十メートルに挑む気になったのか」
彼はつまらない動機だと、またえへへと笑った。
「いや、動機はどうでもいいんだ。そのー、此の山の魅力をどうして知った」
「だからその親戚の人から、本当は兄貴に話していたんだが、真剣に訊いたのは俺の方だったんです」




