武奈ヶ岳登山口3
毎度ながら不得意なものは石塚は余り語らない。吉田山では五回の上がり下がりを練習の基礎目標に、此の鍛錬に音を上げずに付いて来た。吉田山と同じ高さのビルの階段では、とても無理だが、吉田山を知らない澤村さんが、よく頑張ったねと石塚を労った。澤村さんのひと言を突破口にして、越村は畳み掛けた。
「あの掛川さんに、どんな芸術論を打っ付けたんだ」
「ああ、あれか。あの絵描き、理念がないんだ」
話題を変えてやると、途端に今まで喘ぎながら登ったことなど、けろっと忘れる単純な男だ。
「そう言い切る、お前の理念はなんだ」
俺は絵を描かないが、こうあるべきだと云う考えは持っていた。それに照らすと、あの絵描きは、目の前のものに忠実に拘りすぎた。それでは写真家になればいいが、雑念が多い人間には無理だと言った。
絵は描き始めると、全ての雑念を払いのけて、絵筆と感性の対話に依って出来上がると、画家は答えた。
「それだけか。その答えがあの絵なのか」
「さあ、俺は最初の絵しか見てない。だからどう変わったか知らない。あの隠れ里らしからぬ作品になっていればそうなんだろう」
「あのう〜、お話中なんだけど……。そろそろ腰を上げないと、後がしんどいわよ」
澤村さんは時計を指さしながら出発を促した。石塚は心体共に完全に快復していた。
周囲は灌木が覆い茂り、そこから少し開けた御殿山に着き、なだらかな道を経て、わさび峠に着いた。ここから高い木は疎らで、ほとんどが低い灌木と草だけで、見晴らしの良い稜線が続き、西南稜から豪快に武奈ヶ岳が見えるがまだ遥か先で、緩やかな尾根の巻道(迂回路)が続いた。




