武奈ヶ岳8
「越村さんも初耳なのに、祐司にヒマラヤ行きの計画を話したんですか」
訊かれて澤村は、うふふと訳ありげに笑った。ルームミラーで二人を見たが、向こうも込み入った話らしく無視している。
「決断を促す判断は独りの方が下しやすい。だってそうでしょう。他の者だと余計な邪念が入るんですもの」
「でも家族の事は考えないんですか」
「単独登頂の冒険者は、もちろん家族の納得が第一なんです。でもグループのリーダーとなるとそうはいきません」
孤高の登山は一点の山頂を目指して、身体と一緒に考えを共にして、一点に収束させる為に、思いを自分の胸に納めて、ひとつに収束して山頂を目指す。グループは様々な人の気持ちを一点に収束しなければ山頂は目指せません。その判断力を養うために、単独でも登れる山で経験を積んでいる。
「これは登山家を断念した父の後ろ姿から得た、あたしの教訓なの」
「つまり、自分の技術力を超える判断には、固執しない方がいいってこと?」
「明日に希望を繋げられる人はね」
澤村にさりげなく言われても、沙苗さんはさりげなく聞き流せない。そう思うと続きの言葉を探せない。聞いているの、とルームミラーを見ると、頷く越村と視線が合った。弟は納得したのか俯き加減にしている。澤村さんの言い分は十分に伝わったようだ。
「澤村さん、弟の体力でこれから行く武奈ヶ岳は、頂上まで完走できそうですか?」
「それは越村さんの特訓の成果を期待していいんでしょう」
途中で澤村に振り向かれて、沈黙する石塚に代わって越村は、右手を握り締めて丈夫だと太鼓判を押した。




