武奈ヶ岳3
ほ〜う、あの堅物な男が澤村さんの事となると、聞かないものまでべらべらと喋るところが滑稽すぎる。彼女に関しては越村以上に、石塚は知ってるのかも知れない。あれほど山の話をしても、ヒマラヤ登山なんて、これっぽっちも喋るどころか感じさせなかった。
一緒のバイト仲間だと言ったところで、必要最低限のものしか備わってない山小屋では、足らない物はほとんどバイト仲間で一人三役も熟さないとやっていけない。雨漏りの修理から排水溝の掃除、布団寝具の手入れまで全部接客者がこなす。一番厄介なのは天候不順でヘリが飛ばない日の生鮮食量品の確保だ。麓から人力で運ぶのが一番辛い仕事だ。そんな環境下で、相手と突っ込んだ心の遣り取りが出来る余裕なんて有るわけがない。
普通の宿泊施設と違って登山客の接客だけでない。食事や水、生活に必要な物は全部山に居る者が手分けしてやらないと施設はもたない。お互いの優しさなんてひけらかすどころじゃない。一人で三役なんてやってられないと、バイト仲間で足を引っ張らなくても、適当に手抜きをされればたちまち体力を余分に消耗してしまう。空気の薄い三千メートルの世界で体力を温存するためには、バイトどうし無駄なお喋りもしないとなれば、細かい性格まで中々見抜けない。澤村さんに関しては、沙苗さんが実際この目で確かめるべきだ。
「でも誤解のないように、登山仲間は言葉より危機回避するための不思議な無言の連帯感はありますよ」
今回の武奈ヶ岳にはそんな緊張する登山行程は皆無だ。それでも少しは狭い急勾配も有って、お互いの気心をしっかりと把握しないと気が抜けない場面もある。
「じゃあ登山口まで澤村さんを助手席に乗せてお喋りすればいいのかしら」
心配ない。偏屈の石塚さえ直ぐに打ち解けた。それが愛と言って仕舞えばそれまでだ。偏屈はひと言多いとへそを曲げたが目は笑っていた。




