石塚の改心6
最近は車の運転で彼女からアドバイスを受けたお陰で仮免許は受かった。費用も知らないうちに払っていた。勿論彼女も淑やかになっている。いつもながら此の店は、教授や学生が自己表現を極めるだけあって、恋談議する二人はそれだけで異質な存在だった。
「内容は知らんが、お前の援護射撃は効いてる」
先月はそれで親父に引き合わせたとまで言われると益々頭が下がる。此の店はいつもクラッシックをアレンジした静かな曲を流している。主にモーツァルトが多いが今日はバッハの無伴奏曲だ。演奏家は判らないが、論文を考える先生方には好いが今の俺たちにも合っていた。
「俺が強化合宿を始めて、足腰がお前並みになると、響子さんはとんとヒマラヤの話はしなくなった。どう思う」
見事に真面目くさった顔に戻った。澤村さんはそろそろ二人を隔てる垣根を下げ始めたのか。
「なら、お前が今度は引っ張ればいいだろう」
姉貴や兄貴と違って、闘争意欲の欠けた俺には荷が重すぎる。愛は引き摺るものでなく、身軽に対処するものだろう。そう言われても愛に方程式はない。
「箕面なんてハイキングコースだ。澤村さんを誘って比良山系の最高峰の武奈ヶ岳に登ってみろ」
「エッ! 最高峰の山かッ」
「大したことはない。標高は千二百十四メートルだ」
「千メートル超えるのか」
「登山道は多いが西南稜から登れば比較的楽だ。彼女と標高三百五十五メートルの箕面山を四回登ったと思えばいいんだ」
「如何して武奈ヶ岳登山なんだ」
「俺もよく行くが、彼女が日頃の冬山の鍛錬維持に登っている。ちょうど此の強化合宿の出来栄えを試すには手頃な山だ。それをお前から申し出れば彼女のイメージは格段に上がる」
途端に顔色が変わった。勿論紅潮して、行く行くと連呼した。回りくどい告白より、愛は単純な方が伝わりやすい。




