画家のギャラリー9
「そうでしょうね。石塚が心の深層を澤村さんにぶちまけても、お姉さんのあなたには言えないでしょう」
「そうね、越える垣根が違うのよね」
そりゃそうだ兄弟に男女の愛を超える垣根は別ものだ。
「何か分かりましたか」
近本さんが沙苗さんに問い掛けても彼女は要領を得ない。
「解らないけど、入賞作のこっちの絵の方が心に染みるのは何でですか?」
「この絵には或る域に達しようとする気迫が漲っている」
「じゃあ、この絵が掛川さんの集大成なんですか」
「ひとつの域に達したことは確かだが、入り口の絵を見る限り、これは過渡期の作品になったようですね」
過渡期、人生死ぬまで過渡期の連続や、と近本さんは語り出した。ここまで親から引き継いだ酒蔵を大きくさせたのは、常にその絶え間ない過渡期に襲われ続けた。人間形成に於いて自分に限界を決めたらあかん。その意味では石塚さんは、掛川さんが得られ易いように過渡期の橋渡しをしたと思う。
「あの〜、お話を遮るようですが、石塚にはそんな人を動かせる甲斐性はなかったけど……」
沙苗さんとのやり取りを、越村は近本さんに指摘した。これに姉は沈黙した。
「別に本人にその気がなかっても、聞いた掛川さんに受け容れる要素があったんでっしゃろ」
石塚は全く気付かずに、ただ単にあの絵を見て持論を展開しただけなんだ。その証拠にそれ以後の絵には目もくれなかった。
「掛川さんは更に大成するでしょうか?」
ここは掛川より石塚で、更にその大元の早苗さんの期待に、越村の運命に掛かってくる。
「さあ、それは篠さん次第やろう」
どう言うことだ。要は愛を甘く見たらあかんちゅうことか。伊達に皺の数を増やした訳ではない。出合いに燃えた愛も、心に情熱がなければ続かず枯れる。真剣な愛ほど真剣な作品に繋がると、近本さんは長い人生から悟ったのだ。




