沙苗さんの想い2
「冬ならともかく、この季節なら沢伝いに登れるが縦走は無理だ」
「それって澤村さんが連れて行ってくれるの?」
「でも彼女は毎年夏休みには槍ヶ岳の山荘にバイトで一緒に行っても、帰りは彼一人で下山するのはどうだろう」
「不安なの ?」
「子供の頃はやんちゃな時期もあったそうだから、その頃を想い出せば大したことはないだろう」
彼奴はどこでどう人生を踏み間違えたんだ。何故ビールを煽らないと答えが出ないんだ。彼女は東大路通に近付くと早足で歩き出した。別に急ぐ必要はないが彼も合わした。急いだのは彼の質問だけではなさそうだ。彼岸が過ぎたとはいえ、昇る太陽が暦通りに涼しくなるとは限らない。特に地球温暖化が叫ばれている昨今では。沙苗さんは冷房の効いたバスに早く身を委ねたいのだ。それでは天神さんの縁日の人混みを、どうクリアー出来るのか心配になった。
東大路通丸太町の交差点から待たずに北野白梅町行きのバスに急いだお陰でちょうど乗れた。日曜の朝九時前のバスは空いてる。二人掛けに座れて沙苗さんはやっと落ち着いた。
「これで何分かかるの」
「二十分でしょうかねぇ」
これにはエッと驚いた。確かバス通学していればもっと呑気に構えてもいいのに。
「大学にはバスで行ってるんでしょう」
校内の限られた駐車スペースもあるが、毎日同じ道より違った道を走りたい。なれた道では彼女の脳内細胞は物足りず却って動きが鈍くなるそうだ。
「そう言えば先週の湖東三山では軽快に走ってましたね」
「そうよ、あなただって登り慣れた低い山なら注意散漫になるのと一緒」
車で走る道と三千メートルの岩場の縦走路とは比較にならないんだが。
「ねぇ、同じ縁日なのに弘法さんと天神さんとどう違うの」
あれはまったく雰囲気が違って言いようがない。そんなの説明のしょうがない。敢えて言うなら真言密教の空海と一官僚の菅原道真との違いだろうか。




