石塚の思い5
あの北穂高の難所でも神や仏に頼る素振りを一度も見せなかったのに。余りにも唐突すぎて石塚に心境を聞いたが驚かなかった。
「何でだ!」
「だって、そういう人だと思えば不思議でも何でもないだろう」
「お前にはなぁ。しかし俺には不可解なんだ。よく考えてみろ。芦生の原生林の森と御室しか行ってないだろう。俺は彼女とは都合四ヶ月も山小屋に一緒に居て、しかも北穂高まで縦走している」
「オイ、越村、北穂高、北穂高と何度も聞かされたが、人の心は計り知れないんだ」
「お前、それで何が言いたい」
いやに落ち着き払ってしいるところが気に食わない。穂高を単独以外で縦走する場合、以心伝心のように、いかに気持ちの疎通がなければザイル一本で命を繋げるかとお前に言いたい。
「俺は槍ヶ岳も北穂高も知らんが、澤村さんならお前以上に通じるところがあった」
ーー穂高の縦走で両者を繋ぐのは一本のザイルかもしれんが、御室では何かあれば二人を繋ぐのはこの手だ。繋いだ手から直接その人の温もり感じれば、以心伝心以上に命の温もりが直接こころに伝わる。
ーー肩幅もない三千メートルの稜線で手など握れるか! バカモン! それこそ二人もろとも滑落死してしまう。おかしなところでザイルと手を置き換えるなと言いたい。
「石塚、お前ののろけ話はそれぐらいしてくれ。それよりお姉さんはどうなんだ」
彼奴はムッとした顔を見せたが、紹介された手前か、ぐっと押し殺した。
「お前が知りたいのは澤村さんより姉貴だったなあ」
やっとこっちの話に戻った処で、珈琲は底をついてしまった。周囲を見れば珈琲一杯で粘ってる者はいない。手持ち無沙汰にしているバイトの女の子を呼んで石塚が追加とアップルパイを頼んだ。にやけた顔を見ると此奴も少しは俺に感謝しているようだ。
「姉貴もあの日は機嫌良かったぞ」




