石塚の思い4
学校の教室のようにこの喫茶店は、年季の入ったワックスの効いた板張りだ。そして周りに居る学生たちと先生、このふたつは上下関係に関係なく黙読あるいは静かに議論をする席もあるのがこの店の特徴だ。特異なのは石塚と越村はここでは場違いな特定の女性論を述べている。
八十八も在る小さな祠に彼女はいちいち合掌して廻るため、途中から石塚も付き合いだした。信仰心がないだけに当然無言で手を合わす。その内に彼女に訊いてみた。すると向こうも健康とか家族のことだと解った。それから次の祠に向かう僅かな時間を利用して更に家族も聞いた。
大阪でも市内でなく両親の実家は箕面より更に山奥にある能勢だと解った。山あいの幾つかの谷に沿って開けた田畑が点在し、その一画に住んでいた。此の辺りは山に囲まれて開墾する余地はない。当然一家族しか養えない田畑は長男が引き継ぎ、次男は大阪に出て所帯を持ちそこで澤村響子さんは生まれた。家族は兄と彼女と両親の四人家族だ。
「それじゃ澤村さんは親の家を知らないのか」
「いや、盆暮れには良く帰っていた。学校は大学まで大阪だが、彼女だけは気に入ったのか結構、能勢に遊びに行ってる。たぶん山好きもそこから来ているんじゃないか」
そう言えば芦生の原生林の森も誘えば直ぐに来たが、最初のデートでそこまで話すか。二回のアルバイトで都合四ヶ月一緒に居たが越村にはそんな話はなかった。それだけ槍ヶ岳の山荘では考え方や趣味を訊くのが精一杯で、そこまで話す余裕はなかった。
「夏は能勢の田舎で走り回ったせいか、足腰は丈夫で御室では彼女に良く引っ張ってもらった」
それはさっき聞いた。一回だけじゃないのか、山登りで女に手を引っ張ってもらうなんて呆れた奴だ。
「それで高校生で槍ヶ岳の山荘にバイトに行ってたのか」
流石に八十八の祠で合掌するのは堪える。半分以上廻ったところでとうとうしびれを切らして意義を聞いた。仏によって生かされている。だからこうして感謝しているそうだ。
「何だそれは」




