湖岸に向かう3
「澤村さんは密教に因って石塚の良さを引き出しても、そんなもんに深入りさせませんよ」
「どうして言い切れるの」
「だって澤村さんは信者でないもん。ただネパールの人々の心の拠り所に迫りたいだけですから」
密教は人としての在り方を学ぶもので、寄り添っても強制はしない。最近は胡散臭い教団が増えて困ったもんだ。
「熱心な信者になれば、そんな傾向になりそうだけど……」
「そうならないように導くのが真の教祖たる所以だ。まあ、彼奴は俺と一緒でそんな色には染まらない」
軽やかな彼女のハンドル操作から、納得尽くめの笑いと共に食欲まで伝わった。
車は湖岸から琵琶湖がよく見える一階が駐車スペースで二階がレストランになったファミレスに入った。湖東三山を巡り遅い昼食時に寄った店は空いていた。
二人は窓側の席に座り、セットになった洋食を頼んだ。窓からの景色は良かった。近くの彦根城、遠くに琵琶湖が見渡せた。厨房も暇なのか頼んだ料理が直ぐに出て来た。
「今頃は向こうも四条河原町辺りをウィンドウショッピングしている頃じゃないだろうか」
「へ〜え、八十八カ所巡りなんて余り時間がかからないの」
「霊場を写したといっても小さな祠が立っているだけで、二時間も掛からないだろう」
それでは御利益がない。なんせハイキングコースみたいなもので、手始めにはちょうどいいし、石塚にもそう負担は掛からない。そんな所で空海の真言密教なんて耳に入る訳がない。そこは澤村さんも心得たもので、説明はひと言二言で終わって他のお喋りで楽しんでるのだろう。
「じゃあ澤村さんのチベット仏教の入れ込みもたいしたものじゃないのね」
信仰そのものより、シェルパたちの人心の把握が目的で、石塚を一目見れば彼がそんな信仰心なんて持ち合わせてないのは、彼女も直ぐに解る。
それもそうね、とそこが弟と同様に沙苗さんも納得した。




