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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 黒瀬りつ


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第8話:【歩くフォークリフト】指二本でコンテナを動かす新人と、壊れ始める一般人設定

 地獄のヒーロー見参ニキ捜索会議の翌日。


 俺、黒瀬玲司は、大手VTuber事務所『ステラライブ』の機材倉庫で、ひたすら段ボールを運んでいた。


 短期安全補助スタッフ。


 それが、俺に与えられた肩書きである。


 聞こえはいい。


 だが、現実はほぼ雑用だった。


 配信用カメラを運ぶ。


 3D空間投影ドローンを運ぶ。


 魔力シールド発生器を運ぶ。


 何に使うかわからない黒い箱を運ぶ。


 たまにスタッフとすれ違うたび、なぜか二度見された。


 失礼な。


 俺は普通に仕事をしているだけだ。


 少なくとも、この時の俺は本気でそう思っていた。


「……ふぅ。これでラストか」


 俺は床に置かれていた鉄製コンテナを見下ろした。


 中身は、次回のダンジョン配信で使う予定の超高精度カメラと、携帯型魔力シールド発生器らしい。


 総重量、およそ五十キロ。


 昨日の俺が知ったら、全力で止めに来る荷物だった。


 普通のスタッフなら二人がかりで運ぶ。


 腰を痛めないように、台車を使う。


 安全第一。


 それが正しい社会人の姿である。


 俺は片手の小指と薬指だけを、コンテナの取っ手に引っかけた。


「よっ」


 フン、と持ち上げる。


 軽い。


 正直、軽い。


 Aランク探索者にとって、五十キロのコンテナなど、少し重いコンビニ袋くらいの感覚である。


 俺はそのまま棚の最上段へ、ティッシュ箱を置くような気軽さで収納した。


 カチャン。


 完璧な位置。


 仕事が早い。


 俺は少しだけ満足して振り返った。


 倉庫の入り口で、ベテランらしき男性機材スタッフが口を開けて固まっていた。


 手に持っていたスパナが、床に落ちる。


 カーン。


 やけに澄んだ音が響いた。


「……え?」


「……」


「黒瀬くん、今、それ……指二本で上げた?」


 まずい。


 やった。


 加減を間違えた。


 社会人として一番やってはいけないこと。


 普通の人間のふりを忘れる。


 俺は咳払いをした。


「あー、違います」


「違う?」


「格闘工学的な、重心の、一般論と言いますか」


「うん」


「テコの原理です」


「五十キロの鉄塊にテコの原理だけで勝てると思う?」


 正論だった。


 だが、ここで認めるわけにはいかない。


「気持ちの問題です」


「物理は気持ちで曲がらないよ」


「意外と曲がります」


「曲がらないよ」


 スタッフは俺の腕を見た。


 次に五十キロのコンテナを見た。


 また俺の腕を見た。


 その目に、諦めのような何かが宿っていた。


 機材スタッフは、今度は倉庫の奥へ視線を向ける。


 そこには、俺がすでに運び終えた段ボール、機材ケース、コンテナ、撮影用ライト、折りたたみ式防護壁が、整然と積まれていた。


「黒瀬くん」


「はい」


「さっきから思ってたんだけど、君、一人でトラック三台分の機材搬入を終わらせてるよね?」


「そうですか?」


「まだ十分しか経ってないよ?」


「無職仮なので、時間の使い方がうまいんです」


「無職仮って、時間を圧縮できる職業なの?」


「職業ではないです」


「じゃあ何?」


「社会的誤解です」


 スタッフはしばらく俺を見つめたあと、なぜか小さく手を合わせた。


「すごい……歩くフォークリフトだ……」


「人間として扱ってください」


 だが、その日から俺のステラライブ内でのあだ名は、静かに広まり始めた。


 歩くフォークリフト。


 伝説の荷揚げ屋。


 筋肉質な無職仮。


 最後のやつは完全に悪口だ。


 仕事をすればするほど、身バレから遠ざかるどころか、人間離れ疑惑が強まっていく。


 社会は難しい。


 ダンジョンの方がまだ単純だ。


 モンスターは殴ればだいたい黙る。


 人間はそうはいかない。


「おーい、玲司ー!」


 倉庫の入り口から、聞き慣れた声がした。


 最も黙らない人間が来た。


 姉貴だ。


 黒瀬遥香。


 配信者名、星宮ハルカ。


 今日は星空モチーフの衣装に身を包み、完全に仕事モードだった。


 清楚。


 華やか。


 癒やし系。


 リスナーから「理想のお姉ちゃん」と呼ばれる人気VTuber。


 昨日、俺の部屋でポテチの粉がついた指で大胸筋をつついてきた女と同一人物である。


 人類は見た目に騙される。


「ちょっと手伝ってー!」


「今、雑用中だ」


「だから手伝ってって言ってるの」


「雑用に雑用を重ねるな」


 姉貴は両手で3D空間投影ドローンを抱えていた。


 次の配信で使う新型らしい。


 機体の表面に星宮ハルカのロゴが入っている。


「これ、設定がおかしくて。アバターの髪飾りだけずっと左に三十センチずれて投影されるの」


「それは怖いな」


「テスト配信したら、私の星飾りだけ宙を漂ってた」


「ホラーじゃねえか」


「コメント欄に『ついに本体が分離した』って言われた」


「星の案内人、分裂するな」


 姉貴はドローンを俺に差し出した。


「ちょっと見てくれない?」


 俺は受け取って、端末を接続した。


 画面を開く。


 内部設定を確認する。


 魔力同調の周波数。


 配信ドローンの同期ログ。


 ダンジョン下層用の電磁干渉耐性。


 ギルド公式の安全キー。


 うん。


 普通にズレている。


「魔力同調の周波数が三段ズレてる。これだと、ダンジョン下層の電磁波に耐えられないぞ」


「え」


「しかも安全キーが旧式のままだ。新宿第四ダンジョンなら、ギルド公式の現行暗号キーにバイパスつながないと映像が乱れる」


「え?」


「ここをこうして、干渉補正を入れて、投影基準点をアバターの頭部じゃなくて胸部座標に戻して……よし」


 俺は数十秒で設定を書き換えた。


 ドローンの投影テストを起動する。


 星宮ハルカのミニアバターが、ふわっと倉庫内に現れた。


 髪飾りも正しい位置にある。


 成功。


「直った」


「……」


「礼ならポテチ一袋でいいぞ」


「……」


 姉貴はドローンを受け取らなかった。


 ただ、じーっと俺を見ている。


 嫌な沈黙だった。


「玲司」


「何だ」


「今、何したの?」


「修理」


「どのレベルの?」


「一般的な」


「一般的な無職仮は、ギルド公式の暗号キーにバイパスをつないだりしないのよ」


「ネットで見た」


「ネット万能説、そろそろ破綻してるよ?」


「ネットは広い」


「広いにも限度がある」


 一歩。


 姉貴が近づいた。


 俺は一歩下がる。


 もう一歩。


 俺も下がる。


 ドン。


 背中が鉄棚にぶつかった。


 逃げ場がなくなった。


「……姉貴?」


「昨日から、ずっと思ってたんだけど」


 嫌な予感がした。


 姉貴が俺のすぐ横の棚に手をつく。


 棚ドン。


 実の姉からの棚ドンである。


 需要は知らない。


 少なくとも俺にはない。


 廊下から倉庫を覗いていたスタッフが、そっと引き返していく気配がした。


 気を遣わせてしまった。


 申し訳ない。


「ねえ、玲司」


「近い」


「近くで見ないとわからないこともあるの」


「配信者の距離感ではない」


「今は姉です」


「余計に悪い」


 姉貴は俺の胸元をじっと見る。


 俺はパーカーではなく、今日は事務所支給のスタッフTシャツを着ていた。


 動きやすい。


 しかし、問題がある。


 身体のラインが出る。


 昨日のスーツほどではないが、鍛えた肩や胸板が普通にわかる。


 なぜ俺は上着を着てこなかったのか。


 自分を殴りたい。


 いや、倉庫作業で暑かったから脱いだのだ。


 仕方ない。


 仕方ないが、今は後悔している。


「この胸板」


「触るな」


「この肩幅」


「触るな」


「この腕」


「触るなって言ってるだろ」


「倉庫のスタッフさんが、君の筋肉は国宝級だって言ってたわよ」


「国はもっと守るべきものがある」


「五十キロのコンテナを指二本で持ち上げたって」


「テコの原理だ」


「テコに謝って」


 完全に詰められている。


 姉貴は人差し指を俺の胸元に突きつけた。


「立ち姿」


「はい」


「筋肉の仕上がり方」


「はい」


「ダンジョン機材への詳しさ」


「はい」


「ギルド関連の知識」


「はい」


「そして絶望的な陰キャオーラ」


「最後のは悪口だろ」


 姉貴は、名探偵みたいな顔でビシッと言った。


「お姉ちゃんの野生の勘が告げているわ」


 やめろ。


 昨日から育ち続けていた、その野生の勘。


 頼むから今すぐ枯れてくれ。


 姉貴は俺を逃がさないように、もう一歩だけ距離を詰めた。


 倉庫の鉄棚に背中が押しつけられる。


 逃げ場はない。


 右も棚。


 左も棚。


 正面には、なぜか姉弟関係においてだけ異常な追跡性能を発揮する女。


 詰みである。


「あんた――」


 姉貴は、俺の目をじっと見た。


 そして、確信めいた声で言った。


「あの身体がエロいヒーローでしょ」


「違う!」


 即答した。


 即答しすぎた。


 姉貴の目が、すっと細くなる。


「じゃあ、証明して」


「何を」


「あのヒーローさんの声、真似して」


 俺の心臓が、嫌な音を立てた。


 姉貴はスマホを取り出し、録音アプリを起動する。


 画面に、赤い録音ボタンが表示された。


 やめろ。


 それは押すな。


 俺にとって、エリアボスより危険な検査だった。


 姉貴は、にっこり笑う。


「大丈夫。ただの他人なら、同じ声にはならないでしょ?」


「理屈が雑すぎる」


「じゃあ、今から私が助けを呼ぶから」


「待て」


「昨日と同じ台詞を言ってみて」


 俺の背中を、嫌な汗が伝った。


 昨日と同じ台詞。


 つまり。


 あの、人生で二度と口にしたくない名乗り。


「玲司」


 姉貴の親指が、録音ボタンの上に置かれる。


「ちゃんと本気でやってね」


「本気で?」


「うん。本物みたいに」


 駄目だ。


 本気で言えば、声でバレる。


 だが、わざと下手に言えば、それはそれで怪しまれる。


 しかも。


 もし姉貴の助けを求める声が、変身条件として判定されたら。


 この狭い倉庫の中で。


 スタッフたちがすぐ近くにいる状態で。


 俺は、あの黒銀のスーツ姿になる。


 詰んだ。


 声を真似ても終わる。


 真似しなくても終わる。


 変身したら、もっと終わる。


 姉貴が録音ボタンを押した。


 赤い表示が点灯する。


「それじゃあ、いくわよ」


 逃げろ。


 今すぐ逃げろ。


 俺の危機察知能力が、全力で警報を鳴らしている。


 だが、背中には鉄棚。


 正面には姉貴。


 逃げ道はない。


 そして姉貴は、昨日と同じように両手を胸元で組み――。


「助けて、ヒーローさん!」


 俺の心臓が跳ねた。


 喉の奥が、勝手に熱を帯びる。


 まさか。


 待て。


 この流れは、本当にまずい。


 俺の口が、勝手に開きかける。


 次に出る言葉は決まっていた。


 俺の人生を破壊した、あの一言。


「――ヒーロー」


 そこまで口にした瞬間。


 俺は全力で、自分の口を塞いだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

一章終了まで毎日投稿します。

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次回もよろしくお願いします。

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