第7話:【本人監修】謎ヒーローとの接触方法と、赤城レオンの不穏な釈明
「君、かなり見込みがあるわ」
ステラライブの社長は、モニターの前でそう言った。
俺は会議室の扉の前で固まっている。
逃げようとした瞬間に、背後から投げられた言葉。
それは称賛ではない。
俺にとっては実質、拘束魔法だった。
「ないです」
俺は即答した。
「星宮の身内で、配信にも理解があり、探索者の動きにも詳しい」
「ネットで見ただけです」
「加えて、昨日の事故後のコメント欄の流れも把握している」
「ネットで見ました」
「さらに、星宮を心配している」
「してません」
姉貴が即座に言う。
「してます」
「してません」
「昨日、私の配信中に荒らしコメントが爆速で消えてたんだけど」
「優秀なモデレーターですね」
「玲司でしょ」
「違う」
「じゃあ、何で目をそらすの」
「目の運動だ」
「苦しい」
苦しい。
昨日はエリアボスと崩落。
今日は姉貴とVTuber事務所。
どちらが危険かと聞かれたら、今は迷わず後者と答える。
社長は楽しそうに笑った。
「決まりね」
嫌な予感がした。
今日だけで何度目の嫌な予感だろう。
俺の人生は嫌な予感でできているのかもしれない。
「黒瀬玲司くん。あなたには、星宮ハルカのダンジョン企画における短期安全補助スタッフとして入ってもらいます」
「お断りします」
「時給は出します」
「金の問題ではないです」
「交通費も出します」
「だから、金の問題では」
「お弁当も出ます」
「内容によります」
しまった。
姉貴が笑う。
「ちょっと揺らいだ」
「揺らいでない」
「お弁当に弱い無職仮」
「悪口混ざったぞ」
姉貴はにこにこしながら、俺の袖をつかんだ。
「よかったね、玲司。初出勤だよ」
「初じゃない。あと、俺はまだ了承してない」
「でも、社長が決めたよ」
「労働契約とは」
「お姉ちゃんの紹介だから安心」
「一番安心できない」
チーフマネージャーが真面目に言う。
「黒瀬くん、もちろん無理にとは言いません。ただ、昨日の件で星宮さんの次回企画には、現地の安全確認、コメント監視、緊急時の避難導線設計が必須になります」
やめろ。
その業務内容を並べるな。
全部できる。
俺に向いている。
いや、向いていない。
向いているが、向いていないことにしたい。
「それに、謎ヒーローが再び現れる可能性もあります」
俺は固まった。
チーフマネージャーは資料をめくる。
次のスライド。
謎ヒーロー再接触時の対応フロー案
やめろ。
「次に彼が現れた場合、接触、礼状の送付、可能であれば専属契約またはコラボ打診を行いたい」
本人を前にして、本人の捕獲計画を説明するな。
「そこで、黒瀬くんにも意見を聞きたい」
「俺に?」
「はい。若い男性視点で、どうすれば彼に逃げられず接触できると思いますか?」
本人に逃走対策を聞くな。
俺はしばらく黙った。
会議室中が俺の回答を待っている。
姉貴も待っている。
俺は深呼吸した。
「……まず、接触しようとしない方がいいと思います」
「なぜ?」
「たぶん本人、目立つの嫌いです」
姉貴が首を傾げる。
「でも、あんな名乗りしてたよ?」
「本人の意思とは限らない」
言ってから、しまったと思った。
姉貴の目が鋭くなる。
「玲司?」
「一般論だ」
「便利すぎるよ、一般論」
チーフマネージャーはメモを取る。
「本人の意思ではなく、能力発動時に演出が強制されている可能性……なるほど」
やめろ。
正解に近づくな。
「だとすると、彼は自分の見た目や演出を恥じている可能性がある」
もっと近づくな。
「接触時は、スーツ姿や名乗りをいじらず、まず救助への感謝と技術面への敬意を伝えるべきですね」
俺は思わず顔を上げた。
それは、少しだけ嬉しかった。
少しだけだ。
本当に少しだけ。
チーフマネージャーは続けた。
「ただし、SNS展開としてはヒーロー見参ニキの名乗り集が非常に伸びています」
嬉しさが即死した。
「やめませんか、その展開」
「どうして?」
「人として」
「本人ではない君がそこまで心配するのは、優しいですね」
本人なんです。
俺は心の中で泣いた。
姉貴が、じーっと俺を見ている。
「玲司」
「何だよ」
「あんた、ヒーローさんに妙に感情移入してない?」
「してない」
「さっきから、本人の尊厳を必死に守ってるけど」
「人権意識が高いだけだ」
「……ふーん」
姉貴はまだ俺を見ている。
嫌な視線だった。
ポンコツのくせに、こういう時だけ妙に勘が鋭い。
「ねえ、玲司」
「何だ」
「本当に、昨日のヒーローさんじゃないんだよね?」
会議室の空気が一瞬止まった。
社長とチーフマネージャーが「え?」という顔をする。
俺は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
ここで焦ったら終わる。
落ち着け。
俺はただの無職扱いされている短期スタッフ。
ヒーロー見参ニキなどではない。
「違う」
俺は言った。
「俺があんな格好するわけないだろ」
これは本音だった。
したくてしたわけではない。
姉貴は数秒、俺を見つめていた。
そして、にこっと笑った。
「だよね。玲司があんなにかっこよく助けに来られるわけないもんね」
「それはそれで腹立つな」
「だって玲司だし」
「だっての使い方が雑」
「あと、あんな台詞言える度胸ないでしょ」
「ない」
即答した。
そこだけは絶対にない。
姉貴は満足そうに頷いた。
疑いが晴れたのか、逆に深まったのかはわからない。
少なくとも、俺の精神は濁った。
会議はさらに続いた。
赤城レオンに関する資料が映し出される。
釈明配信、という言葉が引っかかった。
昨日の事故映像。
危険ルートへの誘導。
支柱破壊。
単独離脱。
つまり逃亡。
会議室の空気が少し重くなる。
チーフマネージャーが資料を読み上げる。
「赤城レオン側は、昨日の件について明日夜に釈明配信を行う予定です」
「釈明?」
姉貴が眉を寄せる。
「はい。先方の事務所からは、『一部切り抜きに事実と異なる拡散がある』との連絡がありました」
俺は思わず笑った。
低い笑いだった。
会議室の視線が集まる。
「……何か?」
チーフマネージャーが聞く。
俺は画面の赤城レオンを見た。
昨日の配信で、姉貴を置いて逃げた男。
あいつが責任を認めるとは思えない。
「あいつ、たぶん姉貴のせいにしますよ」
「玲司」
姉貴が小さく俺の名前を呼ぶ。
俺は腕を組んだ。
「自分は救助要請のために移動した。星宮ハルカが指示を聞かなかった。謎ヒーローが乱入したせいで現場が混乱した。そんなところでしょうね」
チーフマネージャーが目を見開く。
「なぜそこまで?」
「ネットで見た」
「まだ釈明前です」
「行間を読みました」
「行間で未来予知を?」
「便利なんです、行間」
姉貴が俺を見ている。
今度は、からかう顔ではなかった。
少しだけ、不安そうな顔。
昨日、本当に怖かったのだろう。
それでも今日、こうして笑っている。
強い人だと思う。
だからこそ。
赤城レオンなんかに責任を押しつけられるのは、許せなかった。
俺は立ち上がった。
「雑用に行ってきます」
姉貴が首を傾げる。
「今度は本当に?」
「本当に」
「逃げるんじゃなくて?」
「戦略的撤退だ」
「逃げてるじゃん」
俺は会議室の扉へ向かった。
その背中に、社長の声が飛ぶ。
「黒瀬くん」
「はい」
「明日から、よろしくね。星宮ハルカの短期安全補助スタッフとして」
「まだ了承してません」
「お弁当は唐揚げにします」
「……検討します」
「揺らいだ」
姉貴が笑う。
俺は何も言い返せなかった。
唐揚げは強い。
会議室を出た瞬間、俺は廊下の壁にもたれかかった。
廊下で一人、壁に背をつけて天井を見上げている。
それが俺だ。
Aランク探索者。
精神ゲージはゼロ。
いや、マイナス。
初出勤初日から、自分の黒歴史映像を社長とマネージャーと実の姉に大画面で分析されるとは思わなかった。
人生は予想を超えてくる。
だが、まだ終わりではなかった。
スマホが震えた。
探索者仲間、木村颯太からのメッセージ。
『お前、ステラライブにいるってマジ?』
続けて、もう一通。
『ヒーロー見参ニキ捜索会議に本人参加してるって聞いて笑いすぎて腹痛い』
俺はスマホを握りしめた。
「木村……」
味方のはずの探索者仲間が、一番的確に俺の精神を削ってくる。
さらに三通目。
『ちなみにギルドでも話題になってるぞ。黒銀ヒーロー、Aランク以上確定だって』
やめろ。
ギルドは仕事をしろ。
俺の正体に近づくな。
四通目。
『ところで、シャイニング・インパクトって技名、次から使うの?』
俺はスマホをポケットにねじ込んだ。
見なかったことにした。
会議室の中からは、姉貴の声が聞こえてくる。
「社長、玲司って意外と使えると思うんですよ。無職だけど」
「無職じゃない」
廊下からでも反射的にツッコんでしまった。
会議室の扉越しに、姉貴の笑い声が聞こえた。
初出勤。
ステラライブ事務所。
謎ヒーロー捜索会議。
本人参加。
そして次は、赤城レオンの釈明配信。
俺は深く息を吐いた。
どうやら俺の平穏な無職仮ライフは、昨日のヒーロー見参と一緒に、完全に粉砕されたらしい。
なお、粉砕したのは岩盤だけでよかった。
俺の尊厳まで粉砕する必要はなかったと思う。
その頃、会議室のモニターには、次の議題が映し出されていた。
議題二:謎ヒーローとの接触方法について
そして、資料の一枚目には、こう書かれていた。
案一:星宮ハルカから公開で感謝メッセージを出す
案二:ギルド経由で身元照会を依頼する
案三:再度ピンチを演出すれば現れる可能性がある
俺は扉の外で、思わず叫んだ。
「案三を出したやつ、今すぐクビにしろ!」
会議室が静まり返った。
姉貴の声がした。
「玲司、やっぱり聞いてるじゃない」
終わった。
初出勤一日目。
俺はまだ雇用契約書にサインすらしていないのに、すでに退職したかった。
俺はそのまま逃げるように廊下を歩き出した。
もう帰ろう。
今日は帰って寝よう。
そして明日から、普通の無職仮に戻る。
そう決意した、その時だった。
「……あれ?」
背後。
会議室の中から、姉貴の声が聞こえた。
俺の足が止まる。
「どうしました、星宮さん?」
「いや……」
少しの沈黙。
「昨日のヒーローさんってさ」
嫌な予感がした。
今日、何度目かわからない嫌な予感。
「立ってる時、いつも右足を少し後ろに引いてない?」
心臓が止まりかけた。
俺は自分の足元を見る。
右足が、半歩後ろにあった。
探索者として染みついた癖。
いつでも前に踏み込めるように。
いつでも攻撃を避けられるように。
何年もかけて身体に刻み込まれた、俺の立ち方。
「……」
俺は無言で右足を前に戻した。
そっと。
静かに。
誰にも見られていないことを祈りながら。
会議室の中で、姉貴が呟く。
「なんか……誰かに似てるんだよね」
俺は歩き出した。
早足で。
普通に。
あくまで普通に。
「気のせいかな?」
気のせいです。
絶対に気のせいです。
姉貴。
頼む。
お前の野生の勘は、スーパーの帰り道を探す時に使ってくれ。
俺は知らなかった。
この瞬間。
姉貴の中に生まれた小さな疑惑が。
翌日。
五十キロの鉄製コンテナによって、急速に成長することを。
初出勤一日目。
俺はまだ雇用契約書にサインすらしていない。
なのに早くも。
身バレまでのカウントダウンが、始まっていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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