表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 黒瀬りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/22

第21話:1章完結【お姉ちゃん面談】正体の割れた無職仮と、捕らわれのプリンセス爆誕

いつもお読みいただきありがとうございます!


今回で第一章完結です。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。


玲司たちの第一章ラスト、ぜひ最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです!

「私が玲司のこと、分からないとでも思った?」


 終わった。


 俺の探索者人生でも、ここまで完璧に退路を断たれたことはない。


 前方には姉貴。


 テーブルの上には、俺の探索者ライセンス。


 後方にはリビングの壁。


 右手側の窓までは、およそ四メートル。


 身体強化を使えば、一秒もかからず脱出できる。


 だが、実家の窓を突き破って姉から逃走するAランク探索者は、社会的には赤城レオンより下である。


 逃げられない。


 いや。


 逃げてはいけない。


 ここで逃げたら、一生言われる。


「どうしたの?」


 姉貴が首を傾げた。


「窓までの距離を測ってる顔してるけど」


「姉貴」


「なに?」


「人の思考を読むな」


「お姉ちゃんだから分かるよ」


「その万能理論を禁止しろ」


 姉貴は笑わなかった。


 テーブルの上に置かれた探索者ライセンスへ、もう一度視線を落とす。


 帰宅後。


 スマホの充電器を借りるため、俺の部屋へ入った姉貴は、机の横に落ちていたこのカードを拾った。


 俺が会議用の資料やノートパソコンを鞄へ詰め込んだ時、ポケットから滑り落ちたらしい。


 完璧な証拠隠滅を七年間続けてきた男が。


 最後の最後で、物理的に証拠を落とした。


 赤城レオンを笑えない。


 いや。


 あいつと一緒にするのはやめよう。


 俺はうっかり落としただけだ。


 あいつは姉貴を置いて逃げた。


 罪の重さが違う。


 たぶん。


 カードの表面には、俺が家族へ隠してきた事実が、簡潔かつ容赦なく記載されている。


 氏名、黒瀬玲司。


 探索者登録名、黒瀬レイ。


 探索者ランク、A。


 七年間守り続けた秘密が、黒いカード一枚に全部詰まっていた。


「玲司」


「ああ」


「ちゃんと話して」


 声は静かだった。


 怒鳴られるより怖い。


 泣かれるより困る。


「まず、どこから?」


「浅いところから」


「浅いところ?」


「無職じゃなかった件」


「そこからですか」


「そこからです」


 敬語になった。


 二十三歳の現役Aランク探索者が、姉の前で敬語になった。


 モンスター相手なら、まだ戦える。


 姉相手では、社会性が先に死ぬ。


 俺は観念して、椅子の背もたれに身体を預けた。


「高校に入る少し前、探索者適性が発現した」


「中学生の時?」


「卒業直前だ。協会の検査を受けて、春休みから訓練校に通った」


「そんなに前から……」


「最初は低ランクの採取依頼と、低層のモンスター駆除だけだった」


「それで、黒瀬レイ?」


「ああ」


「レイって、玲司の玲?」


「安直で悪かったな」


「悪いとは言ってないよ。ちょっと格好つけたんだなって」


「話を打ち切るぞ」


「ごめんなさい。続けてください、黒瀬レイさん」


「その呼び方を今すぐやめろ」


 姉貴の口元が、少しだけ緩んだ。


 さっきよりは、いつもの顔に近い。


 俺もわずかに息を吐く。


「大学へ行っていた間も、探索者の仕事は続けていた。卒業後は一般企業に就職せず、今も探索者一本でやってる」


「今も?」


「ああ。引退してない」


「じゃあ、あんたが深夜に出かけてたのも」


「緊急依頼」


「三日間帰ってこなかったのも」


「地方ダンジョンの攻略支援」


「全身泥だらけで帰ってきたのも」


「地底湖で大型種に投げ飛ばされた」


「筋トレで転んだって言ったよね?」


「筋トレ中に大型種へ投げ飛ばされた」


「大型種と一緒に筋トレしてたの?」


「当時の俺は、説明能力が未熟だった」


「今もだよ」


 否定できない。


 姉貴はライセンスを手に取った。


 表面を見て。


 裏面を見て。


 また表面を見る。


「Aランクって、かなり上なんだよね?」


「上ではある」


「どのくらい?」


「……日本全体でも、多くはない」


「すごいじゃん」


「そうでもない」


「玲司」


「なんだ」


「そういうところ、変わってないね」


「どういうところだ」


「褒められると、すぐ逃げるところ」


 俺は視線をそらした。


 逃げてはいない。


 戦術的位置変更である。


 赤城レオンとは違う。


 姉貴はしばらくカードを眺めたあと、静かに尋ねた。


「どうして、ずっと隠してたの?」


 来た。


 一番答えにくい質問だ。


 危険な仕事だから。


 心配させたくなかったから。


 姉貴が自分の夢へ集中できるように。


 理由はいくつもある。


 だが、どれも口にすると、言い訳のように聞こえる。


「最初は、すぐ辞めるつもりだった」


「そうなの?」


「適性があったから試しただけだ。少し稼いで、普通に大学へ行って、普通に就職するつもりだった」


「普通に就職しなかったね」


「ダンジョンの方が向いていた」


「会社は向いてなかったんだ」


「まだ入ってすらいない」


「でも向いてなさそう」


「それは否定しない」


 組織に所属すると、社会性が死ぬ。


 短期スタッフになった今、予想ではなく確信へ変わっている。


「それに、ランクが上がるほど危険な依頼も増えた。言ったら、心配するだろ」


「するよ」


「だから言わなかった」


「言わなくても心配するんだよ」


 姉貴の声が、少しだけ震えた。


 俺は顔を上げる。


「何の仕事をしているのか分からない。夜中に出かける。何日も帰ってこない。怪我をしても理由を言わない」


「……」


「それなのに、働いてるって言い張る」


「実際、働いてた」


「職場を言わない」


「ダンジョンは毎回違う」


「仕事内容も言わない」


「機密が多い」


「給料明細も見せない」


「個人事業主だ」


「全部、本当だったのが一番腹立つ!」


 姉貴がテーブルを叩いた。


 俺は肩を揺らした。


「嘘をついてたわけじゃない」


「本当のことを一割だけ言うのも、ほとんど嘘なの!」


「正論で殴るな」


「資料で人を殴った弟に言われたくない!」


「俺は殴ってない。安全に逃げ道を塞いだだけだ」


「同じでしょ!」


 良かった。


 怒鳴っている。


 いつもの姉貴だ。


 静かにされるより、こっちの方がまだいい。


 姉貴は肩で息をしながら、俺を睨んだ。


「私が心配するのが嫌だった?」


「嫌というか」


「心配されたくなかった?」


「……それもある」


「どうして?」


 俺は答えに詰まった。


 心配されるのが苦手だ。


 自分のせいで誰かが不安になるのも嫌いだ。


 だが、それだけではない。


「知られたら、普通にしていられなくなると思った」


「普通?」


「家に帰った時くらい、Aランク探索者じゃなくていたかった」


 姉貴が黙る。


「外では、判断を間違えれば誰かが死ぬ。救助依頼なら、間に合わなければ終わりだ。黒瀬レイとして見られてる間は、何をしても結果がついてくる」


 失敗すれば、人が傷つく。


 迷えば、救えない。


 強くなればなるほど、任されるものが重くなる。


「でも家では、プロテイン飲んでる無職でいられた」


「無職ではないよ」


「姉貴がそう呼んでただろ」


「ごめん」


「今謝るのか」


「だって、本当に働いてたし」


「そこだけ素直に謝られると傷つく」


 姉貴が少しだけ笑った。


 俺も、わずかに肩の力を抜いた。


「それと」


「まだあるの?」


「もう一つ、隠していた理由がある」


 言いたくない。


 だが、ここまで話して避けるのも不自然だ。


「固有能力だ」


「ヒーロー見参?」


「名前を軽々しく口にするな」


「能力名でしょ?」


「俺にとっては、精神を殺す呪文だ」


 姉貴が目を瞬かせる。


「詳しく教えて」


「嫌だ」


「話して」


「これ以上は人権に関わる」


「もう二回見てるよ」


「外から見るのと、本人が仕様を説明するのは別の苦痛だ」


「家族会議です」


「家族にも守秘義務はある」


「ありません」


「作れ」


 姉貴は無言で俺を見た。


 逃げられない。


 俺は深く息を吸った。


「固有能力『ヒーロー見参』は、救助を求める声と、一定以上の危機を感知すると発動する」


「うん」


「発動すると、身体能力、耐久力、瞬発力、救助対象の保護能力が大幅に上がる」


「すごく良い能力じゃない」


「効果だけならな」


「効果だけ?」


「発動と同時に、黒銀のスーツが生成される」


「生成?」


「あれは実物の服じゃない。能力が発動している間だけ出てくる。解除されれば消える」


「じゃあ、クローゼットに入ってるわけじゃないんだ」


「入っているわけがない。あんなものを自分で買って保管していたら、俺は俺を許せない」


「結構格好いいと思うけど」


「着る側の気持ちを考えろ」


「身体の線が綺麗に出てたよ」


「そこを評価するな」


 姉貴の視線が、俺の胸元へ落ちた。


 俺は反射的にパーカーのジッパーを顎まで引き上げる。


「今は普通の服だよ?」


「視線が危険だった」


「実の姉に言う台詞じゃないよ」


「実の弟の胸筋を観察するな」


「観察はしてないよ。確認しただけ」


「何をだ」


「ヒーローさんと同じくらい厚いなって」


「姉貴」


「はい」


「その話題を続けるなら、俺は窓から出る」


「法治国家でいて」


 さっき俺が言った台詞を返された。


 俺は額を押さえた。


「それだけじゃない。変身時には、ポーズと名乗りが強制される」


「やっぱり強制だったんだ」


「やっぱり?」


「だって、玲司が自分からあんなことするわけないし」


「あんなことと言うな。俺が一番分かっている」


「最初の『ヒーロー見参ッ!』も?」


「強制だ」


「手を胸の前に出してたのも?」


「強制だ」


「声が急に良くなるのも?」


「能力による音声補正だ」


「『助けを呼ぶ声があるなら』は?」


「強制台詞だ」


「お姫様抱っこは?」


「救助対象を最も安全に保持する動作が自動選択される」


「『達者でな、レディ』は?」


「半分だけ能力に負けた」


「半分?」


「最後までキャンセルしようとした。だが、『レディ』だけ出た」


 姉貴は口元を押さえた。


 肩が揺れている。


「笑うな」


「笑ってない」


「目が笑ってる」


「ごめん。だって、玲司が必死に抵抗した結果、レディだけ残ったんだと思ったら」


「思い出すな」


「喉を押さえてたのも?」


「強制名乗りを物理的に止めようとした」


「喉仏ミュート」


「その呼び方を家に持ち込むな!」


 姉貴はとうとう吹き出した。


 俺の七年間の苦悩が、実の姉の笑い声へ変換されている。


 最悪だった。


 しかし、不思議と嫌ではなかった。


 ネットで知らない人間に笑われるのとは違う。


 姉貴は俺の能力を気味悪がっていない。


 黒銀のスーツを見て、引いてもいない。


 強制名乗りを知っても、軽蔑していない。


 ただ、弟の黒歴史が増えたことを面白がっている。


 それはそれで腹が立つが。


 少しだけ、安心した。


「でも」


 姉貴が笑いを収めた。


「そんなに恥ずかしかったなら、探索者を辞めようとは思わなかったの?」


「何度も思った」


「辞めなかったんだ」


「ああ」


「どうして?」


 簡単な答えだった。


「助けられるからだ」


 姉貴の表情が止まる。


「能力は最悪だ。衣装も最悪。演出も最悪。俺の意思も尊厳も無視する」


「そこまで?」


「毎回、社会的な死を覚悟している」


「そこまでなんだ……」


「だが、救助能力だけは本物だ」


 救助対象を守る。


 崩落からかばう。


 怪我を抑える。


 声が届いた場所へ、最短で駆けつける。


「俺一人では間に合わない場所でも、あの能力なら間に合う」


 助けを求める声があるなら。


 そこへ行ける。


「だから、辞められなかった」


 姉貴は何も言わなかった。


 テーブルの上にあるライセンスを見つめている。


「それに」


 俺は続けた。


「本当は、探索者として表に出るのが嫌いなわけじゃない」


「え?」


「……今のは忘れろ」


「忘れないよ。玲司、配信に出たかったの?」


「過去形にするな」


「今も出たいんだ」


「少しだけだ」


 失敗した。


 完全に失敗した。


 姉貴の目が輝いている。


 配信者が企画の種を見つけた時の目だ。


「どれくらい?」


「少しだと言った」


「戦ってるところを見せたい?」


「場合によっては」


「褒められたい?」


「人間なら評価されたい気持ちくらいある」


「人気者になりたい?」


「そこまでは言ってない」


「格好いいって言われたい?」


「取り調べをやめろ」


 姉貴が身を乗り出してくる。


 俺はその分だけ椅子を引いた。


「もし固有能力が、もっと普通のものだったら」


 俺は仕方なく続けた。


「身体強化とか、剣術補正とか。勝手にポーズを取らされず、強制的に名乗らされず、身体のラインを一切隠す気のないスーツも出てこなかったなら」


「うん」


「探索者として配信に出ていたかもしれない」


「やっぱり出たかったんじゃん」


「かもしれないと言った」


「自分の戦いを見てもらいたかった?」


「……俺がどう戦って、どう救助しているのか。普通に見てもらえるなら、悪くないと思っていた」


 自分の実力を知ってほしい。


 助けた相手から、正面から礼を言われたい。


 黒瀬レイという探索者がいると知ってほしい。


 そんな気持ちは、昔から少しくらいあった。


「ただ、そのために支払う代償が『ヒーロー見参』なのが致命的なだけだ」


「ああ……」


「今、納得した顔をしたな」


「うん」


「迷わず否定しろ」


「ごめん。でも、玲司には大問題だよね」


「人類全体の問題だ」


「そこまではいかない」


「俺の中では人類が終わる」


 姉貴は小さく笑った。


 からかう笑いではなかった。


「そっか」


「なんだ」


「玲司も、本当は誰かに見てほしかったんだね」


「……少しだけだ」


「じゃあ、私と似てる」


「姉貴と?」


「私も最初は、誰かに見つけてほしくて配信を始めたから」


 星宮ハルカ。


 今では多くの視聴者を抱える企業VTuber。


 だが、最初から人気者だったわけではない。


 見ている人間が一桁の日もあった。


 コメントが一つもない配信もあった。


 それでも姉貴は、画面の向こうへ話しかけ続けた。


「玲司は、普通の能力だったら配信に出たかった」


「断定するな」


「私は、普通の自分のままじゃ誰にも見つけてもらえない気がして、星宮ハルカになった」


「……」


「反対みたいだけど、ちょっと似てるね」


 言われてみれば、そうなのかもしれない。


 姉貴は星宮ハルカという姿を得たことで、表へ出られた。


 俺は黒銀ヒーローという姿を得たせいで、表へ出られなくなった。


 同じ変身でも、結果が正反対すぎる。


「姉貴は衣装に恵まれたな」


「玲司の衣装も人気だよ?」


「その話をするな」


「身体のラインが」


「するなと言っただろ!」


 感動的な空気が三秒で死んだ。


 この姉に情緒を期待した俺が間違っていた。


 姉貴は少し笑ったあと、再び真面目な顔になる。


「じゃあ、黒銀のヒーローさんも玲司なんだね」


「……そこへ戻るのか」


「まだ、ちゃんと聞いてない」


「証拠はない」


「うん」


「バイザーで顔は見えていない」


「うん」


「声も違う」


「うん」


「スーツは残らない。物的証拠もない」


「うん」


「なら、別人の可能性もある」


「ないよ」


「なぜ言い切れる」


 姉貴はすぐには答えなかった。


 テーブルの上のライセンスへ視線を落とし、それから、ゆっくりと俺を見る。


「最初に助けてもらった時から、玲司じゃないかとは思ってた」


「なぜだ」


「あの時は、本当に怖かった」


 声が柔らかくなる。


 崩落。


 瓦礫。


 逃げた赤城レオン。


 姉貴の小さな救助要請。


 俺の能力が発動した瞬間を思い出す。


「何が起きてるか分からなくて、もうダメかもしれないって思った」


「……」


「でも、抱き上げられた時、玲司だって思った」


「抱え方で人間は判別できない」


「できるよ」


「できない」


「できるの」


 姉貴が強い。


「子どもの頃、私が怪我をした時も、玲司は同じ抱え方をしてくれた」


「覚えてない」


「夏祭りで足をくじいた時」


「……」


「最初は背負ってくれたけど、途中で私が寝たから、最後は抱えて帰ってくれたでしょ」


 記憶の奥に、少しだけ残っている。


 夏祭り。


 姉貴が足をくじいた。


 意地を張って歩こうとして、余計に痛めた。


 仕方なく背負った。


 途中から静かになったので確認すると、寝ていた。


 腹が立ったので置いて帰ろうかと思った。


 置かなかった。


「玲司は、人を抱える時、最初に一回だけ顔を見るの」


「状態確認だ」


「それから、頭が揺れないように右腕で支える」


「救助の基本だ」


「一般論は禁止」


 武器を封じられた。


「それでも、最初は信じ切れなかった」


 姉貴は続ける。


「玲司は無職だと思ってたし」


「まだ言うのか」


「家でプロテインを飲んでる弟が、急に光りながら現れるとは思わないよ」


「俺だって、光りながら現れたくはない」


「二回目も、最初は違うと思おうとした」


「なら違う」


「でも、名乗りを止めようとして喉を押さえた」


「世の中には喉を守る人間がいる」


「私が『玲司?』って呼んだら逃げた」


「人違いなら逃げる」


「ダイヤモンド・ゴーレムを殴り倒した人が?」


「繊細なんだろ」


「『達者でな、レディ』って言った」


「変な男だな」


「玲司が昔、真似してたゲームのキャラクターと同じ言い方だった」


「その黒歴史をこれ以上掘るな」


「ほら」


「何がだ」


「玲司しか知らない黒歴史で反応した」


「姉貴」


「はい」


「姉弟であっても、踏み込んではいけない領域がある」


「でも、玲司でしょ?」


 逃げ道が消えていく。


 一つずつ。


 理屈ではない。


 証拠でもない。


 ただ、姉貴が俺を見ている。


「最初に助けてもらった時から、そうじゃないかとは思ってた」


 姉貴は探索者ライセンスへ指を置いた。


「でも、信じ切るのが怖かった。玲司がそんな危ない仕事をしてるなんて、認めたくなかったのかもしれない」


「……」


「確信したのは、これを見つけてから」


 黒瀬レイ。


 Aランク探索者。


 黒銀ヒーローと同等の戦闘力を持ち。


 星宮ハルカのすぐ近くにいて。


 事故のたびに行方が分からなくなり。


 帰宅時には怪我をしている男。


「ライセンスを見たら、全部つながった」


「状況証拠だ」


「そうだね」


「確定ではない」


「うん」


「なら――」


「でも、最後は証拠なんて関係ないよ」


 姉貴は俺の目をまっすぐ見た。


「お姉ちゃんなんだから」


 その言葉に。


 俺は何も返せなかった。


 理屈ではない。


 探索者としての分析でもない。


 ただ、俺の姉だから分かった。


 俺が隠してきた七年間を。


 二度、自分を助けた人間を。


 俺がどんな顔で嘘をつくのかを。


 全部。


「……ああ」


 気づけば、声が出ていた。


 姉貴の目がわずかに見開かれる。


「俺だ」


 言ってしまった。


 一度口にすれば、もう戻せない。


「黒瀬レイも、あの黒銀ヒーローも、俺だ」


 姉貴は黙っている。


「最初の配信も、再検証配信も。姉貴が危険になったから、能力が発動した」


「……うん」


「隠すつもりだった」


「うん」


「一生、言うつもりはなかった」


「それは怒るよ」


「だろうな」


「すごく怒ってる」


「顔が少し笑ってるぞ」


「怒ってるけど」


 姉貴の目に、薄く涙が浮かんでいた。


「生きててよかった」


 その一言に。


 今度は、俺の方が動けなくなった。


「七年間、そんな危ないことをしてたんでしょ?」


「毎回危険だったわけじゃない」


「大型種に投げ飛ばされたんでしょ?」


「地底湖に落ちただけだ」


「三日帰ってこなかったこともあった」


「地方だったからだ」


「全身怪我してた日もあった」


「軽傷だ」


「玲司の軽傷は信用できない」


 正論だった。


 姉貴は顔を伏せる。


「知らないうちに、玲司が帰ってこなくなることもあったんだよね」


「……」


「何も知らないまま」


 俺は答えられなかった。


 心配させないために隠した。


 だが、それは俺が勝手に決めたことだ。


 心配する権利ごと、姉貴から奪っていた。


「悪かった」


 口から出た。


「本当に、悪かった」


 姉貴はしばらく黙っていた。


 やがて立ち上がる。


 俺の横まで歩いてくる。


 殴られるかもしれない。


 覚悟した。


 大型種の一撃よりは軽い。


 姉の一撃の方が、精神には重い。


 だが、姉貴は俺を殴らなかった。


 後ろから、俺の頭を抱え込んだ。


「……おい」


「何?」


「離れろ」


「嫌」


「二十三歳の弟にすることじゃない」


「二十三歳になるまで黙ってた弟が悪い」


 姉貴の腕が、俺の首に回っている。


 少し苦しい。


 だが、振りほどけなかった。


「二回も助けてくれて、ありがとう」


「……仕事だ」


「最初の時は、スタッフじゃなかったでしょ」


「探索者としての仕事だ」


「依頼されてないよね?」


「緊急救助は探索者の義務だ」


「弟として?」


「違う」


「お姉ちゃんが心配だったから?」


「違う」


「シスコン?」


「違う!」


 姉貴が笑った。


 耳元で笑うな。


 声が近い。


「じゃあ、どうしてあんなに怒ってたの?」


「誰でも怒る」


「赤城レオンさんが私を置いて逃げた時」


「探索者として当然だ」


「再検証配信で、私をかばった時」


「安全補助スタッフとして当然だ」


「私が怪我してないか、何度も確認してた時」


「一般的な――」


「一般論は禁止」


「……危機管理だ」


「シスコンの?」


「ただの危機管理だ」


「はいはい」


 絶対に信じていない。


 姉貴はようやく腕を離した。


 俺はパーカーの襟元を直す。


 別に動揺していない。


 少し首が苦しかっただけだ。


「でも、玲司」


「なんだ」


「助けに来てくれたのが玲司で、よかった」


 姉貴は、少し照れたように笑った。


「世界で一番、安心できる人だったから」


「……そうか」


 反応に困る。


 責められる方が簡単だった。


 褒められるのも苦手だ。


 姉貴から素直に感謝されるのは、もっと苦手だった。


 胸の奥が落ち着かない。


「それに、玲司がAランク探索者だったことも、すごいと思う」


「大したことじゃない」


「大したことだよ」


「上には上がいる」


「また逃げてる」


「逃げてない」


「戦術的位置変更?」


「そうだ」


「レオンさんと同じこと言ってるよ」


「撤回する」


 即座に撤回した。


 あいつと同じなのは絶対に嫌だ。


 姉貴は少しだけ笑い、それから、まっすぐ俺を見る。


「お姉ちゃん、玲司のこと誇りに思うよ」


 不意打ちだった。


 俺は完全に黙った。


 やめろ。


 その顔をするな。


 俺はこういう時、どういう顔をすればいいか分からない。


「……おう」


 結局、それしか言えなかった。


 姉貴は満足したように頷く。


「じゃあ、家族会議の次の議題です」


「待て」


「なに?」


「今、綺麗に終われただろ」


「まだ終わってないよ」


「終われ」


「秘密の扱いについて」


 それは重要だった。


 俺は背筋を伸ばす。


「世間には絶対に言うな」


「うん」


「配信でも言うな」


「うん」


「事務所にも、勝手に言うな」


「分かった」


「必要になったら、必ず俺と相談しろ」


「うん」


「黒銀ヒーローとの関係を聞かれても、正体は知らないで通せ」


「でも、今は知ってるよ?」


「記憶を封印しろ」


「無茶言わないで」


 姉貴は笑いながらも、最後にはしっかり頷いた。


「分かった。玲司がいいって言うまで、誰にも言わない」


「絶対だぞ」


「お姉ちゃんを信用してよ」


「俺の部屋に無断で入った人間を?」


「充電器を借りようとしただけだよ」


「結果として、国家資格級の秘密を発見してる」


「机の横に落としてた玲司が悪い」


「それはそうだが」


 反論できない。


 自分で落とした。


 完全な自爆である。


「ただし」


 姉貴が人差し指を立てた。


「私からも条件があります」


「嫌な予感しかしない」


「怪我をしたら、ちゃんと言うこと」


「程度による」


「言うこと」


「軽傷なら」


「言うこと」


「かすり傷まで報告していたら――」


「言うこと」


 強い。


 圧が強い。


「分かった」


「危険な依頼へ行く時も連絡すること」


「機密がある」


「詳しい場所までは聞かない。でも、何日くらい帰らないかは言って」


「……分かった」


「帰ってきたら、帰ったって連絡すること」


「同居してるだろ」


「私が仕事で家にいない時もあるから」


「分かった」


「無茶しないこと」


「それは約束できない」


「どうして?」


「無茶をしなければ、助けられない時もある」


 姉貴の顔が曇る。


 そこだけは、嘘をつけない。


「だが、死ぬつもりはない」


「本当に?」


「ああ」


「絶対?」


「できる限りだ」


「絶対って言って」


「探索者が絶対を口にすると死亡フラグになる」


「変なところだけ慎重」


「危機管理だ」


 姉貴は納得していない顔だった。


 だが、それ以上は言わなかった。


 俺も約束できる範囲では、守るつもりだ。


 これまでよりは。


 たぶん。


 家族会議が、ようやく終わりに近づいていた。


 俺の正体はバレた。


 七年間の秘密も怒られた。


 能力の恥ずかしい仕様も説明した。


 本当は普通の能力なら配信に出てみたかったという、墓まで持っていく予定だった本音まで吐かされた。


 失ったものは多い。


 主に尊厳。


 だが、不思議と肩は軽かった。


 ずっと隠していたものを、ようやく一つ下ろせたからかもしれない。


「じゃあ、今日はもう寝るか」


 俺は椅子から立ち上がった。


「待って」


「まだあるのか」


「今、変な通知が来た」


「誰からだ」


「探索者協会の公式アプリ」


「姉貴は探索者じゃないだろ」


「ダンジョン配信の許可を取った時に、一般活動者登録したの」


 姉貴はスマホの画面を確認した。


 次の瞬間。


 目を丸くする。


「玲司」


「なんだ」


「私、転職したみたい」


「は?」


「特殊職業が追加されました、だって」


 猛烈に嫌な予感がした。


 探索者システムは、時々とんでもなく余計なことをする。


 俺の固有能力が、その代表例だ。


「見せろ」


 俺は姉貴からスマホを受け取った。


 画面には、星宮ハルカの簡易ステータスが表示されている。


 登録名。


 星宮ハルカ。


 主職業。


 企業VTuber。


 サブ職業。


 配信者。


 そして、新たに追加された項目。


 特殊職業。


『捕らわれのプリンセス(ヒーロー見ぃつけた♡)』


 俺はスマホを伏せた。


 姉貴のスマホなのに伏せた。


「何するの」


「見なかったことにした」


「現実逃避しないで」


「現実の方が逃げろ」


 もう一度画面を見る。


 変わっていない。


 後ろのハートマークまで、元気に輝いている。


「なんだ、この職業は」


「プリンセスだって」


「そこではない」


「捕らわれの?」


「もっと後ろだ!」


「ヒーロー見ぃつけた♡?」


「読むなァァァァァァァァ!」


 実家のリビングに、俺の絶叫が響き渡った。


 事件は終わった。


 赤城レオンは活動休止。


 ライジング・プロモーションは調査対象。


 ステラライブの名誉も回復した。


 姉貴は無事。


 俺の正体も、世間にはまだ隠せている。


 ただし。


 一波乱が終わった、その瞬間。


 姉貴と俺を巻き込む、新たな地獄が始まったらしい。


 名前からして、すでに最悪だった。


(第一章・完)


第一章、完結です!


ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!


初めての連載作品にもかかわらず、多くの方に読んでいただき、コメントやレビュー、★評価までいただけて、毎日更新の大きな励みになっています。


「毎日22時が楽しみです」

「次話が待ち遠しいです」


といったお言葉もたくさんいただき、本当に嬉しく思っています。


そして、物語はまだまだ続きます!


第二章は明日から毎日22時更新予定です!


玲司の受難(?)も、姉弟コメディも、ヒーロー見参も、さらにパワーアップしていきますので、ぜひ引き続きお付き合いください!


改めまして、第一章を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 じんわりと来て……久しぶりに『マーク』全押しの濃いはなしだった……続きが楽しみです。  他サイトと、同時進行のupになると嬉しいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ