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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 黒瀬りつ


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20/22

第20話:【会見粉砕】証拠で殴る無職仮、帰宅後に姉から逃げ道を塞がれる

 ライジング・プロモーションが緊急記者会見を開いた、その日の午後。


 ステラライブもまた、公式チャンネルで電撃的に配信を開始した。


 画面に映っているのは、ステラライブの社長とチーフマネージャー。


 そして、事前に用意された検証資料の山だった。


 俺、黒瀬玲司が、徹夜と高級コーヒーと社会性の死を代償に作り上げた資料である。


『我が社が本日提示する資料はすべて、探索者協会の公式ログ、および現場で記録された魔力反応に基づいています』


 チーフマネージャーは、いつになく毅然とした声で言った。


 昨日まで、


「僕が黒瀬くんを救ったことに? ぜひハルカさんにも僕の頼もしさを伝えておいてください!」


 と、妙に嬉しそうに口裏合わせへ参加していた人とは思えない。


 社会人は切り替えが大事だ。


 俺は配信画面に映らない場所で、ノートパソコンを操作していた。


 肩書きは、短期安全補助スタッフ。


 仕事内容は、資料の切り替え、映像の再生、データの補足。


 そして。


 ライジング・プロモーションの逃げ道を、一つずつ埋めることである。


 短期スタッフの仕事ではない。


 だが、姉貴を巻き込んだ連中に遠慮する理由もなかった。


 配信画面が切り替わる。


 表示されたのは、初回配信事故から再検証配信までのタイムライン。


 赤城レオンが、星宮ハルカを予定ルートから外れた旧通路へ誘導した時刻。


 クリスタル・クラブ出現直前に発生した、不自然な魔力濃度の上昇。


 赤城レオンが大剣で支柱を破壊した瞬間。


 崩落へ巻き込まれたハルカを置き去りにし、自分だけが〈速度上昇〉で離脱した映像。


 そして、三日前に行われた再検証配信。


 ダイヤモンド・ゴーレムが出現した座標。


 体内から検出された人工魔力誘導核の波形。


 製造シグナル。


 製造番号。


 購入履歴。


 出荷先。


 ライジング・プロモーション、企画開発部。


 赤城レオン担当マネジメントチーム。


 逃げ道は、ほとんどなかった。


『こちらが、ダイヤモンド・ゴーレムの体内から回収された人工魔力誘導核です』


 チーフマネージャーの説明と同時に、解析画像が表示される。


 人工魔力誘導核は、再検証配信の終了後、探索者協会へ正式に提出した。


 もちろん。


 提出者は、黒銀ヒーローではない。


 現場確認中の俺が、ゴーレムの崩壊跡から発見したことになっている。


 嘘ではない。


 回収した場所が、胸部結晶の奥だっただけだ。


 素手で引き抜いた部分は、説明から安全に削除した。


『人工魔力誘導核は、本来、研究施設や訓練場などで厳重に管理される機材です。指定した座標へモンスターを誘導する性質があり、一般の配信現場へ持ち込むことは認められていません』


 俺は次の資料を表示した。


 人工魔力誘導核の製造番号と購入記録を重ねた比較表。


 一致率、百パーセント。


 偶然で逃げるには、数字が正直すぎた。


『現場で回収された誘導核と、ライジング・プロモーションが購入した機材は、製造番号および魔力波形が一致しています』


 コメント欄が、一瞬だけ止まった。


 本当に。


 一瞬だけだった。


 次の瞬間。


 爆発した。


:は?????


:ガチの証拠出てきた


:製造番号一致は逃げられないだろ


:ライジング真っ黒じゃねえか


:ハルカちゃん完全に被害者じゃん


:これマッチポンプ企画だったってこと?


:レオンが格好よく助ける予定だったのか?


:なお本人は時速百キロで逃げた模様


:企画に本人の実力が追いついてなくて草


:笑えねえよ


:見参未遂ニキいなかったら死人出てたぞ


:安全第一(物理)が本当に安全を守ってた件


 姉貴の名誉回復より先に、俺の不名誉な呼称が回復している。


 そこは今、掘らなくていい。


 安全第一(物理)を社会的標語にするな。


 俺は奥歯を噛み締めながら、次の資料へ切り替えた。


 同じ時刻。


 別画面で開いていたライジング・プロモーションの会見は、すでに地獄になっていた。


 会見開始直後の赤城レオンは、整えた髪と白い歯で、なんとか爽やかな顔を作っていた。


『ステラライブ側の安全管理にも問題があったと考えています』


『自分は現場で最善を尽くしました』


『黒銀の人物が突然乱入したことで、現場の混乱が拡大した部分もあります』


 そんな言葉を、用意された紙を見ながら並べていた。


 黒銀の人物が、混乱を拡大した。


 なるほど。


 姉貴を瓦礫から救出した。


 逃げ遅れたスタッフを退避させた。


 崩落範囲を最小限に抑えた。


 ダイヤモンド・ゴーレムを倒した。


 確かに。


 赤城レオンが格好よく活躍する予定は、大幅に乱れた。


 それ以外は、だいたい守った。


「混乱したのは、お前の企画だろ」


 俺が小さく呟くと、隣にいた広報担当が真顔でうなずいた。


「資料には入れられませんけど、私もそう思います」


「入れなくていいです」


「脚注に小さく」


「入れなくていいです」


 企業の公式資料に私怨を混ぜるな。


 俺も混ぜたいのを我慢している。


 ステラライブ側が証拠を提示するたびに、ライジング側の記者会見へ質問が殺到していく。


『人工魔力誘導核の購入履歴について、どう説明されますか?』


『赤城さんの担当チームが購入した機材と、現場で検出された魔力波形が一致しています』


『初回配信で、予定外の旧通路へ星宮ハルカさんを誘導した理由は?』


『なぜ赤城さんは、星宮ハルカさんを置き去りにして一人で離脱したのでしょうか』


『黒銀の人物が現れなかった場合、死傷者が出ていた可能性について、どのようにお考えですか?』


 赤城レオンの顔から、爽やかさが消えた。


 白い歯も消えた。


 口を閉じたからだ。


 歯の白さだけでは、証拠の黒さは隠せないらしい。


『その件については、現在確認中で……』


『現場の判断として……』


『私自身は、機材の購入には関与しておらず……』


 確認中。


 現場の判断。


 関与していない。


 使えば使うほど、記者の目が鋭くなる魔法の言葉である。


 赤城レオンは、事務所のスタッフへ助けを求めるように視線を送った。


 スタッフは目をそらした。


 戦術的撤退だった。


 今度はスタッフが。


 ライジング側の会見映像を見ていたチーフマネージャーが、わずかに眉を動かす。


 だが、説明は止めなかった。


『初回配信で出現したクリスタル・クラブについても、出現直前に同系統の誘導波形が記録されています』


 俺は次のグラフを出す。


 初回配信と再検証配信。


 二つの魔力波形を重ねたものだ。


 完全一致ではない。


 だが、同一規格の誘導核を使用した可能性は極めて高い。


『現時点では、初回配信時に使用された機材そのものは回収されていません。しかし、自然発生とは考えにくい魔力変動が確認されています』


 社長がカメラをまっすぐ見た。


『弊社は、星宮ハルカを危険な状況に置き、赤城レオン氏が救助することで配信を盛り上げる企画が存在した可能性を重く受け止めています』


 コメント欄が、再び加速した。


:マッチポンプ確定演出


:助ける予定だったのに本番で逃げたのか


:企画担当「レオンが助ける予定でした」


:レオン「無理なので帰ります」


:ハルカちゃん置いて帰るな


:戦術的撤退じゃなくて企画放棄だろ


:しかも二回目も仕掛けたの?


:口封じか証拠隠滅狙った?


:笑えないレベルになってきた


:警察案件では?


 笑えない。


 本当に笑えない。


 姉貴が巻き込まれたのは、偶然ではなかった。


 最初から、誰かが危険を用意していた。


 赤城レオンが姉貴を華麗に助ける。


 視聴者が沸く。


 切り抜きが回る。


 ライジング所属の人気探索者が、他社の女性VTuberを救った美談が完成する。


 そのために。


 姉貴は、危険へ近づけられた。


 だが、用意したモンスターが想定以上に強かった。


 赤城レオンは助けるどころか、自分だけ逃げた。


 結果として俺が乱入し、企画は崩壊。


 さらに再検証配信へ人工魔力誘導核を持ち込み、もう一度事故を起こした。


 姉貴を黙らせるためか。


 ステラライブの安全管理へ責任を押しつけるためか。


 そこまでは、まだ断定できない。


 だからこそ。


 俺は資料から推測を削った。


 感情も削った。


 残したのは、公式ログと記録と数字だけ。


 数字は怒鳴らない。


 煽らない。


 だが。


 逃げ道を塞ぐには十分だった。


『本件に関しては、すでに探索者協会へ全資料を提出しています。また、必要に応じて捜査機関への情報提供にも全面的に協力します』


 社長の言葉が響く。


『弊社所属タレント、星宮ハルカに、安全管理上の責任はありません』


 その一言で。


 俺の肩から、少しだけ力が抜けた。


 姉貴は悪くない。


 ようやく。


 それが公の場ではっきり示された。


:ハルカちゃん悪くなかった!


:当たり前だろ!


:ハルカちゃん叩いてたやつ謝れ


:ステラライブ、よくここまで調べたな


:マジで資料が強い


:証拠で殴るタイプの配信


:安全第一(資料)


:物理の次は資料で殴り始めた


 俺は殴っていない。


 資料を並べただけだ。


 並べた資料が、逃げようとした相手の四方八方へ同時に倒れただけである。


 事故だ。


 安全に配慮された事故だ。


 これで。


 会社として伝えるべきことは、ほとんど伝えた。


 姉貴の名誉は回復した。


 証拠も提示した。


 今後の対応も説明した。


 あとは配信を終了するだけだ。


 俺は次の画面へ切り替えるため、マウスへ手を添えた。


 だが。


 画面の隅に表示されている進行表には、見覚えのない項目が一つ残っていた。


『所属タレント本人からのご挨拶』


「……何だ、これ」


 小声で呟く。


 俺が作った進行表にはなかった。


 反射的にチーフマネージャーを見る。


 チーフは、カメラに映らない角度で。


 申し訳なさそうに両手を合わせた。


 おい。


 聞いていない。


 今日は社長とチーフだけではなかったのか。


 その時。


 配信画面が、ゆっくりと黒へ切り替わる。


 数秒間の静寂。


 そして、夜空を思わせる深い紺色の背景へ、小さな星々が一つ、また一つと灯り始めた。


 その中央へ現れたのは――


 星宮ハルカだった。


 もちろん、黒瀬遥香本人ではない。


 いつもの星宮ハルカのアバターだ。


 ただし。


 今日の衣装は、普段のアイドル衣装ではなかった。


 黒を基調とした、細身のフォーマルスーツ。


 胸元には銀色の星章。


 袖口には細い銀のライン。


 装飾は最低限。


 華やかさよりも、誠実さを優先したデザインだった。


 ……いや。


 黒。


 銀。


 どこかで見た配色だ。


 俺は無言でチーフマネージャーを見る。


 チーフは。


 静かに視線をそらした。


 おい。


 確信犯か。


 コメント欄も、すぐに気付いたらしい。


>:衣装変わった!


>:黒スーツだ!


>:公式衣装?


>:めっちゃ似合う


>:いつものハルカちゃんと雰囲気違う


>:黒銀ヒーロー意識してたりする?


>:お礼用の特別衣装?


 やめろ。


 そこを掘るな。


 俺の精神をショベルカーで掘削するな。


『星宮ハルカを応援してくださっている皆さん』


 アバターが、ゆっくりと頭を下げる。


『ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした』


>:謝らなくていいよ!


>:悪いのハルカちゃんじゃない!


>:無事でいてくれてよかった!


>:生きててくれてありがとう!


 画面に映っているのはアバター。


 だが、その一つ一つの動きは、隣の配信ブースにいる姉貴本人のものだ。


 ガラス越しに見える姉貴は、膝の上で両手をぎゅっと握り締めている。


 緊張している。


 それでも、声だけは震えないよう必死に抑えていた。


 家ではポテチの袋を開けられないだけで俺を呼ぶくせに。


 こういう時だけは、一人で立とうとする。


 そこが姉貴の長所で。


 俺が放っておけない理由でもあった。


『私自身、最初の事故のあと、もっとしっかりしていればって何度も考えました』


 アバターの表情が少しだけ曇る。


『でも、スタッフさんや探索者協会の皆さんが調べてくださって、私だけでは分からなかったことを、たくさん教えていただきました』


 姉貴は一度息を吸う。


『ステラライブの皆さん。探索者協会の皆さん。そして、配信を見守ってくださった皆さん。本当にありがとうございました』


 深く頭を下げる。


 アバターも、同じように頭を下げた。


 黒いスーツの胸元で、銀色の星章が静かに光る。


 コメント欄は、星とハートの絵文字で埋め尽くされた。


 よし。


 これで終わりだ。


 姉貴の名誉は回復した。


 謝意も伝えた。


 ここで綺麗に締めよう。


 俺は進行表へ目を落とした。


 終了演出。


 エンディング。


 配信終了。


 完璧だ。


 ……だった。


『それから』


 来た。


 最悪の接続詞が来た。


 俺の危機察知能力が、ダンジョン内と同じ勢いで警報を鳴らす。


『二度も私たちを助けてくださった、黒銀のヒーローさんにも、この場を借りてお礼を言わせてください』


 借りるな。


 その場を今すぐ返却しろ。


 コメント欄が、別の意味で爆発した。


>:見参未遂ニキ!


>:安全第一(物理)!


>:達者でなレディ!


>:喉仏ミュートさん!


>:異名が増えすぎだろw


>:今日も見てるー?


>:黒スーツってやっぱりヒーローカラー?


>:公式が匂わせてきたwww


 匂わせていない。


 ……たぶん。


 いや。


 まさか本当に、そのための衣装じゃないだろうな。


 俺は再びチーフマネージャーを見る。


 チーフは。


 今度は完全に目をそらした。


 認めたな。


 この人、完全に遊んでいる。


『一度目も、二度目も』


 姉貴の声が少しだけ柔らかくなる。


『すごく怖い時に、助けに来てくださいました』


 アバターの星色の瞳が、優しく細められる。


『お名前も』


『どういう方なのかも』


『私は、まだ知りません』


 俺は無言で画面を見つめる。


『でも』


 やめろ。


『いつか、もう一度お会いできたら』


 やめろって。


『今度はちゃんと顔を見て』


『ありがとうって伝えたいです』


「会わない」


 思わず声が漏れた。


 隣の広報担当が振り返る。


「何がですか?」


「一般論です」


「何についての?」


「再会の危険性について」


「特殊な一般論ですね」


 放っておいてほしい。


 姉貴と黒銀ヒーローが再会したら。


 俺の社会性が死ぬ。


 家では毎日会っている。


 だが、それは黒瀬玲司としてだ。


 黒銀ヒーローではない。


 二人は別人。


 別人であってほしい。


 主に俺の精神衛生のために。


『これからも星宮ハルカとして、皆さんに笑っていただける配信を続けていきます』


 姉貴が笑う。


 黒いスーツ姿には少し不釣り合いなくらい、いつもの明るい笑顔だった。


 その瞬間。


 コメント欄も、暗い空気から一気にいつもの雰囲気へ戻っていく。


>:これからも応援する!


>:また配信楽しみにしてる!


>:ハルカちゃん頑張れ!


>:黒スーツ衣装も常設して!


>:限定なのもったいない!


>:今日の衣装好きすぎる


 限定でいい。


 むしろ封印してくれ。


 俺の寿命が縮む。


『今後とも、よろしくお願いします!』


 姉貴が大きく頭を下げる。


 画面いっぱいへ、星のエフェクトが静かに広がった。


 重すぎず。


 軽すぎず。


 最後だけは、いつもの星宮ハルカらしい演出だった。


 配信終了。


 同時接続者数。


 過去最高。


 高評価率も過去最高。


 トレンド上位には、


『星宮ハルカ』


『ライジング・プロモーション』


『人工魔力誘導核』


『安全第一(物理)』


『見参未遂ニキ』


 が並んでいた。


 なぜ俺が二枠もいる。


 一人一枠にしろ。


 そもそも入れるな。


 配信終了から数十秒後。


 ガラス越しに見えた姉貴が、ヘッドセットを外して大きく息を吐く。


 配信が終わると同時に、会議室の空気も一気に緩んだ。


 張り詰めていた緊張が切れたのか、誰からともなく安堵の息が漏れる。


「終わった……」


「同接、過去最高です!」


「高評価率もすごい数字です!」


「コメントの流れも完全に変わりました!」


 スタッフたちが次々とモニターを確認していく。


 その表情は、配信開始前とはまるで違っていた。


 疑惑を晴らすための配信。


 その目的は、十分すぎるほど果たせた。


「黒瀬くん」


 社長が、俺の肩をぽんと叩いた。


「正式にうちへ来ない?」


「短期スタッフです」


「そこを長期に」


「短期です」


「正社員でもいいわよ」


「探索者より勧誘が強い」


「だって黒瀬くん、資料作成、安全管理、現場対応、タレントの護衛まで全部できるじゃない」


「護衛は業務外です」


「身体は?」


「もっと業務外です」


 社長の視線が、俺の胸元で止まる。


「そのスタッフジャンパー、やっぱり特注にしましょうか」


「話をそらさないでください」


「そらしたんじゃなくて、布の耐久性を心配したの」


「俺の胸筋を災害扱いするな」


「安全管理担当としては重要なのよ?」


「ジャンパーの安全を管理しないでください」


「布の悲鳴が聞こえそうだったもの」


「聞こえません」


「でも、あの黒銀ヒーローさんのスーツより布面積は多いわね」


「比較対象がおかしいです」


「どっちも筋肉が大変そうだったけど」


「だから比較しないでください」


 危ない。


 これ以上この話を続けると、俺の心拍数が探索者協会基準を超える。


 チーフマネージャーが、疲れ切った顔で椅子へ沈み込んだ。


「でも、本当に助かりました」


「黒瀬くんがいなかったら、今日の会見には間に合いませんでした」


「公式ログを並べただけです」


「人工魔力誘導核の製造番号まで二十分で照合する人を、並べただけとは言わないんですよ」


「向き不向きの問題です」


「向きすぎて怖いんです」


 褒められている気がしない。


 その時。


 会議室の扉が開いた。


「お疲れさまでした!」


 姉貴だった。


 ついさっきまで配信ブースで緊張していたとは思えないほど、いつもの笑顔へ戻っている。


 黒スーツ姿のアバターとは違い、本人は普段着のままだ。


 ヘッドセットを外したばかりなのか、少し乱れた髪を耳へ掛けながら、こちらへ歩いてくる。


「ハルカさん、お疲れさまでした」


「ありがとうございます!」


 スタッフたちから拍手が起こる。


 姉貴は少し照れくさそうに笑って、頭を下げた。


 そして。


 真っすぐ俺のところまで歩いてくる。


 嫌な予感しかしない。


「玲司!」


「何だ」


「資料、すごかったね!」


「短期スタッフとして普通の仕事をしただけだ」


「普通の短期スタッフは、大手事務所を証拠で圧殺しないと思う」


「圧殺してない」


「じゃあ、何したの?」


「安全に配慮して逃げ道を封鎖した」


「圧殺じゃん」


 違う。


 おそらく違う。


 法的には違っていてほしい。


 社長が吹き出した。


 チーフマネージャーは、肩を震わせて笑いをこらえている。


 笑うところではない。


 企業コンプライアンスの話だ。


 姉貴は俺の隣まで来ると、少しだけ声を落とした。


「……ありがとね」


「何がだ」


「私のために、ここまでしてくれたんでしょ?」


「会社の業務だ」


「一時間前まで短期スタッフを強調してた人が?」


「短期でも業務は業務だ」


「そっか」


 姉貴は、それ以上追及しなかった。


 ただ。


 俺の顔をじっと見つめる。


 妙に長い。


「何だ」


「別に」


「言いたいことがあるなら言え」


「帰ったら言う」


 嫌な言葉だった。


 帰ったら言う。


 子どもの頃。


 学校から帰って、姉貴のプリンを勝手に食べた時も。


 大学時代。


 実家の壁を筋力測定中に壊した時も。


 同じことを言われた。


 なお。


 壁は筋力測定に耐えられなかった。


 俺は悪くない。


「事務所で言え」


「家族の話だから、家でね」


「今すぐ言え」


「まだ仕事が残ってるでしょ?」


 姉貴の言うとおりだった。


 配信は終わっても、対応は終わっていない。


 俺たちはその後も、問い合わせへの回答や、追加資料の整理に追われた。


 数十分後。


 ライジング・プロモーションは、記者会見の一時中断を発表した。


 中断理由は、事実確認のため。


 翻訳すると。


 これ以上しゃべると、状況が悪化するためである。


 さらに数時間後。


 ライジング・プロモーション公式サイトへ謝罪文が掲載された。


 赤城レオンは、無期限活動休止。


 探索者ライセンスは、協会預かりによる一時停止措置。


 担当マネジメントチームは、社内外の調査対象。


 ライジング・プロモーションは、探索者協会および警察の事情聴取へ全面的に協力すると発表した。


 ネットは、当然燃えた。


>:レオン活動休止きた


>:遅いくらい


>:これで活動休止だけ?


>:調査結果次第では契約解除だろうな


>:ハルカちゃん叩いてたやつ息してる?


>:ステラライブの検証資料ガチすぎる


>:チーフマネージャー有能


>:あの資料、誰が作ったんだ?


>:説明欄に安全補助スタッフ黒瀬って書いてある


>:黒瀬スタッフって誰?


>:歩くフォークリフトの人?


>:黒いスタッフジャンパーが悲鳴上げてた人か


>:職業・筋肉


>:無職仮スタッフ、資料まで作れるの?


>:職業・筋肉から職業・有能へ転職した?


 やめろ。


 そこは掘るな。


 赤城レオンを掘れ。


 ライジング・プロモーションを掘れ。


 短期スタッフの職業欄を勝手に増やすな。


 俺はスマホをそっと伏せた。


 姉貴の名誉は回復した。


 赤城レオンは沈んだ。


 ライジング側のマッチポンプ疑惑も表に出た。


 俺が望んでいた結果は、ほぼ全部そろっている。


 すべての作業が終わった頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。


「黒瀬くん、本当に今日はありがとう」


 社長が頭を下げる。


「いえ」


「正式採用の件は、また改めて話しましょう」


「改めなくていいです」


「前向きに検討しておいて」


「後ろ向きに検討しておきます」


 俺は荷物をまとめ、会議室を出た。


 廊下では、すでに帰り支度を終えた姉貴が待っている。


「帰ろっか」


「ああ」


 並んでエレベーターへ向かう。


「それで」


 俺は姉貴を見る。


「さっき言いかけていた話は何だ」


「家に着いてから」


「今言え」


「家族の話だから、家でね」


「ここには俺と姉貴しかいない」


「会社の廊下です」


「エレベーターの中ならいいだろ」


「防犯カメラがあります」


「駐車場」


「運転に集中してください」


 逃げ道を一つずつ塞がれていく。


 つい数時間前。


 俺がライジング・プロモーションへしたことと、まったく同じだった。


 姉貴は笑っている。


 だが。


 目だけが笑っていない。


 まずい。


 ライジング・プロモーションの記者会見より、嫌な予感がする。


 俺の危機察知能力が。


 今日一番大きな警報を鳴らしていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第1章終了までは毎日投稿予定です。


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次回もよろしくお願いします。

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