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姉に無職だと思われているAランク探索者の俺、企業VTuberの初ダンジョン配信を“ヒーロー見参”で救ったら謎ヒーローとしてバズった  作者: 黒瀬りつ


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12/15

第12話:【死角の達人】配信ドローンから逃げる短期スタッフと、安全確認配信なのに漂う嫌な予感

 翌日。


 俺が選んだ百パーセント安全なルートで。


 絶対に出るはずのないモンスターが、出た。


 ――という結末を迎える数分前。


 星宮ハルカの『ダンジョン再検証ルート確認配信』は、驚くほど平和に始まっていた。


 新宿第四ダンジョンの低層エリア。


 昨日とは違い、魔力濃度は安定。


 地形にも異常なし。


 探索者協会の立会人もいる。


 安全管理スタッフも増員済み。


 退避ルートは三本。


 配信ドローンの飛行範囲も制限されている。


 どこからどう見ても万全だった。


 ……少なくとも。


 俺以外の全員は、そう思っていた。


『星の子のみんなー! こんにちはー!』


 姉貴こと星宮ハルカが、配信ドローンへ向かって笑顔で手を振る。


 中央の映像には、いつもの星空衣装へ軽いダンジョン用ケープを合わせた3Dアバターが映し出されていた。


 悔しいが似合っている。


 さすが俺の姉。


 いや。


 そういうことを考えるな。


 シスコンではない。


 配信者としての衣装評価だ。


 一般論です。


 そして俺、黒瀬玲司は。


 スタッフジャンパー。


 帽子。


 マスク。


 首元まで上げたジッパー。


 完全装備で配信ドローンの死角を移動していた。


 裏方である。


 仕事もしている。


 だが、見た目は完全に不審者だった。


「黒瀬くん」


 隣を歩くチーフマネージャーが、小声で呼んでくる。


「はい」


「もう少しゆっくり歩いてください」


「普通です」


「普通の人間は、カメラが動くたびに同じ速度で死角へ回り込みません」


「癖です」


「どんな生活をしていたら、そんな癖がつくんですか」


「無職仮なので」


「無職仮、便利すぎませんか?」


 便利だ。


 今後も積極的に使いたい。


 できれば今日一日。


 無職仮の特殊能力として、俺の存在感を完全に消したい。


 なぜなら。


 配信開始前から、コメント欄がこうだったからである。


:ヒーロー見参ニキ待機


:待機するな


:今日は何も起きないでくれ


:でもちょっと見たい


:黒銀ヒーローまた来るかな


:来るな、でも来い


:ハルカちゃんが無事ならそれでいい


:でも見参は見たい


:矛盾した感情で同接してる


:ヒーロー見参ニキの二話まだ?


 やめろ。


 俺を連続ドラマにするな。


 一話完結で終わらせろ。


 続編制作を望むな。


 続編が出る時は、誰かが危ない時だ。


 そんなものは打ち切りでいい。


『今日は、前回の事故が起きたルートについて、安全な距離から再確認していきます!』


 姉貴はいつもより少しだけ慎重な声で説明する。


『今回は、ステラライブの安全チームさんと、探索者協会の立会人さんも一緒です。無理はしません。危険な場所には入りません。安心して見てね』


 コメント欄が流れた。


:ハルカちゃん無理しないでね


:ちゃんと説明してくれるの助かる


:昨日怖かったから安心した


:レオンの言い訳より百倍まとも


:協会立会いなら大丈夫そう


:安全第一!


:後ろの黒いスタッフさん動き速くね?


:今、一瞬消えなかった?


 俺は反射的に配信ドローンの死角へ滑り込んだ。


「黒瀬くん」


「はい」


「今、コメント欄に『消えた』と書かれました」


「まだ存在感の消し方が甘いか……」


「消し方を改善しようとしないでください」


「ではどうすれば」


「普通に歩いてください」


「難題ですね」


「なぜですか?」


 難しい。


 モンスターの視界を切るより、配信ドローンから自然に隠れる方が難しい。


 敵なら動きを読める。


 だが、配信ドローンは仕事熱心だ。


 俺が右へ動けば右へ。


 左へ行けば左へ。


 一瞬止まれば、わざわざ角度を変えて確認してくる。


 ステラライブの機材は優秀である。


 今日ほど、その技術力を憎んだ日はない。


「ドローン二号、黒瀬くんを追っていますね」


 チーフマネージャーが言う。


「故障です」


「被写体追尾機能です」


「故障です」


「正常に作動しています」


「正常な故障です」


「意味が分かりません」


 俺にも分からない。


 ただ、あれは危険だ。


 俺の精神衛生に対する危険物である。


 配信ドローン二号がこちらへ向く。


 俺は柱の陰へ移動する。


 ドローンが角度を変える。


 俺も移動する。


 ドローンも移動する。


 俺が止まる。


 ドローンも止まる。


 見つめ合う。


「……帰れ」


 小さく呟いた。


 ドローンは帰らなかった。


 仕事中だからだ。


 社会は怖い。


『じゃあ、さっそく確認していくね!』


 姉貴が歩き始める。


 俺たちも少し距離を空けて続いた。


 今日歩くのは、俺が徹夜で選定した安全ルート。


 通称。


 百パーセント安全なピクニックルート。


 命名者は俺だ。


 チーフマネージャーへ報告した時、一瞬だけ笑われた。


 その顔は忘れない。


 理由は単純。


 モンスターの出現率が極端に低い。


 魔力濃度も安定。


 結晶床も厚い。


 退避ルートは三本。


 東側旧通路とも十分な距離がある。


 本来なら。


 園児の遠足でも、ぎりぎり許可を出せるレベルだ。


 いや。


 ダンジョンに園児を入れるな。


 例え話である。


『見て見て。この辺りは魔力濃度が安定していて、モンスターもほとんど出ない場所なんだって』


 姉貴が、俺の作った台本通りに説明する。


 ちゃんと覚えているらしい。


『危ない場所に近づかないことも、ダンジョン配信では大事なんだよね』


 少しだけ表情が真面目になる。


『映える場所より、安全に帰れる場所。これ、今日のハルカお姉さんとの約束です』


 コメント欄が温かくなった。


:えらい


:安全啓発配信じゃん


:こういうの大事


:昨日怖かったから安心する


:ハルカちゃん、ちゃんと前向いてて偉い


:無事に帰るまでが配信


 俺は画面外で、ほんの少しだけ息を吐いた。


 昨日、死にかけた場所だ。


 怖くないはずがない。


 それでも姉貴は、事故を笑い話にせず、次に同じことを起こさないための説明をしている。


 配信者として、ちゃんとしている。


 ただのポテチを食べる干物女ではない。


 いや。


 干物女なのは事実だが。


 姉貴は姉貴の仕事をしている。


 なら。


 俺は俺の仕事をする。


 何も起こさせない。


 誰も怪我をさせない。


 そして。


 絶対に配信へ映らない。


 今日の勝利条件は三つ。


 姉貴を無事に帰す。


 再検証を無事に終わらせる。


 ヒーロー見参しない。


 特に三つ目が重要だ。


 俺の人生のために。


 俺の尊厳のために。


 俺のパーカーの将来のために。


 俺は携帯端末へ目を落とした。


 魔力濃度。


 正常。


 モンスター反応。


 なし。


 地形変動。


 なし。


 全て問題ない。


 よし。


 今日は何も起きない。


 このまま平和に終わる。


 俺はただの無駄に筋肉がある短期スタッフとして帰宅する。


 帰ったら寝る。


 何も考えずに寝る。


 もう名乗り対策の特訓もしない。


 少なくとも今日はしない。


 俺の精神にも休暇が必要だ。


「玲司」


 姉貴が振り返った。


「何だ」


「ちゃんとついてきてる?」


「仕事だからな」


「なら安心」


「俺を安全装置みたいに扱うな」


「じゃあ、身体だけ仕上がった安全装置」


「悪口と信頼を混ぜるな」


 姉貴が笑う。


 チーフマネージャーも小さく笑った。


 俺は笑えなかった。


 身体だけ仕上がった安全装置。


 あまりにも否定しづらい。


 むしろ性能説明として正確なのが腹立たしい。


 俺は端末へ視線を戻す。


「このルートなら問題ありません」


 言ってから。


 一瞬だけ、妙な寒気がした。


 姉貴が首を傾げる。


「玲司」


「何だ」


「今の、ちょっとフラグっぽくない?」


「フラグではない」


「本当に?」


「魔力濃度も地形も確認した。協会の最新データとも一致している。モンスター反応もない。退避ルートも三本ある」


「うん」


「百パーセント安全だ」


 言った瞬間。


 また背中に冷たいものが走った。


 チーフマネージャーが真顔で言う。


「二回言うと、かなりフラグっぽいですね」


「社会人まで乗るな」


「一般論です」


「一般論を奪うな」


 姉貴が笑った。


 俺は無視した。


 フラグではない。


 安全確認だ。


 データに基づいた、極めて合理的な判断である。


 ダンジョンが物語の都合で動くわけがない。


 現実は小説ではない。


 そう思った瞬間。


 ピッ。


 手元の端末が、短い警告音を鳴らした。


 俺の足が止まった。


  ピッ。


 俺の携帯端末が、短く電子音を鳴らした。


 画面の魔力濃度グラフが、一瞬だけ跳ね上がる。


「……?」


 ほんのコンマ数秒。


 すぐに元へ戻る。


 数値だけ見れば誤差だ。


 普通なら、誰も気にしない。


 だが。


 七年間ダンジョンへ潜ってきた勘が、小さく警鐘を鳴らしていた。


「黒瀬くん?」


 チーフマネージャーが振り返る。


「何かありましたか?」


「……いえ」


 俺は端末を見つめたまま答える。


「誤検知かもしれません」


「魔力濃度ですか?」


「一瞬だけ跳ねました」


 チーフマネージャーも真剣な顔になる。


 すぐ近くにいた探索者協会の立会人が端末を確認した。


「こちらの計測器では変化なしですね」


「そうですか」


「機器誤差では?」


 その可能性もある。


 むしろ、その方がいい。


 俺はもう一度周囲を見回した。


 右。


 異常なし。


 左。


 異常なし。


 天井。


 異常なし。


 足元。


 異常なし。


 魔力の流れも、安定している。


 気にしすぎか。


 昨日の事故で神経質になっているだけかもしれない。


 そう結論づけようとした、その時だった。


 ギ……。


 小さな音が聞こえた。


 耳鳴りにも似た。


 結晶同士が擦れるような音。


 俺は反射的に壁を見る。


 結晶壁。


 その表面へ。


 一本。


 細い亀裂が走っていた。


「……おい」


 ギ。


 ギギ。


 ギギギギギギギ。


 嫌な音が広がる。


 まるで巨大なガラスへ、ゆっくり力を加えているようだった。


「黒瀬くん?」


「全員」


 俺は壁を見たまま言う。


「少し下がってください」


 チーフマネージャーの表情が変わる。


「理由を」


「説明はあとです」


 短く答える。


「まず距離を」


 その声色だけで何かを察したらしい。


 チーフマネージャーは即座に振り返った。


「安全確認です! 一度全員、三メートル後退してください!」


 スタッフが動く。


 協会職員も誘導を始める。


 姉貴もすぐに空気を読んだ。


『みんな、ごめんね』


 配信ドローンへ笑顔を向ける。


『安全確認を優先するね』


 コメント欄もざわつき始めた。


:え?


:どうした?


:何かあった?


:ハルカちゃん落ち着いてるな


:安全確認なら仕方ない


:昨日の件あるし慎重なの大事


 その時。


 ピッ。


 俺の端末が、今度は二回鳴った。


 魔力濃度が。


 一%。


 二%。


 三%。


 じわじわ上昇していく。


「……おかしい」


 自然じゃない。


 昨日の崩落とは違う。


 魔力が流れ込んでいる。


 誰かが。


 無理やり押し込んでいるような増え方だった。


 俺は壁へ近づく。


 結晶の色が変わっていた。


 透明だった結晶が。


 ゆっくりと白く濁っていく。


「協会!」


 俺は叫ぶ。


「東側旧通路との魔力流量を確認してください!」


 立会人が端末を見る。


「え……?」


 顔色が変わった。


「そんな……」


「どうしました?」


「接続していません」


「何?」


「東側旧通路とは繋がっていません!」


 なら。


 この魔力は。


 どこから来ている。


 俺は壁へ手を当てた。


 冷たい。


 だが。


 奥で何かが脈打っている。


 ドクン。


 ドクン。


 まるで巨大な心臓だった。


 嫌な予感しかしない。


「全員、もっと下がれ!」


 俺は今度こそ怒鳴った。


「退避ルートB!」


 姉貴も叫ぶ。


「みんな下がって!」


 スタッフが一斉に走る。


 ドローンも後退を始める。


 コメント欄が加速する。


:え、ガチ?


:事故?


:昨日みたいになる?


:怖い怖い怖い


:ハルカちゃん逃げて!


:黒いスタッフさん、めっちゃ指示出してる


:あの人有能すぎない?


:協会の人より早く動いてる


 そんなものはどうでもいい。


 今は。


 全員を離す。


 それだけだった。


 ギギギギギギギギギギギッ!!


 壁一面へ、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


 配信ドローンがその映像を真正面から映した。


 結晶が。


 膨らんだ。


 内側から押し上げられるように。


 盛り上がる。


 俺の背中へ冷たい汗が流れる。


「まずい」


 本能が叫ぶ。


 ここから離れろと。


 だが。


 離れられない。


 姉貴がまだ近い。


 スタッフも完全には避難しきれていない。


 壁が。


 弾けた。


 轟音。


 結晶片が雨のように飛び散る。


 配信ドローンが大きく揺れる。


 コメント欄が止まった。


 その奥から。


 ゆっくりと。


 巨大な影が姿を現す。


 四メートル級。


 全身を透明なダイヤモンド状の結晶で覆った、人型の魔獣。


 腕は丸太のように太く。


 拳は軽自動車ほどもある。


 その胸部で。


 赤黒い光が、ゆっくりと脈打っていた。


 探索者協会の立会人が青ざめる。


「……ダイヤモンド・ゴーレム」


 声が震えていた。


「馬鹿な……」


「低層に出る相手じゃない……!」


 俺は静かに胃を押さえた。


 百パーセント安全なピクニックルート。


 開始十分。


 安全確認配信。


 そして。


 開始早々。


 安全ではないものが、確認されてしまった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

一章終了まで毎日投稿します。

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次回もよろしくお願いします。

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