第5話:不機嫌な女子高生と、はじめてのお子様ランチ
街にじっとりとした梅雨が訪れる頃、『食事処 藤』には、いつもと少し違う「嵐」が迷い込んできた。
夕方の開店直後、ガラガラと引き戸を開けて入ってきたのは、制服のネクタイを緩め、いかにも不機嫌そうな顔をした女子高生だった。
名前は、千草の年の離れた妹である、ひなた。
「……ここ? 姉貴が毎日通い詰めてる、男一人の怪しい店って」
カバンをカウンターにドカッと置き、トゲのある視線を俺に向けてくる。
この世界の女子高生にとって、成人男性の店に一人で入るなど、少し不良の真似事のようなスリルがあるのだろう。さらに、大好きな姉を「たかが男の料理」に奪われたような気がして、嫉妬と反抗心が混ざり合っているようだった。
「お姉さんから話は聞いてるよ、ひなたちゃん。いらっしゃい」
「ちゃん付けしないで。別に姉貴に言われて生存確認に来ただけだから。……どうせ男の料理でしょ。映え(ばえ)を意識したパフェか、中身スカスカの可愛いサンドイッチでも出すの?」
ふん、と鼻を鳴らすひなた。学校での人間関係や、進路のこと、そして姉との距離感。色々なストレスが重なっているのか、彼女の胃腸は完全に疲れ切っているようで、お腹の虫が小さく鳴った。
「お腹、空いてるんだろ。何でもいいから作ってあげるよ。何が食べたい?」
「……何でもいい。男の料理なんて期待してないし。子供扱いしないで、お姉ちゃんたちと同じ、一番生意気なやつにして」
背伸びをしたい年頃の、小さな強がり。
俺はふっと微笑み、「分かった」と暖簾の奥へと引っ込んだ。
職人の手解き:大人になりたい子供への「本気」
彼女に、ただの居酒屋メニューや油っこい定食を出すわけにはいかない。胃が疲れているし、何より彼女が求めているのは「特別感」と「本当の優しさ」だ。
俺が選んだメニューは、『大人向けの本気のお子様ランチ』。
まずは、チキンライス。
鶏肉と細かく刻んだ玉ねぎを炒め、ご飯を投入。ここでケチャップをそのまま入れるのではなく、鍋肌で少し焦がして酸味を飛ばし、旨味を凝縮させる。これがプロの技だ。型に詰めてお皿に盛り、てっぺんには手作りの小さな日の丸の旗を立てる。
次に、卵。
卵2個に牛乳を少々。バターを熱したフライパンで、菜箸を高速で動かし、半熟のトロトロオムレツを作る。それをチキンライスのトッピングにする。
さらに、小さめのハンバーグ。
前回のメンチカツの応用で、しっかりと空気抜きをしてジューシーに焼き上げ、自家製のデミグラスソースをたっぷり。
極め付けは、大きなエビフライだ。
一本一本、丁寧に殻を剥き、背ワタを取って、まっすぐに揚がるよう筋を切る。小麦粉、卵、生パン粉。180度の油でサクッと揚げ、自家製の玉子たっぷりタルタルソースを添える。
ワンプレートに、子供の夢と、大人の技術をこれでもかと詰め込む。
「はい、お待ち遠さま。ひなたちゃん特製、大人のお子様ランチだよ」
崩れる強がり、広がるノスタルジー
目の前に置かれたのは、色鮮やかで、どこか懐かしく、しかし圧倒的なクオリティを放つ一皿だった。
「……はぁ!? 何これ、子供扱いしないでって言ったじゃん! 旗まで立ってるし……」
文句を言いつつも、ひなたの目は釘付けになっていた。これほど丁寧に作られた洋食の盛り合わせを、この世界の女性は(ましてや高校生は)見たことがない。外食といえば、大味なラーメンか、高級すぎるフランス料理の二択なのだから。
「文句を言う前に、一口食べてみてよ」
ひなたはふてくされながらも、エビフライを箸で持ち上げ、タルタルソースをたっぷりつけてガブッと齧りついた。
サクゥッ!!!
「――っ!?」
彼女の目が、丸くなった。
「な、何これ……! 衣が信じられないくらいサクサクなのに、中のエビがぷりっぷりで甘い……! それにこの白いソース、何!? 卵の粒々が入ってて、マヨネーズみたいだけど全然しつこくない、すごく優しい味がする!」
勢いづいた彼女は、次にスプーンでオムライスをすくった。半熟の卵がとろりと崩れ、チキンライスに絡みつく。
「ん、んん〜〜っ!! ご飯が、ケチャップの嫌な酸っぱさが全くなくて、お肉の旨味がしっかり染み込んでる……! 卵がふわふわで、お口の中でとろける……!」
一口食べるごとに、彼女の顔からトゲが消え、普通の、年相応の少女の笑顔に戻っていく。
ハンバーグの肉汁、チキンライスの温かさ、エビフライの香ばしさ。
「……ずるいよ。こんなの、反則じゃん」
ひなたの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。チキンライスの上に涙が落ちる。
「毎日、学校で『女らしくしろ』とか『将来はいい男を捕まえろ』とか言われて、家ではお姉ちゃんが夜遅くまで帰ってこなくて、私、ずっと寂しくてイライラしてて……。でも、このお皿、私の好きなものが全部入ってて、すごく、すごく温かい……」
彼女は涙を拭いもせず、夢中でスプーンを動かし続けた。
大人の階段を上りかけて、少し疲れてしまった彼女の心を、その一皿が完璧に抱きしめていた。
綺麗に完食し、ピカピカになったお皿を見つめながら、ひなたは小さく、だけどハッキリと呟いた。
「……ごちそうさまでした。すごく、美味しかった」
「お粗末様。いつでもお姉ちゃんと一緒に、またおいで」
俺が優しく笑うと、ひなたは顔を真っ赤にしてカバンをひったくるように持ち、「……また、気が向いたらね!」と言い残して、疾走するように店を飛び出していった。
入り口のところで、ちょうど仕事帰りの千草とすれ違う。
「あれ? ひなた? なんでここに……?」と首を傾げる千草に、俺は冷たいお茶を差し出しながら言った。
「千草さん、妹さん、すごくお姉ちゃんのこと、大好きなんだね」
「へ? なんだよ急に」
照れくさそうに笑う千草を見ながら、俺はまた一つ、この歪んだ世界で料理を作る意味を見出していた。
「こんな世界でも、俺にできる事は料理だけだからな」
窓の外の雨音を聴きながら、俺は次の客のために、静かに包丁を研ぎ始めるのだった。
『食事処 藤』特製・大人向けの本気のお子様ランチ
1. 鍋肌ケチャップが決め手!『至高のチキンライス』
材 料(1人前)
温かい白米:お茶碗1杯大盛り(やや硬めがベスト)
鶏もも肉:50g(1cm角の小さめに切る)
玉ねぎ:1/4個(みじん切り)
バター:10g
ケチャップ:大さじ2.5
ウスターソース:小さじ1/2(★マスターの隠し味!)
塩、胡椒:少々
作り方
1 具材を炒める
フライパンにバターを熱し、鶏もも肉と玉ねぎを炒めます。玉ねぎがしんなりして、鶏肉にしっかり火が通るまで中火で炒めます。
2 【劇中のプロの技】ケチャップを焦がす
具材をフライパンの片側に寄せ、空いたスペースにケチャップとウスターソースを直接投入します。具材とは混ぜず、鍋肌でケチャップをフツフツと15秒ほど沸騰させます。
★マスターのこだわりポイント
ご飯を入れる前にケチャップの水分を飛ばして軽く焦がすことで、独特のツンとした酸味が消え、トマトの濃厚なコクと「旨味」だけが凝縮されます。これがベチャつかないチキンライスの秘密です。
3 合わせる
沸騰したケチャップと具材を素早く炒め合わせ、全体に馴染ませます。
4 ご飯を投入
温かい白米を加え、木べらで切るようにしながら、強火で一気に炒め合わせます。仕上げに塩、胡椒で味を調え、お茶碗などの型に詰めてお皿にポンと盛り付けます。
2. ぷりぷり食感と玉子タルタル『本気のエビフライ』
材 料(2本分)
大きめのエビ(殻付き):2尾
塩、片栗粉(下処理用):各少々
小麦粉、溶き卵、生パン粉:各適量
揚げ油:適量
【ゴロゴロ玉子の自家製タルタルソース】
ゆで卵:1個(フォークで粗めにつぶす)
マヨネーズ:大さじ2
砂糖、レモン汁:各小さじ1/4
塩、胡椒:少々
作り方
1 タルタルソースを作る
ボウルにつぶしたゆで卵とマヨネーズ、砂糖、レモン汁、塩、胡椒を合わせ、スプーンでざっくり混ぜて冷蔵庫で冷やしておきます。
2 エビの下処理(まっすぐ、ぷりぷりに仕上げる)
エビの殻を尾の手前まで剥き、背に切れ目を入れて背ワタをきれいに取り除きます。
塩と片栗粉、少々の水を揉み込んで汚れと臭みを取り、水できれいに洗い流してキッチンペーパーで水分を完全に拭き取ります。
【まっすぐにする技】 腹側に4〜5箇所、斜めに浅い切れ目を入れます。エビをうつ伏せに置き、上から指で「ポキポキ」と音がするまで優しく押し伸ばします(これで揚げても丸まりません)。
3 衣付け
エビに小麦粉を薄くまぶし、溶き卵にくぐらせ、目の粗い生パン粉を優しくしっかりと纏わせます。
4 揚げる
180度の油で、きつね色になるまで約2分、カラッと揚げます。
仕上げの盛り付け
型抜きしたチキンライスの横に、自家製ハンバーグ(市販でも可)やふわふわの半熟オムレツを添え、揚げたてのエビフライをのせます。タルタルソースをエビフライにたっぷりとかけ、チキンライスの頂点に小さな手作りの旗を立てれば完成です!
店主(創)からのワンポイントアドバイス
「高校生くらいになると、いろいろ背伸びしたくなるもんだけど、こういう『大好きなものが詰まった一皿』を前にすると、やっぱり笑顔になっちゃうよね。ひなたちゃんみたいに、ちょっとお疲れ気味の時こそ、本気で作った懐かしい味を食べて元気を出してほしいな」
大人のお子様ランチ値段高いよね〜
じゃあこのレシピ見て作るかい?




