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貞操逆転世界の孤高なる料理人「男ですが、路地裏で定食屋はじめました」  作者: たうやん


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第23話:凱旋、そして熱狂の余波は路地裏へ

「――いやあ、創! 本当にお疲れさん! あんた、ついにやってくれたねぇ!」

『天領大御祭』での大狂乱から数日後。

いつもの静けさを取り戻したはずの『食事処 藤』のカウンターで、ガテン系姉御肌の千草が、新聞の地元経済紙を広げながら豪快に笑っていた。

そしてその隣には、いつも通りビシッと高級スーツを着こなした一ノ瀬も、冷えたビールグラスを傾けながら座っている。

紙面には、『天領大御祭、無名の男料理人が起こした奇跡』『高級店を震撼させた、路地裏の肉汁爆弾』といった見出しが躍っていた。最高の祭典のど真ん中に飛び込み、並み居る有名女性シェフたちの高級料理を、新メニューである「唐揚げの匂いと旨味」だけで完全になぎ倒した俺――藤崎ふじさき はじめの存在は、業界の常識を根底から覆す大事件として、今なお世間を騒がせていた。

「あの時は本当に無我夢中でしたから……。腕の筋肉痛が、今朝になってやっと抜けたところですよ」

俺は苦笑いしながら、いつもの白い調理服の袖を捲り上げ、お昼の営業に向けて出汁を引いていた。

最大大手の舞台を経験しても、俺のやるべきことは変わらない。おばあちゃんから貰ったこの厨房で、お腹を空かせた目の前のお客さんのために、心を込めて美味しい定食を作るだけだ。

「そう言うと思ったよ。だけどさ、創。あんたは変わらなくても、周りが放っておくわけないだろ?」

千草がニヤニヤしながら、店の外を親指で指し示す。その言葉に合わせるように、一ノ瀬もフッとため息をついてスマホの画面を俺に見せてきた。

「ええ、千草の言う通りよ、創さん。ほら、ネットじゃ『あの天領大御祭の伝説の唐揚げが食べられる唯一の聖地』って大騒ぎ。私たちの特等席が奪われるのも時間の問題ね」

その言葉を裏付けるように、開店30分前だというのに、店の外から地響きのような女性たちの怒号と、恐ろしい数の足音が聞こえてくる。普段は猫一匹通らないような寂れた路地裏が、エリートOLや良家のお嬢様たちで埋め尽くされ、路地の角を曲がって大通りまで続く、とんでもない大行列が形成されていたのだ。

「うわ……なんだこれ……」

「ほら、暖簾を出しておやりよ、大将! 有象無象の泥棒猫どもが待ちきれなくてドアを壊しちまう前にさ!」

常連二人の焦燥と、厨房に立つ男の圧倒的な色気

開店と同時に、店内は一瞬で満席になり、厨房は一気に戦場と化した。

カウンターのいつもの席を死守した千草と一ノ瀬だったが、その表情はどこか殺気立っている。

二人は、スマホの記事や、周囲の客たちの「あのマスター、ヤバい……」「結婚したい……」という熱い視線を、指が白くなるほど強く握りしめた拳で耐えていた。

(藤崎創……! あなたという男は、私の知らないところで、一体どれだけの女を狂わせてきたの……っ!)

一ノ瀬は内心、凄まじい焦燥感に駆られていた。

「おい一ノ瀬、周りの女どもの目が完全に肉食獣のそれだぜ。創の奴、無防備すぎるからな……」

千草もいつもの余裕を無くし、低く唸る。自分が最初に見つけた唯一無二の男が、最大大手の舞台を経て、今や国中の肉食女子たちに狙われる存在になってしまった。「一刻も早く、私の財力で彼を保護(監禁)しなければ」と一ノ瀬が企めば、「いや、俺の腕力で夜道ごと四六時中守るべきだ」と千草も拳を握る。二人の胸の中で、独占欲が爆発寸前だった。

そんな二人の視線の先で、俺は白い調理服の袖をまくり、油の熱気でほんのり上気した肌で巨大な揚げ鍋に向かっていた。引き締まった鎖骨、軽々と中華鍋を操る逞しい腕の筋肉。お祭りの時と変わらない、ブレない真剣な職人の横顔に、二人は同時にゴクリと激しく喉を鳴らした。

「お待たせしました。二人とも、いつものね」

俺が裏表のないナチュラルな笑顔で、あのお祭りの興奮をそのまま凝縮した『藤特製・肉汁爆弾の極上カリカリ唐揚げ定食』を二人の前に運ぶ。

「……あなたの唐揚げが、大手の祭りでどれほどの女を狂わせたのか、確かめさせてもらうわ」

一ノ瀬が真剣な瞳で唐揚げを箸で掴み、大きく口を開けてガブッと一気に噛みちぎった。千草もまた、数個まとめて豪快に口へと放り込む。

変わらない胃袋の掴まれ方、そしてダブル求婚

サクゥッッ!!! ……じゅわあああああぁぁぁっっっ!!!

「「ーーーーーーーーっっっ!!!!」」

二人の動きがピタリと止まる。

噛み締めた瞬間に溢れ出た大量の肉汁が、二人の唇を艶やかに濡らす。あまりの旨味の破壊力に、一ノ瀬はガタッと椅子を鳴らして絶句し、千草は目を見開いて震えた。衣の圧倒的な軽さとクリスピー感、お肉のジューシーさを極限まで引き出す完璧な火入れ、そして奥から押し寄せる和風出汁の深いコク。

「な、何これ……っ! 悔しいけれど、完璧だわ……! あなたの進化は私の想像を遥かに超えている……っ! こんなの、食べるだけで本能があなたを求めて暴走してしまうじゃない……!」

「肉が……信じられないくらい柔らかい……! ニンニクと出汁のパンチが、祭りの熱気そのものだ! 味が濃いのに、優しくて、箸が止まらねえええ!!」

二人は猛烈な勢いで唐揚げを白米とともにかき込み始めた。食べ進めるごとに、創への狂おしいほどの愛しさと独占欲が、唐揚げの熱さとともに二人の身体を完全に支配していく。

大盛りご飯と唐揚げをすべて綺麗に平らげ、はぁ、と熱い吐息を漏らした二人は、ガタッと激しく同時に立ち上がり、カウンター越しに俺の両手を左右からがっしりと握りしめた。

「藤崎創……! やっぱりあなたは、こんな路地裏のボロ店に収まって、不特定多数の女に消費されていい男じゃないわ! 私の年収なら、一等地の最高級タワーマンションを今すぐ一棟丸ごと買い与えられる! 大旦那おばあちゃんにいくら積めばいいの!? だから今すぐ店なんて畳んで、私の専属シェフ――私の夫になりなさい!!」

「一ノ瀬、抜け駆けすんじゃねえ! マスター、俺の方が体力あるから夜道もバッチリ守れるし、毎日現場から直帰してあんたの隣にいる! 俺と結婚して、一生この飯を俺だけに食わせてくれ!!」

第一話の時よりも遥かにスケールアップし、さらに焦燥感が加わったガチの囲い込みダブルプロポーズ。二人の目は完全に本気だった。

「あはは、二人とも落ち着いてください。ここは飲食店ですから」

俺は本気で困惑して、照れくさそうに頭を掻きながら、包み込むような優しい笑顔で一歩引いた。

「一ノ瀬さん、千草さん、ありがとうございます。でも、僕はただの定食屋ですからね。最大大手の舞台を経験して、改めて分かったんです。僕はこうして、路地裏の小さなお店で、お二人のように最初から僕を支えてくれた常連さんが『美味い』って笑顔になってくれるのが、一番の幸せなんだって。だから、誰か一人のお抱えにはなれません。……ほら、おかわり、まだあるからね」

俺が第一話の時と変わらない、裏表のないナチュラルな笑顔で空の茶碗を受け取ると、一ノ瀬と千草は「うぅ……そんな大人の包容力で完璧にあしらわれたら、ますますあなたを閉じ込めたくなる(俺の家に連れて行きたくなる)じゃない……っ!」と、顔を真っ赤にして同時に俯くのだった。

「ふぅ……今日も凄い大盛況だったな」

夜の営業も終わり、全ての片付けを終えた深夜。

俺は厨房の勝手口を開け、涼しい夜風に当たりながら冷たいお茶を飲んでいた。

商店街のお祭りから、最大大手の『天領大御祭』、復帰後の大行列。

目まぐるしく環境は変わっていくけれど、汗を拭いながら、空っぽになった皿の山を思い出すと、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「どんなに場所が変わっても、やっぱりお客さんが『美味い』って笑顔になってくれるのが、料理人として一番嬉しいな」

俺が夜空に浮かぶ月を見上げ、ふっと優しく微笑んだ、その時。

勝手口の影から、静かに、だけど確かな足音が近づいてきた。

「……さすがは東條が見込んだ男。路地裏に隠しておくには、あまりにも惜しい輝きですね」

暗闇から現れたのは、凛とした佇まいの、見覚えのない美しい高級スーツの女性。

その目は、ただの客としてではなく、一人の「男の料理人」を心の底から欲するような、妖しくも強い光を宿していた――。

熱狂の夏祭りを経て、世界の中心へと片足を突っ込んでしまった創。

路地裏の職人の腕前を巡り、次なる新たな嵐が、静かにこの『食事処 藤』へと近づきつつあった。

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