第21話:祭りの夜の熱狂は冷めず、謎の最大大手からの招待状
「――いやあ、創! 本当に大したもんだよ! あんたのおかげで、今年の商店街の夏祭りは過去最高の盛り上がりだったって、組合のババァたちも大喜びさ!」
お祭りから一夜明けた、昼下がりの『食事処 藤』。
カウンターで冷たい麦茶を豪快に飲み干しながら、ガテン系姉御肌の千草が自分のことのように嬉しそうに笑っていた。
商店街の活気出しとして急遽頼まれ、特設屋台で俺――藤崎 創が作った『特製・出汁香るお肉たっぷりソース焼きそば』の反響は、想像を遥かに超えていた。広場を半周するほどの大行列を作り、お祭りを大成功に導いたその噂は、今も凄まじい勢いで拡散されているらしい。
「俺はただ、お祭りに来た皆さんが笑顔になってくれたらいいなと思って、無我夢中で鉄ヘラを振っていただけですよ」
俺が照れくさそうに頭を掻きながら、仕込みの手を動かしていると――
ガラガラガラッ!!!
店の引き戸が、普段の常連たちとは明らかに違う「威圧感」を伴って、勢いよく開け放たれた。
「突然の無礼、失礼いたします。こちらに、昨夜の夏祭りで伝説的な大行列を作ったという、藤崎 創という料理人はおいでですか?」
現れたのは、仕立てのいい高級な黒スーツに身を包んだ、いかにも仕事のできそうな数人のキャリアウーマンたち。
その中央に立つ、鋭い眼光を放つ初老の女性が、俺の姿を認めるなり、一分の隙もない美しい所作で一通の「漆黒に金の刺繍が施された招待状」をカウンターに差し出した。
「私は、今週末に開催される我が国最大級の祭典――『天領大御祭』の実行委員会を務めます、東條と申します」
「てんりょう……? すみません、僕、そういう大きなイベントには疎くて……」
聞いたことのない祭りの名前に、俺はぽかんと首を傾げた。毎日この路地裏の厨房と市場を往復するだけの生活だ。世間でどんな大祭りが流行っているのかなんて、これっぽっちも知らなかった。
すると、横で麦茶を飲んでいた千草が、ブッ!!と派手に吹き出した。
「ゲホッ、ゲホッ……! ちょ、ちょっと待ちナ、創あんた『天領大御祭』を知らないのかい!? 国中から超一流の老舗、トップシェフたちが挙って出店を熱望する、名実ともに国内『最大大手』のモンスター級のお祭りだよ! 来場者数だって数十万人規模さ!」
東條さんは、千草の驚きぶりには目もくれず、真剣な眼差しで俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「昨夜、貴方の焼きそばを食べた我が委員会のスカウトから、緊急の連絡が入りましてね。『お祭りの活気そのものを、一店舗で完全に支配してしまう恐ろしい男がいる。あのソースと出汁の香りは本物だ』と。私たちは、常に最高の本物を求めています。藤崎殿……我が国最大の祭典のメインエリアに、貴方のその腕前で、ぜひとも出店していただけないでしょうか!」
女たちが国や大企業を動かし、男は一歩下がって静かに暮らすのが当たり前のこの世界。
そんな社会の頂点に立つような最大大手の実行委員会が、路地裏の小さな定食屋の、それも「男の料理人」に対して、頭を下げて直々にスカウトに来るなど、普通では絶対にあり得ない異常事態だった。
「そんな最大大手の祭りに、俺みたいな街の定食屋が行って、通用するのかな」
俺が少し気圧されていると、千草がドン!と俺の背中を力強く叩いた。
「何を弱気になってんだい創! あんたの料理は、その辺の気取った有名シェフなんかより、何百倍も人を元気にする力があるんだ。商店街を焼きそばで大爆発させたんだ、今度はその『天領大御祭』とやらで、あんたの美味い料理をバチコーンと叩きつけてやりな!」
千草の豪快な笑顔に励まされ、俺の胸の奥にもふつふつと、職人としての熱い火が灯っていくのが分かった。だが、次も同じ焼きそばで勝負するつもりはなかった。
「……分かりました。お受けします。ただ、東條さん。次の大舞台では、焼きそばではなく、僕のもう一つの自慢のメニューで勝負させてください。お祭りの熱気に負けない、最高の『唐揚げ』を準備します」
俺が白シャツの袖をきゅっと引き締め、覚悟を決めた頼もしい笑みを浮かべると、東條さんは一瞬だけハッとしたように目を見張り、それから満足そうに深く深く、頭を下げたのだった。
数日後。
五色に彩られた巨大な提灯が夜空を焦がし、地響きのような大歓声が渦巻く『天領大御祭』のメイン会場。
立ち並ぶのは、誰もが知る最高級ミシュラン星付きの中華料理店や、有名おフランス料理店がプロデュースする華やかな高級屋台ばかり。フカヒレやトリュフといった高級食材を使った気取った名物料理が並ぶ中――。
そんな超一等地のど真ん中に、ぽつんと掲げられた『食事処 藤』の素朴な看板。
「さあ……やるか!」
俺は店の時よりも遥かに巨大な特注の揚げ鍋の前に立ち、大型バーナーの炎に点火した。
前回の商店街を熱狂させた焼きそばの噂を聞きつけて集まった客たち、そして高級志向に気取ったお祭り会場の空気を、今度は俺の唐揚げの「圧倒的なジューシーさと、醤油とニンニクが揚がる香ばしい匂いの暴力」で、根底からひっくり返す。
路地裏の職人が、数十万人が熱狂する最大大手の舞台で、新メニューの唐揚げを武器に、今度はどんな伝説の大行列を創り出してしまうのか――。
「こんな大舞台でも、俺にできる事は料理だけだからな」
じわじわと油の温度が上がる鍋を前に、俺は溢れんばかりの活気に満ちた真夏の夜の戦場へ、静かに、だけど誰よりも熱く、その第一歩を踏み出すのだった。




