第19話:常連女傑たちの可愛いヤキモチと、愛を編み込む餃子パーティー
「……ねぇ、千草。最近のあの男、ちょっと無防備が過ぎると思わない?」
「……ああ。一ノ瀬、お前もそう思っていたか。天才女医にデザイナー、挙句の果てには国の予算を握るエリート官僚まで。店を開けるたびに、新しい女を骨抜きにして帰してぜ」
時刻は22時。すっかり夜も更け、他の客が全員ハケた『食事処 藤』のカウンター。
そこに陣取っているのは、この店がまだ軌道に乗る前からの最古参にして、創の良き理解者である二人――地元のガテン系姉御肌の千草と、やり手の若き実業家である一ノ瀬だ。
普段なら「マスター、いつもの!」と豪快に笑う二人だが、今夜は違った。肘をつき、じとーっとした生温かい視線を、厨房の俺――藤崎 創に突き刺してくる。
「あのさ、二人とも。さっきから視線で俺の背中に穴が空きそうなんだけど、何かあった?」
俺が苦笑いしながらおしぼりを渡すと、千草がその逞しい手で俺の手首をガシッと掴んだ。
「何かあった? じゃないよマスター! あんた、自分がどれだけ罪作りな男か分かってんのかい? 最近じゃ街の噂だよ。路地裏に、女を狂わせる極上の隠れ家があるってさ」
一ノ瀬も、いつもはクールな眼鏡の奥の目を三角に尖らせて、ワイングラスをコトッと置く。
「そうよ。私たちが最初に見つけた、私たちの癒やしの場所だったのに……。これ以上ライバルが増えたら、私たちの入る隙間がなくなっちゃうじゃない。ねぇマスター……いえ、創さん。今夜は私たちだけに、他の女には出していない、あんたの『とびきりの愛』が詰まった料理を出しなさい。そうじゃなきゃ、ヤキモチで夜も眠れやしないわ」
外でバリバリ働き、男をリードするのが当たり前のこの世界。普段は誰よりも男らしくて頼りがいのある二人が、まるで小さな子供のように、俺を独り占めしたくて本気のヤキモチを焼いている。そのギャップが、たまらなく愛おしい。
「あはは、なるほどね。寂しい思いをさせて悪かったよ」
俺は腕まくりをさらに深く上げ、二人の目を真っ直ぐ見つめて頼もしく笑った。
「分かった。他の誰でもない、俺を最初から支えてくれた二人のために、今夜はとっておきの仕込みをしよう。二人で一緒に突っついて、お腹も心もいっぱいにできる、愛の詰まったやつね」
俺が取り出したのは、ずっしりと重い鉄鍋。
メニューは、二人のヤキモチを極上の旨味で包み込む、『特製・肉汁爆発!手包み鉄鍋羽根付き餃子定食』だ。
職人の手解き:その手仕事は、二人の絆を繋ぐように
二人は、厨房で無駄なく、しかし驚くほどパワフルに動く俺の姿を、熱い吐息を漏らしながら見つめていた。
俺が取り出したのは、国産の豚ひき肉と、細かく刻んだキャベツ、ニラ、そして隠し味の自家製ガラスープの凍らせたゼリーだ。
「美味しくなぁれ、ってね」
俺は逞しい腕に力を込め、ひき肉に白っぽく粘りが出るまで、愛を込めてガシガシと力強く練り上げていく。肉を練るたびに、白シャツの下で躍動する俺の背中と腕の筋肉に、千草と一ノ瀬はゴクリと喉を鳴らし、顔を真っ赤に染めていく。
「さあ、ここからが愛を包む作業だよ」
俺は自家製の厚めの皮に、練り上げた餡をスプーンで贅沢に乗せる。そして、親指と人差し指を器用に使い、「キュッ、キュッ」と綺麗なヒダを刻みながら、一切の隙間がないように完璧に包み込んでいく。
「綺麗……。まるで、私たちとの思い出を一つずつ丁寧に編み込んでくれているみたい……」
一ノ瀬がうっとりと呟く。
熱した鉄鍋に油をひき、包みたての餃子を円を描くように美しく並べる。
ジューーーーーッ!!! バチバチバチッ!
心地よい音が響いたところで、小麦粉を溶いた水を注ぎ、一気にフタをする。激しい湯気とともに、ごま油の香ばしい匂いと、ニラとニンニクの食欲を爆発させる香りが店内に充満していく。
「よし、最高の焼き上がりだ!」
フタを外し、水分を完全に飛ばしてパチパチと音が変わった瞬間、鉄鍋の上に大きな丸皿を乗せ、一気にひっくり返す!
ザバァァァッ!!!
お皿の上に現れたのは、まるで満月のように丸く、パリッパリの黄金色の「羽根」を纏った、芸術的な美しさの焼き餃子だ。
「お待たせ! 二人のための特製鉄鍋餃子。熱いうちに、タレをたっぷりつけて食べて!」
目の前に置かれたのは、箸を入れるのがもったいないほど美しい、黄金色の羽根付き餃子。
千草と一ノ瀬は顔を見合わせ、我慢できずに箸で羽根を「サクッ」と割り、大ぶりの餃子を一つずつ掴んで口に運んだ。
サクッ……もちっ……じゅわあああぁあ!!!
「「――ーーーっっっ!!!!」」
二人の脳内で、嫉妬も不安もすべてを消し飛ばす、圧倒的な多幸感(肉汁のビッグバン)が起きた。
「んんんーーーっ!! 美味しい! 美味しすぎるよマスター……っ!!」
千草が自分の頭を抱えて悶絶する。
「な、何これ……っ! 皮が驚くほどモチモチなのに、羽根はサクサク! そして、噛んだ瞬間に、小籠包みたいに熱々の肉汁が口いっぱいにブシャアッて溢れ出してくる……! ニンニクとニラのパンチが効いているのに、キャベツの甘みで全然くどくない。あ、だめ、白いご飯が止まらないわ……!」
一ノ瀬もなりふり構わず、餃子をタレにドブ浸けし、大盛りご飯を猛烈な勢いでかき込み始めた。
二人は競い合うように、熱々の餃子をハフハフと言いながら次々と胃袋に収めていく。食べるごとに、胸の中にあった嫉妬やモヤモヤが綺麗なエネルギーに変わり、二人の肌はポッと上気し、潤んだ瞳でハァハァと熱い吐息を漏らしながら、俺のことを狂おしいほどの眼差しで見つめ始めた。
最後の一個を二人で仲良く半分こして平らげた瞬間、二人はガタッと同時に立ち上がり、カウンター越しに俺の両手をそれぞれ掴んだ。
左手は千草のゴツゴツとした力強い手、右手は一ノ瀬のしっとりとした熱い手だ。
「創……っ! もう決めた! あたしと結婚しな。あたしのトラックの助手席は一生あんたのものだ。毎日あんたを美味い市場へ連れてってやるし、重い荷物は全部あたしが持ってやる! だから、あたしだけの男になってくれ!」
「いいえ、創さん、私を選びなさい! 私の会社の全株式を貴方に譲渡するわ。貴方のためだけに、世界最高の厨房を備えた一軒家を建ててあげる。他の女に貴方の料理を食べさせるなんて、もう耐えられない。私のお婿さんになって、一生私だけに愛を注いで……っ!」
まさかの最古参二人からの、熱烈な同時ダブルプロポーズ。
「あはは、二人とも、そんなに熱くなったら火傷しちゃいますよ」
俺は本気で照れくさそうに頭を掻きながら、心からの感謝を込めて優しく笑った。
「僕はただの定食屋ですからね。でも、二人がそうやってヤキモチを焼いてくれるくらい、この店を大切に思ってくれてるのが、何より嬉しいんです。僕が今ここで料理を続けられているのは、最初においしいって笑ってくれた、千草と一ノ瀬のおかげだから。だから、誰か一人のものにはなれないけど……二人がお腹を空かせたときは、いつだって世界一の愛を込めて、この鉄鍋を振るって約束するよ」
俺がいつものように、飾らないナチュラルな笑顔で二人の手を優しく握り返すと、千草は「うぅ……そんな包容力見せられたら、余計に手放したくなくなるだろ……!」と顔を真っ赤にして俯き、一ノ瀬も「本当に、底なしに罪な男ね……っ」と胸を押さえてすっかり骨抜きになってしまった。
女が男を囲い込み、独占するのがステータスとされる世界。
だけど、どんなに強い独占欲を持つ女傑たちであっても、俺が心を込めて作った一皿と、飾らない素顔の前では、ただ一人の男の温もりに救われる、愛らしい女の子に変えることができる。
「こんな世界でも、俺にできる事は料理だけだからな」
冷たいビールを二人のグラスに注ぎ足しながら、俺は「これからも、うちの店をよろしくお願いしますね」と、すっかり機嫌を直して幸せそうに笑い合う二人の笑顔を、夜更けの路地裏でいつまでも温かく見守るのだった。
『食事処 藤』特製・手包み鉄鍋羽根付き餃子(約20〜24個分・2人前)
材 料
【肉汁爆発のジューシー餡】
豚ひき肉(脂身が多めのものがベスト):200g
キャベツ(または白菜):150g(みじん切りにして塩小さじ1/2を振り、10分置いて水気をギュッと絞る)
ニラ:1/2束(細かめのみじん切り)
餃子の皮(厚め・大きめのもの):1袋(20〜24枚)
サラダ油・ごま油(焼き用):各適量
【肉汁を仕込む悪魔のゼリー調味料】
お湯:50ml
鶏ガラスープの素(顆粒):小さじ1
粉ゼラチン:2g(★これをスープに溶かして冷蔵庫で冷やし固め、細かく刻んで餡に混ぜることで、劇中の「爆発的な肉汁」が再現できます!)
【ガツンと旨味を出す下味調味料】
おろしニンニク:1片分
おろし生姜:1片分
醤油:大さじ1
酒:大さじ1
ごま油:大さじ1/2
砂糖:小さじ1/2
塩・コショウ:少々
【パリパリの黄金羽根(羽根の液)】
水:150ml
小麦粉(薄力粉):小さじ2
片栗粉:小さじ1
作り方
1. 下準備(肉汁ゼリーと野菜の処理)
1 小さな器にお湯50ml、鶏ガラスープの素、粉ゼラチンを入れてよく混ぜ、完全に溶かします。冷蔵庫でしっかり冷やし固めて「スープゼリー」を作っておきます。
2 キャベツはみじん切りにして塩小さじ1/2を振り、10分置いたら両手でギュッと絞ってしっかり水気を切ります。ニラも細かく刻んでおきます。
2. 餡を練り上げる(千草&一ノ瀬への愛を込めて)
1 ボウルに豚ひき肉と【ガツンと下味調味料】(ニンニク、生姜、醤油、酒、ごま油、砂糖、塩・コショウ)を入れます。
2 手のひらを使って、お肉が白っぽく粘り気(糸を引くくらい)が出るまで、1〜2分間力強くガシガシと練り上げます。
3 水気を絞ったキャベツ、ニラ、そして冷蔵庫から取り出してフォークなどで細かくクラッシュした「スープゼリー」を加え、全体をさっくりと混ぜ合わせます。
3. 愛を包み込む(隙間なく完璧に)
1 餃子の皮のフチにぐるりと水をつけ、中央に餡を大さじ1程度乗せます。
2 皮を半分に折り畳みながら、親指と人差し指を使って「キュッ、キュッ」と綺麗なヒダを5〜6箇所刻みます。
3 中の肉汁ゼリーが溶け出さないよう、フチを指先できつく押し潰すようにして、一切の隙間がないように完璧に閉じ込めます。
4. 鉄鍋で蒸し焼き(満月の羽根を創る)
1 フライパン(またはスキレット等の鉄鍋)にサラダ油大さじ1/2を引いて並べ、餃子を円を描くように美しく敷き詰めます。
2 中火にかけ、餃子の底にうっすらと焼き色がつくまで1分ほど焼きます。
3 よく混ぜ合わせた【羽根の液】(水、小麦粉、片栗粉)を、餃子の上から全体に回し入れます。
4 すぐにフタをして、中火のまま約5〜6分間じっくりと蒸し焼きにします。
5. 仕上げ(サクサクの最高潮へ)
1 フタを外し、まだ残っている水分を完全に飛ばしていきます。
2 水分が飛び、鍋底の小麦粉の液がパチパチと音を立てて網目状のキツネ色に変わってきたら、仕上げにごま油大さじ1/2を鍋肌から回し入れます。
3 さらに1分ほど焼き、羽根が完全にパリッとしたら火を止めます。
4 鍋の上に大きなお皿を逆さに乗せ、息を合わせて一気にぐるんとひっくり返せば、芸術的な黄金の羽根付き餃子の完成です!
店主(創)からのワンポイントアドバイス
「餃子を上手にひっくり返すコツは、最後の仕上げに『ごま油』を回し入れること。これで羽根が鍋底からペロッと綺麗に剥がれるようになるんだよね。千草さんや一ノ瀬さんみたいに、ちょっとお疲れでヤキモチを焼いちゃうような夜はさ、この肉汁たっぷりの餃子をご飯に乗せて、ハフハフ言いながら一緒に突っつくのが一番! ビールにも最高に合うから、二人で仲良くお腹いっぱいになってね!」




