第13話:小さな常連さんと、とろける笑顔のプリンアラモード
お昼時の賑わいが落ち着いた、平日の14時。
遅めの昼飯をのんびり食っていた俺――藤崎 創は、店に近づくトコトコという小さな足音に気づいて顔を上げた。
ガラガラ……と、慎重に引き戸が開く。
「……あ! おじさん、こんにちは!」
ひょっこり顔を出したのは、あの朝、寂しさと空腹で泣いていた小さな迷子のつむぎちゃんだ。今日はランドセルではなく、可愛いリュックを背負っている。そのすぐ後ろから、前回の凛々しいスーツ姿とは打って変わって、カジュアルな私服に身を包んだお母さんが、少し照れくさそうに頭を下げながら入ってきた。
「こんにちは、店主さん。先日は本当にありがとうございました。この子がどうしても、またあのおじさんの店に行きたいってきかなくて……お休みの日に連れてきたんです」
「わぁ、つむぎちゃん! いらっしゃい。もう道に迷わずに来られたんだね、えらいえらい」
俺がカウンター越しに目線を合わせて笑うと、つむぎちゃんは嬉しそうにパタパタと椅子に駆け寄って、ちょこんと腰掛けた。
「うん! もう迷子にならないよ! 今日はおかあさんと一緒だもん!」
元気いっぱいの笑顔を見せてくれたつむぎちゃん。だけど、お母さんの顔をふと見ると、目の下にうっすらとクマがある。休日とはいえ、育児と激務の両立はやはり相当タフなのだろう。お母さんは「とりあえず、おまかせで定食を二つ……」と、少し疲れた声で注文した。
「分かりました。しっかり食べて、元気出してくださいね」
俺はすぐに厨房へ入り、親子のお腹を満たすための美味い定食をこしらえた。
ジューシーに焼き上げた生姜焼き、ツヤツヤの白米、そしてつむぎちゃんが大好きな、あのハチミツ醤油のたまご焼きも小さく添えて。
「わあぁ! これこれ! やっぱりおじさんのたまご焼き、世界一おいしい!」
「本当に……体に染み渡る味ですね……」
仲良く並んで、夢中でご飯をかき込む親子。その素直な「美味しい」の笑顔を見ているだけで、料理人冥利に尽きるっていうもんだ。
しっかりと完食し、お腹いっぱいになって満足げな二人。
だが、俺はこれで終わりにするつもりはなかった。せっかくの休日だ。毎日頑張っているお母さんと、お母さんを健気に支えるつむぎちゃんに、最高の「ご褒美」をあげたくて、内緒で仕込んでおいた特製デザートを冷蔵庫から取り出した。
「はい、お疲れ様のデザート。特製の『お月様プリンアラモード』だよ」
職人の手解き:優しさを詰め込んだ、レトロなご褒美
「わあぁぁぁ……っ!! きれい……っ!!」
つむぎちゃんの目が、まるで星を散りばめたみたいにキラキラと輝いた。
この世界の男が作るスイーツは、とにかく見た目の派手さや、原宿系のポップな可愛さを競うものばかりだ。だが、俺が作ったのは、昔ながらの純喫茶にあるような、どこか懐かしくて、丁寧な手仕事が光る王道のプリンアラモード。
主役のプリンは、卵黄を贅沢に使い、低温の湯煎でじっくりと時間をかけて蒸し上げた「固め」の焼きプリン。
砂糖を限界まで焦がした、ちょっぴりビターで濃厚なカラメルソースが、琥珀色のドレスのようにプリンの肌を流れている。
その周りを彩るのは、丁寧にカットした新鮮なイチゴ、キウイ、バナナ。そして、自家製のふんわりとした生クリームと、バニラビーンズがたっぷり入った冷たいアイスクリームだ。
「男の手仕事とは思えない……なんて美しい王道の佇まいなの……」
お母さんも、その完璧なビジュアルにすっかり目を奪われている。
「プリンのカラメルは少し苦めにしてあるから、アイスやフルーツと一緒にスプーンですくって食べてみてね」
俺がそう言ってスプーンを渡すと、つむぎちゃんは待ちきれない様子で、小さな手でスプーンを握りしめた。
とろける二人の笑顔、そしてまさかの「お父さん」コール
つむぎちゃんは、プリンと生クリームを一緒に大きくすくい、パクリと口に放り込んだ。
もぐ……ぷるん、じゅわぁ……。
「――っくぅぅうう!」
つむぎちゃんは、あまりの美味しさに両手で自分のほっぺたをむぎゅっと押さえた。
「おいしいぃぃお口の中で、お月様がとろけちゃった……! ぷるぷるなのに、すっごく濃厚で、あまいクリームとちょっと苦いカラメルが一緒になって、もう最高……!!」
お母さんも一口食べ、ハッと目を見開いた後、ふにゃりと肩の力を抜いて幸せそうに息を吐いた。
「美味しい……。ただ甘いだけじゃなくて、卵のコクがすごいです。冷たいアイスとフルーツの酸味が絶妙で……一週間の疲れが、全部溶けて消えていくみたい……」
二人は顔を見合わせながら、どっちがどこのフルーツを食べるかでキャッキャと笑い合い、楽しそうにスプーンを動かし続けた。
張り詰めていたお母さんの表情が、俺の作った甘味を食べるうちに、みるみる柔らかく、愛らしい笑顔に変わっていく。
最後の一口まで綺麗にペロリと平らげたとき、つむぎちゃんは満足げにお腹をポンと叩くと、カウンター越しに俺のシャツの袖をぐいぐいと引っ張った。
「ねぇねぇ、おじさん!」
「ん? どうしたの、つむぎちゃん」
「おじさん、ごはんもデザートも世界一おいしいし、すっごく優しいから……つむぎの『新しいおとうさん』になってよ!」
「ぶっっ!!」
お茶を飲んでいたお母さんが、盛大に吹き出した。
「つ、つむぎっ!? 何を言い出すの、突然……っっ!?」
「だって! おじさんがお家にいてくれたら、おかあさんも毎日美味しいごはん食べてニコニコだし、つむぎも寂しくないもん! お願いおじさん、おかあさんをお嫁さんにして!」
「ちょっと、つむぎ、やめなさいっ……!!」
お母さんは顔を耳まで真っ赤に染め上げ、大慌てでつむぎちゃんの口をふさいだ。だけど、チラリと俺の方を見て、潤んだ目でモジモジしながら、蚊の鳴くような声で呟いた。
「あ、あの……子供の突拍子もない意見、なんですけど……。でも、もし、店主さんがよろしければ……私は、その、全然……前向きに……っ」
「いやいやいや! お母さんまで何を言ってるんですか!?」
今度は俺が顔を真っ赤にしてブンブンと首を振る番だった。
外でバリバリ働く凛々しいお母さんが、子供に背中を押されて完全にメロメロになり、大人の色気と恥じらいを爆発させて迫ってくる。
「あはは、お気持ちはすごく嬉しいですけどね。僕はここで、つむぎちゃん親子みたいに、毎日頑張っている人たちがいつでも帰ってこられる場所を守るのが仕事ですから。……だから、お父さんにはなれないけど、ここは二人の『第二のお家』だと思って、いつでも美味しいものを食べにきてね」
俺がいつものように、照れくさそうに頭を掻きながらナチュラルな笑顔で語りかけると、お母さんは「あぅ……そんな風に優しく包容力を見せられたら、余計に諦めがつかないです……っ!」と、胸を押さえてすっかり骨抜きになっていた。
女が社会の第一線で戦い、男はただ家でそれを支えるのが美徳とされる世界。
だけど、どんなに歪な社会であっても、一生懸命に生きる親子の心を、この一つのプリンアラモードが温かく繋ぎ止めることができるのなら。
俺はこれからも、この路地裏で実直にバニラビーンズを練り続ける。
「こんな世界でも、俺にできる事は料理だけだからな」
帰り際、「またね、おとうさん!(仮)」と元気に手を振るつむぎちゃんと、顔を赤くしながら「また必ず、伺います……!」と何度も振り返るお母さんの温かい後ろ姿を、俺は昼下がりの優しい光の中で、いつまでも笑顔で見送るのだった。
『食事処 藤』特製・お月様プリンアラモード(2〜3人前・作りやすい分量)
材 料
【しっかり固めの極上プリン】(15cmのケーキ型、または大きめの耐熱容器1個分)
卵:3個
卵黄:1個分(★コクを出すための秘密!)
牛乳:350ml
砂糖:60g
バニラビーンズ(またはバニラエッセンス):適量
【ほろ苦カラメルソース】
砂糖:50g
水:大さじ1
お湯(仕上げ用):大さじ1
【アラモードの飾り付け】
お好みのフルーツ(イチゴ、キウイ、バナナ、缶詰のみかんやチェリーなど):適量
生クリーム:100ml(砂糖大さじ1を加えて泡立てておく)
バニラアイス:適量
作り方
1. ほろ苦カラメルソースを作る
1 小さめの鍋に砂糖50gと水大さじ1を入れ、中火にかけます。(※鍋は絶対にゆすったり、箸で混ぜたりしないでください。砂糖が結晶化してしまいます)
2 じわじわと周りから茶色く色づいてきたら、鍋を優しくまわして全体を均一にします。
3 しっかりとした深みのある琥珀色(飴色)になり、煙が少し立ってきたらすぐに火を止めます。
4 仕上げ用のお湯大さじ1を一気に加えます。(※激しくハネるので火傷に十分注意してください!)
5 熱いうちに、プリンの型(または耐熱容器)の底に流し込んで冷ましておきます。
2. プリン液を作る(すの入らないなめらかな口当たりに)
1 ボウルに卵3個と卵黄1個を割り入れ、泡立て器を底にこすりつけるようにして、泡立てないように優しく解きほぐします。
2 別の鍋に牛乳、砂糖60g、バニラビーンズ(サヤからしごき出した種とサヤ両方)を入れ、中火にかけます。砂糖が溶けて、鍋のフチに小さな泡がプツプツと立つくらい(約60℃)まで温まったら火を止めます。(サヤは取り出します)
3 ほぐした卵のボウルに、温めた牛乳を少しずつ細く垂らしながら、泡立て器で優しく混ぜ合わせます。
4 混ぜ終わったら、目の細かいザルや茶漉しで2〜3回必ず濾します。これで白身の塊が取れ、劇中のようになめらかな口当たりになります。
3. じっくり湯煎焼き(お月様のようにふっくらと)
1 カラメルが固まった型に、プリン液を静かに流し込みます。表面に泡があれば、スプーンですくい取るか、チャッカマンの火を近づけて消しておきます。
2 型の上部をアルミホイルで隙間なくぴったりと覆います。
3 深めのオーブン天板(または大きめの耐熱バット)に型を置き、型の高さの半分くらいまで熱湯(約50〜60℃)を注ぎます。
4 150℃に予熱したオーブンで、約40〜50分じっくり湯煎焼きにします。
5 型を優しく揺らしてみて、中央が「ぷるん」と弾力があるように揺れれば焼き上がりです。(液体のように波打つ場合は、5分ずつ追加で焼いてください)
6 粗熱が取れたら冷蔵庫で3時間以上、しっかり芯まで冷やします。
4. 盛り付け(純喫茶のレトロな華やかさ)
1 冷え切ったプリンの型のフチに、パレットナイフやスプーンの背を優しく一周押し当てて空気あなを作ります。
2 型の上にお皿をひっくり返して乗せ、お皿と型を一緒に持って、息を合わせて一気にぐるんとひっくり返します。型を上に優しく引き抜くと、琥珀色のカラメルを纏ったプリンが美しく現れます。
3 プリンの周りに、自家製の生クリームを絞り、冷たいバニラアイスを添えます。
4 丁寧にカットしたイチゴやキウイ、バナナ、仕上げに真っ赤なチェリーをあしらえば完成です!
店主(創)からのワンポイントアドバイス
「プリンの卵液を合わせるときは、とにかく『泡立てないこと』と『しっかり濾すこと』。このひと手間で、お家でもすが入らない、お店のぷるぷるな固めプリンができるからさ。つむぎちゃんみたいに小さなお子さんはもちろん、毎日お仕事で頭をフル回転させている大人にこそ、このほろ苦いカラメルと甘い生クリームの組み合わせで、心も身体もフニャッと癒されてほしいな。みんなでスプーンを持って、賑やかに突っついて食べてみて!」




