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彼の国(かのくに)  作者: 春の雪
 第二章 彼の国にて

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第7話 ラボでの生活 2

(1)

 翌朝、雪野は5時少し前に目覚めた。空気が動いた気がしたのだ。

 おそらく時宗が出かけたのだろう。


 雪野は念のため、しばらくじっとして耳をそばだてた。

 10分くらいしてからそっと起き出して服を着替えた。


 部屋を出て、台所にも時宗の姿がないのを確認して玄関に行ってみる。

 あの編み上げ草鞋はなかった。


 雪野は部屋に戻って顔を洗い、昨日着ていた服を洗濯機に入れた。説明書を見ながら回し、問題がないことを確認して部屋を出た。


 時宗は、食堂にある物は自由に使っても、食べてもよいと言っていたので、雪野は戸棚を順番に開けて見た。


 何かを取ってくれと言われた時、いちいち場所を聞いているようでは手伝いにならない。

 鍋、調理器具、食器、調味料などを丁寧に見てしっかり覚えた。


 次に、冷蔵庫を開けて何がどこに、どのくらいあるかを確認した。

 冷蔵室には生野菜、卵やハム、チーズの他、牛乳や野菜ジュースなどがあった。


 冷凍室にはご飯やスープがタッパーやビニール袋に入れてあり、"土昼“とか、"日朝”と書いたシールが貼られていた。"予備”というのもあった。

 この予備の一部が雪野のお腹に収まったのだろう。


 雪野は、昨夜時宗がスープをレンジで温めて、ほぼ解凍状態になったところで鍋に移して軽く沸騰させて味付けをしていたことを思い出した。

 ―鍋に移すところまでやっておこう……

 雪野はスープの入った"土朝”のタッパーをレンジに入れて温めた。


 温めている間、ヤカンに水を入れて火にかけた。ここのポットは電気ポットではなかった。

 おそらくだが、ここに居ない時間が長い時宗はつけっぱなしの電気ポットを使わないのだろう。


 スープと湯が温まる間にテーブルを拭いた。

 丁寧に拭いて、ふと時宗がシュッシュッと2秒で拭いていたのを思い出した。


 ―私もテーブルを拭くくらいなら…。こっち半分を1秒で、あっち半分を1秒で…


 シュッシュッ、ゴン!……

 結果は、雪野は椅子の背もたれに脇腹をぶつけてテーブルに突っ伏して悶絶した…。


 涙目になって脇腹をさすりながら、

 ―やっぱり最初から2秒を目指すのは無理があるんだ…5秒とかから、だんだんに…

 

 雪野はあっさりハードルを下げたが、今5秒に挑戦する気力はなくなり、ゆっくり自分が突っ伏したところを拭き直した。


 雪野があばれたり落ち込んだりしている間に湯は沸き、スープはほぼ解凍された。


 雪野は脇腹を押さえながら立ち上がり、スープを鍋に移し変えて弱火で温め、湯をポットに移した。

 スープが温まる間に冷凍のご飯をレンジで温め、スープが入っていたタッパーを洗った。


 時計を見るとまだ6時前だったので、今から沸騰させても早すぎるので一旦火を止めた。



 雪野は部屋に戻って、出来上がった洗濯物を洗面室の中に干した。


 それから、リュックの中身を机の上に並べた。

 アカデミーで配られたプリント類を、時間割関連と学習内容の説明関連とその他に分ける。


 次に、提出しなければならないものを期限の日にち順に並べる。その中で時宗のサインが必要なものには付箋を貼った。


 それから、選択科目を決める参考にするための授業内容の説明や、担当教師の一言などが書かれているプリントを丁寧に読んでいった。


 そうこうしているうちに7時を過ぎたので、プリント類と筆記用具をリュックに戻した。

 

 それから、午後に買い出しに出かける時に着る外出用の服をベッドの上に用意しておいた。


 そろそろ時宗が戻る頃だと思い部屋を出ると、ちょうど玄関で

 「戻ったで。」と言う声がすると同時に時宗が入って来た。


 「先生お早うございます。お帰りなさい。」

 「ああ、お早う。」

 「すみません、勝手にお湯を沸かしてスープを解凍して鍋に移しました。」

 「ありがとうな。ほな、火点けといてといて。シャワーして来るから。」

 「はい。」

 雪野はホッとしてスープを温め始めた。


 時宗は5分ほどで戻って来た。

 ―先生にとってシャワーをするというのは2秒間お湯をかけることなのだろうか?

 そう思ってチラリと時宗を見ると、

 「何や?ちゃんと洗っとるで。」と言われ、雪野は慌てて、

 「いえ、そんな…。」と、もごもご言って視線を泳がせた。


 時宗は笑いながら冷蔵庫を開けて、

 「さてと…。」と言いながらハムや卵、チーズなどを出した。


 手早くフライパンに乗せて焼いている間に、雪野は先ほど軽く温めておいたご飯を温め直してお椀に盛った。


 「パンがよければ食パンならあるで。」

 「いいえ、だいたいいつもご飯です。」

 「そうか。」

 雪野は箸やスプーン、スープ皿などを用意した。


 ハムエッグは、2枚のハムの間に薄いチーズが挟まっていて、上に黄身が今にもとろけそうな目玉焼きが乗っていた。


 「米の飯に合うかどうかは別として栄養はあるで。」と言いながら時宗はチーズ入りハムエッグを皿に移し、テーブルに置いた。

 さらに冷蔵庫からたくさんの生野菜を出して盛り付けた。

 

 その間に雪野はご飯をよそってテーブルに置いた。

 最後に時宗がスープを入れた皿を置いて2人は席に着いた。

 「朝飯は重要やで。遠慮なくたくさん食べてな。」

 「はい。いただきます。」


 時宗も雪野もあまり無駄なことは話さないので食事はどんどん進んだ。

 「先生、おかわりをよそいましょうか?」

 「いや、気にせんでええ。それぞれ自分のタイミングで自分が食える量を食お。」

 「はい。」


 雪野は遠慮なく、自分のタイミングでご飯を3杯食べ、おかずも完食した。


 「ごちそうさまでした。凄く美味しかったです。」

 「そりゃよかった。」


 雪野が食器を持って立ち上がると、

 「どないした?どこぞにぶつけたんか?」と聞かれた。

 「えっ?」

 「右の脇腹をかばいながら立ち上がったやろ。」

 「いえ、あ、う…」

 「部屋で筋トレでもやったんか?」

 「いえ、そんなたいそうな…ちょっと椅子にぶつかっただけです…」

 そう言って雪野は憎っき椅子をつついた。


 時宗は少し考えて、フフッと笑った。雪野はギクっとして、

―いくらなんでもシュッシュッに失敗したのがバレてるとか、まさか…

 と心の中でつぶやいたが、時宗はそれ以上何も言わず皿を洗いだした。


 雪野はホッとして、食器を全部下げてテーブルを拭いた。ゆっくりと、丁寧に。

 時宗がまたクックッと笑って、

 「見てておもろいのはええけど、なるべくケガはせんようにな。」と言った。

 「うぅっ、やっぱり…はい。」


 片付けが終わると時宗は戸棚の引き出しから湿布薬の箱を出して1枚雪野に渡し、

 「痛むところに貼っとき。午後は歩き回るから痛みが残ってると辛いからな。」

 「すみません、ありがとうございます。」


 「ほな9時半に隣の第二テーブルで時間割作りな。

 あ、ここの第一テーブルは食事専用、隣の第二テーブルは資料とか本をたくさん広げる時とか、部屋の机では狭い場合に使う。そっちの第三テーブルは薬剤の調合をする時に使うから他のことには使わんように。」

 「はい。」

 「ほな時間までゆっくりしとき。」

 「はい。ありがとうございました。」



(2)

 9時20分に書類の入ったリュックを持って第二テーブルに行くと、時宗は既にパソコンを開いて何か打ち込んでいた。

 「すみません、先生。」

 「いや、時間前や。」と言って、自分の斜め前のテーブルの短い辺の席を指した。


 雪野はそこに座ってリュックの中からプリント類を出して置いた。


 「ほな、アカデミーの時間割記入表の下書き用の方を出して。」

 雪野が指示されたプリントを出すと、時宗は同じ表に自分が担当する講座を書き入れてあるものを見せて、

 「これを全部書き入れて。」

 「はい。」

 雪野はそれらを記入して、必修科目表にチェックを入れた。


 次に、必修科目の中で時宗が担当していない科目を、時宗が指定した教師のところに記入した。


 「選択科目は、わしの天文と小菊の諜報は必ず入れておいて。あと武術の銃術な。あれはここでは練習できんからな。」

 「はい。」

 「天文1は君が高校でやった地学に入ってたような範囲やが、2になると軍事が関連してくるんや。その辺はほとんどわしが個別で教えることになるけどな。」


 必修科目とその3科目を入れると時間割表は結構埋まった。


 アカデミーの時間割は朝8時から夜7時半まで、90分の授業に10分の休憩を挟みながら7限目までギッシリあった。

 昼休みはなく、学生も教師も空いてる時間に昼食を取る。


 なので3限目か4限目を空けて取るのが一般的だが、人気で学生を絞らなければならない講座はその時間が多くなっていた。


 「あとの選択科目は好きに選んで。教師のことでも内容でもわからんことは聞いて。


ただ、今期はなるべく余裕を持ってな。ちょいちょい休講があって、その補講も入るし、単発で武術系の講座が入ったりもする。」

 「はい。」


 雪野はいくつか興味のあった科目の内容を聞いたりして選択科目を絞った。


 「これで一旦提出しても人数調整で再選択ということもあるから第二希望も2つ3つ考えときな。」

 「はい。」


 最後に時宗のサインが必要な書類を見てもらって提出書類も揃った。


 「午後は買い物に行くから少し早いけど11時半から昼飯にしよう。」

 「はい。」



 部屋に戻った雪野は上機嫌だった。 時宗の授業は基礎医学と基礎薬学の2講座だけだと思っていたが、6講座もある。

 月、火、木に2講座づつあり、金、土、日のラボでの授業も合わせると水曜以外は毎日ある。

 

 しかし、嬉しい反面たいへんだ。

 授業見学の時の時宗の講義は時間の割に内容が濃かった。ノートを取るのもたいへんだったが、復習して憶えるのもたいへんだった。

 他の皆はついていけてるのだろうか…


 

 時間割を見ながらあれこれ考えているうちにあっという間に11時20分になり、雪野はリュックの中身を出して机の引き出しに丁寧にしまった。

 

 買い物の荷物が入るようにリュックを空にして、メモ帳とタオルなど、必要なものだけ戻して、すぐに出かけられるようにして、昼食に向かった。


(3)

 食堂では時宗が皿に食パンと山ほどのレタス、トマト、薄い玉子焼き、薄めのチキンかつを積み上げていた。


 「サンドイッチを自分で作りながら食べるんでええか?」

 「はい。いただきます。」


 「わしが全部作ってもいいんやけど、いつも通りに作ると君はアゴが外れそうやしな。」


 二人はそれぞれ自分の食べやすい厚さで作った。

 時宗のは雪野の3倍くらいあった。


 時宗が大きな口を開けて分厚いサンドイッチにかぶりついたのを見て、思わず雪野も口を開けてしまい、

 「君のはそっちやで。」と笑われ、雪野は慌てて

 「わかってます。」と口を尖らせて、自分のをいつもより小さな口で食べた。


 最初は少し上品に食べていたが、だんだん美味しいのと楽しいので思い切り口を開けて食べ、本当に少しアゴが痛くなった。


 しかし、食べ終えて口の横についたトマトのタネを指で取って口に押し込んだ時には幸せで思わず目をつぶって微笑んだ。


 「いや、ほんまに美味そうに食べるな。」

 「ごちそうさまでした。美味しかったです。」

 「幸せそうで何よりや。」

 「うっ。はい……。」


 後片付けをしながら、

 「昨日聞いた買いたい物、何かあるか?」

 

 「はい。文房具と、地図と、リュックサックを。」

 

 「リュックサックはどんなや?」

 

 「可愛いのとかではなく、訓練など、外で使うような…」

 

 「それならちょうどよかった。忍具店でいろいろ買うから、そこで買えるからな。

 地図は持ち歩ける大きさのがええか?大きいのやったらここにもいろいろあるけどな。」

 

 「国全体のとかは大きいのがいいですが、この辺の市街図は待ち歩けるくらいのが…。」


 「わかった。縮小すると見づらくなるからな。

 ほな、最初は忍具店から行こ。1時出発で大丈夫か?」

 「はい。」

 






 

 

 

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