第35話 それぞれの事情 2
(1)
「今、3人には雪野が見た場面とその後この国に来た流れは話したが、時宗も背景はそれほど詳しくはないので一緒に説明する。
最初に雪野のいた高校拠点についてじゃが……」
統領がパソコンを操作して、高校拠点のデータを出し、他の4人も同じ画面を共有する。
「雪野が入学する前の年に開校した新設校じゃ。
今までは、何かあった時に未成年を巻き込むかもしれない学校に拠点を置くことはタブーとされてきた。
しかし、戦略拠点としてではなく、伊賀で育成している未成年を保護、または隠すために高校に拠点を置いてみることになったそうだ。
伊賀の県内ではいろいろな結びつきが多過ぎるので、隣りの県の大和に置くことになったそうじゃ。
雪野はかなり成績が良く、新設校のレベルではなかったようだが、家から自転車で10分という近さと、地元の中学から成績の良い子が欲しい、という高校側の強い希望で、特別推薦という形で入ったようじゃ。」
「しかし、拠点を置いて何をしとるんじゃ?」
副統領の熊と呼ばれる男が聞く。
「まあ一種の陽忍拠点のようなもんじゃな。
教育委員会と結びつく政治家や、利害関係を求める商売関連の情報収集かの…。
あとは若い下忍達に地元や友人達からいろいろな情報を集める訓練をさせたり。
下忍も16〜17才になれば任務で学校を休んだり、ケガをすることもあるしな。普通の高校では目を引いてしまうことも出てくる。
あの高校は校長、教頭、体育科、理科の教員が全て伊賀の忍びじゃ。いろいろとうまくごまかせる。」
「しかし、拠点として危ない仕事をしている訳でもないのに何故閃光を使うような事態になったのだ?」
今度は小百合が問う。
「何でも伊賀の生徒の1人が、中の国の反政府勢力の構成員の息子と偶然親しくなってしまったらしい。
それで政府側の諜報機関にマークされるハメになった。
もっとも諜報機関は伊賀だとは全く思ってなかったようだ。
反政府勢力の構成員は企業などの駐在員として和の国に潜んでいる者も多く、その息子や娘達の隠れみのになってる学校かと疑ったようで、例の女性諜報員が学校に潜入して来たそうだ。
子供達から芋づる式に親を拘束できる、とでも思ったのかもな。」
「しかし諜報員の潜入を許すとは迂闊なことだな。拠点長はどんな奴だ?」
「山下という40代初めの男だが、祖父母の代から陽忍として和の国におり、日の国の国民でありながら山下自身は和の国の生まれ育ちだ。
地味だがそれなりに有能な男で、潜入して来た女にはすぐに気づいて、調べ始めたところで雪野の件が起こったらしい。」
「雪野が反政府勢力の娘だと疑われた訳ではないのだな?」親爺様が問う。
「それは違う。全く偶然行き当たっただけだ。」
「結局その女の諜報員は殺さなかったのだろう?雪野をこっちに連れて来る必要はあったのか?」熊が訊く。
「閃光を使ってなければ何とかなったかもしれん。
しかし、殺してはいないとはいえ、雪野は取り押さえているところを見て、閃光を受けた。」
「難しいところだね。」小百合が言う。
統領は、
「拠点を撤収すれば何とかなったかもしれんが、相手は伊賀には気付いてなかったし、在学中の子供達をまとめて転校させるのも不自然だしな。
できればそのまま拠点は置いておきたかったのだろう。」
「一時的にとはいえ拠点の中に、中の国の諜報機関と反政府勢力と伊賀が存在してしまった訳やな…。」時宗が言う。
「そこじゃ。中の国の諜報機関は伊賀には全く気付かず、女諜報員を捕まえたのは反政府勢力だと思い込んで、捕らえていた反政府勢力の男1人を解放して女の諜報員と交換することにした。
山下が間に入ってそれぞれの敵側のふりをして交換させた。
交換する前に女の諜報員の記憶を病院拠点で操作したらしい。
その女諜報員は交換後すぐに中の国に戻り、反政府勢力の男も第三国に出国している。」
「女の記憶にはどう擦り込んだのだ?」親爺様が聞く。
「その高校に通っていた反政府組織の男の息子を尾けていて父親に捕まり、反政府勢力に拘束された。学校は全く関係無かった。」
「雪野もその方法でやればよかったんじゃないのか?」熊が聞くと、
「「それはダメだ。」」
小百合と時宗が同時に言った。
「記憶の改ざんは無理に前後の記憶と辻褄を合わせるために脳に大きな傷を残す。」小百合が言って、熊も納得して頷いた。
「ともかく、雪野を混乱させずに安全な所に移すことが必要だった。
もちろん雪野がこっちに来ることを拒んだとて本当に殺したりはしなかったじゃろう。
ただ、雪野はあの拠点の教員達の名前も顔もはっきり知っている。
しかも閃光がその前の出来事を忘れさせた、と言ってたそうじゃし。
殺さないにしても野放しにするにはある程度の記憶操作はすることになる。
教員の1人がそれに強硬に反対してな。」
「どういう理由で?」時宗が問う。
「中西という3年間雪野の体育の担当だった教師だが、雪野は桁外れの優秀さと誠実な性格を兼ね備えた、得難い生徒だと。
変なことをして壊すより伊賀に引き入れてはどうか、と。」
「それで出て来た案が日の国に連れて来ることやったんですね。」時宗が言った。
「そうじゃ。家族や知り合いがいる所でいきなり忍びになると言っても無理があるからな。
それにわしも面接に行って、たいそう気に入ってな。」
統領は孫の顔でも思い出した爺さんのようにデレっと笑った。
4人が白けたのを見て、ゴホンと咳払いをして、
「それでじゃ。時宗の方から、雪野にあの時見たことを教えてはどうかという意見が出た。時宗、お前の考えを。」
「実は昨日、訓練のために使う用具を物入れから出す時、雪野が一瞬立ちすくんだんです。
その物入れが高校の体育館の教員室と重なって見えたようで。」
「思い出してしまったのか?」
「見た内容ではなく、扉の隙間から放たれた閃光を。」
「大丈夫だったのか?」
「意識もしっかりしてて、本人も大丈夫やと。瞳孔なども問題なかったし。
ただ、あんな風にちょいちょい部分的に思い出すより、見た内容や前後の経緯を話した方がいいと思って。
高校の時の雪野やったら問題もあったやろうけど、今のあの子やったら冷静に受け入れられる思うんやけど。」
「閃光を解くのか?」親爺様が聞く。
「いや、できるだけそういう操作はせん方がいい。言葉で説明すれば大丈夫やと思う。」
「そんな簡単にいくなら和の国で説明できただろう。」と熊爺。
「いや、今回の異世界移動と言える体験で、いろいろな状況を受け入れられるキャパシティが広くなったんやろ。
この3日間で和の国と日の国の関係や歴史、現在の状況を話したけど、どの話も自分がそこにおるような受け入れ方ができてた。
柔軟性も想像力も半端やない。」
「なるほど。素直な性格だから疑ったり拒絶せずにスッと受け入れられるんだろうな。」親爺様が言う。
小百合も、
「わかるな。私は話すことに賛成だ。殺害を見たなどの強い恐怖や嫌悪感がないなら、閃光のことも含めて理屈で理解しておく方がいいと思うな。」と言う。
「そうだな。わしも賛成だ。時宗に対する信頼感が絶対だから時宗が話せばよい。」親爺様が言う。
「説明はわしがするんでいいけど、質問に備えて統領も居てもらった方が。」時宗が言い、
「ではそうしよう。」
「了解。雪野に連絡しておきます。」
(2)
「さて、次はもっと面倒なことのようだな。時宗、説明を。」
「15年年前に日向の医学アカデミーに教員として赴任した夕波秋光が今期からここのアカデミーの研究科に戻って来た件についてです。」
「何だ、もう何かやらかしたのか。」熊が太い眉をしかめる。
「まだ何も。ただ、一緒に帰って来た娘、秋湖が雪野や美春と仲良うなったみたいで。
と言っても昨日の昼飯を、深山小夏も含めた4人で一緒に食って、2時間ほど楽しくしゃべったというだけのことなんですけど。」
「雪野と美春はいずれ引き合わせるつもりではあったが……」小百合が言うと、時宗が、
「仲良うしてやるように言って下さったそうでありがとうございます。」と言う。
小百合は、
「美春はこの街のことにも、アカデミーのことにも詳しい。雪野にしろ秋湖にしろ助けになってやれれば良いと思うが。
しかし秋光に目を付けられるのは危ないな。」
「はい。あいつの呪術は人を介しても人の精神を乗っ取れる。
秋湖がどの程度父親のことを知っているのかはわからんが、秋湖を媒介にされたら、雪野など乗っ取られたことにも気付かずに支配されてしまうやろう。」時宗が言うと、皆、眉をひそめた。
「あいつは時宗を狙っているから雪野の存在は許せないだろうな。」親爺様が深刻な顔で言う。
「時宗を、と言うと?」小百合が問う。
「あいつは時宗を秋湖の婿にしたがっていた。」
「えっ?婿って、娘とは面識もないだろう。」小百合が首を傾げると、
時宗が、
「奴が日向に発つ前にわしも師匠と一緒に家に呼ばれたんです。しばらく会えんからと。
何でわしも?と思うたけど子供が喜ぶから来てやってくれ、と。」
「連れて行ったことを息子は後悔していた。」親爺様が俯く。
「わしに、娘と結婚の約束をさせようとしたんや。18才のわしと3才の娘とをや。
気色悪いから断ったら、何も分からん子供の言うことやから聞いてやってくれと。」時宗が言うと、
「おしゃまな子供のお遊びではなかったのか。」熊爺が首を傾げる。
「子供自身はよく分からんまま父親に言われてしがみついてきたんやけど、約束の印を結ばせようとしたんで、遊びでも嫌や、て言うたら、秋湖を通してわしの頭の中に入ろうとしたんや。」
「何を考えてるんだ、全く。」小百合が憤慨する。
「気がついた師匠が呪術返しと封印で助けてくれて無事やったんです。」
「息子の話では、時宗の母方の能力に強い興味を持っていたとか。」と親爺様。
「はあ…医者というのは興味の持ち方を間違えるとろくなことをしないな。」熊が吐き捨てるように言う。
「そりゃまずいね。雪野は嫁ではなく弟子だと言っても納得はしないな。
それどころか雪野に能力や術が伝わることを何としても邪魔しようとするだろうな。」小百合も眉をひそめる。
「だからといって子供達に、秋湖に警戒して傍に寄るな、と言うのも問題だしな……。」と小百合。
「とりあえずわしは、このあと教務課に行って、時間割の上で秋湖を引き離せんか相談してみるつもりです。
幸い秋湖は法科志望やそうで、必修科目以外は他の3人には被らん。意図して離せばかなり遠ざけられる。
あと、熊爺と藤城達の弟子も離した方がいいなら、あいつらも理系やから難しくはないかと。」時宗が言うと統領も、
「ではそこは時宗に頼もう。」と言って、皆頷いた。
統領が、
「しかし、秋光については子供達を引き離すだけではなく、秋光本人を常に警戒する必要があるな。アカデミーの中でもじゃ。
それについて皆、考えておいてほしい。
あと、雪野達に秋湖のことをどう説明するかもな。
明日の朝もう一度このメンバーと藤城達二人で集まろう。
午後には子供達を集めて話したいからな。小菊、それぞれに連絡と調整を頼む。」
それまで口を挟むことなく書記に徹していた小菊は、
「かしこまりました。」と頷いた。




