第33話 アカデミーの友達 2
(1)
廊下に出ると美春達が待っていた。
「待たせてごめんね。」
「私達も今、提出しところ。雪野ちゃん早かったね。」
「学生証の受け取りだけだったから。時間割提出しちゃうね。」
と、秋湖と空いている受付に向かいながら、
「同じ転入生の夕波秋湖ちゃん。」と紹介すると、美春と小夏もそれぞれ自己紹介した。
美春が、
「じゃあ秋湖ちゃんも一緒に食事行かない?」
と聞いて、秋湖も頷いた。
雪野はホッとして、心の中で美春に感謝した。
自分と同じく校内の様子に詳しくない秋湖を1人置いて自分だけ美春達と食事に行くのは気が進まなかったのだ。
4人はこの棟の1階にある食堂を覗いてみたが、食券売り場は長蛇の列だった。
美春が、
「うわー、大教室がそのまま移動したみたいだね。
実験棟に行ってみようか…。」
4人はゾロゾロ外に出た。
「実験棟は出入りするのに学生証がいるし、理系の先生達もよく食べてるから学生は敬遠するから。」
「私達は敬遠しなくていいの?」
雪野が聞いてみると、
「先生達があまり座らない出入り口の近くならきっと空いてるはず。」
「おー、さすが美春ちゃん。」
雪野と秋湖が尊敬の眼差しを向ける。
4人は高等科基礎棟を出て、裏に回る感じで実験棟に入った。
入る時に自動改札のような所を通りながら学生証をかざす。
「ここで何かのトラブルで通れないとビービー凄い音がして警備の人が飛んで来るの。だから、学生は授業がここである場合しかほとんど来ないんだよね。」
雪野は恐る恐るさっきもらった学生証をかざす。
新しい学生証は元気良くピピッと鳴って雪野を通した。
入ってすぐの食堂を覗くと、確かに3割くらい空席だ。
入ると入り口に食券の販売機があり、4人は美春のお勧めの、一番早くできるという日替わり定食にした。
食券の番号が呼ばれて、順番にトレイに乗った定食を取りに行く。
戻って来ると美春が、
「入り口近くのこの席は、若い先生達は絶対座らないの。偉い先生が入って来る度に立って挨拶しなきゃいけないから。
偉い先生達は最初から奥に行くからこんな所に座らないし。
だから結局誰もこの辺には座らないの。」と言った。
雪野は
「へー、なるほど…」と言ったが、秋湖は、
「私達は先生達が通る度に挨拶しなくていいの?」と聞いた。
美春は、
「私は大丈夫。入り口に背中を向けて座るから。」と言って丸テーブルの手前側にサッとトレイを置いたので他の3人は大笑いをした。
「じゃあこっち側に座る人だけ大変じゃない。」と言って秋湖はスッとそこを避けて横向きになる位置に座る。
雪野と小夏は椅子取りゲーム状態になったが、雪野は、優しくて気の弱そうな小夏を押しのけて横向きの席を取ることもできず、
「じゃあ今日は先生達に顔を知られてない私がこっちってことで。」と笑って美春の向かいの、入り口から顔の見える位置に座った。
実際は入って来る人は皆、真ん中の方を向いて歩くので、あまり雪野達の方に注意を払う人はいなかった。
4人はよく食べ、よくしゃべり、よく笑った。
雪野はこの国に来てから歳の近い人と話すことがなかったので楽しくて時間が経つのを忘れた。
それぞれ簡単な自己紹介をしたところによると、
美春はこの街の生まれ育ちで、両親は忍びだが、表では首都入り口の幹線道路沿いで食堂を経営しており、そこでの情報収集が主な仕事だという。
小夏は古くからの伊賀の名家の直系の娘で、当主の父親がたいへん厳しい人とのこと。
秋湖は父親が精神医学の専門家で、元々ここのアカデミーの研究室にいたが、転勤で15年ほど遠くのアカデミーに行っていて、今年こっちに戻って来たという。
今学期から研究科や専門科で教えるとのこと。
雪野は、ちょっとしたことに巻き込まれて伊賀に保護されているが、内容は口外してはならないと統領に命令されている、と言った。
それは統領に指示された自己紹介用の内容だが、あながち嘘ではない。
時宗の弟子になったことも、時宗が保護を担当している、という風にも受け取れる、ということだ。
ただ、美春は小百合の、雪野は時宗の弟子、ということは秋湖には言わなかった。
しかし、4人はそれぞれあまり人に話したくない事情があるため、お互いのことも根掘り葉掘り訊いたりはしなかった。
それでも、将来の夢や好きな男子のタイプまで広範囲過ぎる話題に花が咲き、気がつくと2時を過ぎていた。
「いけない、食事タイム終わってる。食堂は基本11時から2時を除くと自習の場所にもなるから、いつでも食事はできるけどお昼タイム以外は静かにすることになってるの。」と美春が言ったので、4人はトレイを戻して外に出た。
4人はそれぞれ行く先が違ったので、明後日の朝、高等科基礎棟の入り口で待ち合わせることにして別れた。
雪野は、時宗が捜しに来ると言ってたのでアカデミー周辺にいる方がいいかとも思ったが、夕方まで会議と言っていたので、一度アパートに荷物を置きに帰ることにした。
(2)
「そういえばお前の娘、実験棟の食堂で日替わり定食食ってたぞ。」
中央棟の会議室で、会議開始を待つ1時半少し前、時宗の横に座る藤城誠が時宗に向かって言った。
「いきなり何や。わしに隠し子はおらん。」
「お前が昨日天文台に連れて来てた子だ。娘じゃないなら妻か?」
「お前、クナイと手裏剣、どっちを刺されたい?」
「どっちもごめんだけど。」
「しかし、何で雪野が実験棟に?」
「オレが知るか。広野美春と深山小夏と、もう1人見たことないのが一緒だったな。」
「じゃあ広野美春とどこかで知り合って、空いてる食堂を教えてもらって一緒に行ったとかやろな。何時頃や?」
「オレが見たのはここに来る20分前だ。4人とも飯はほぼ食い終わってセルフサービスの茶を前にしてくっちゃべってたぞ。」
「食堂でくっちゃべるなら2時までやな…。飯食ってすぐ走り回らんやろから一旦アパートに帰るか。」
「何だ、その行動分析は?いつでも居場所は把握してるってか?」
「この後、携帯電話を渡すことになってる。」
藤城が何か言おうとしたところに統領が入って来たので二人は黙った。
会議は1時半に始まり、終わったのは4時過ぎだった。
金曜の会議はその週にあったことの報告なので長引くことも多いが、月曜の会議は1時間ほどで終わるのが普通なのだ。
しかし土曜に忍具店で起きた北の国の諜報員の事件のことと、雪野が第二拠点の庇護を受けることについての報告などがあり、長引いたのだ。
時宗は会議が終わったら、統領に雪野が見た和の国での出来事についてもう少し詳しく訊いて、それを雪野に教えるかどうかを相談するつもりだった。
しかしこれ以上遅くなると雪野も困るだろうと思い、統領に雪野に携帯を渡すことになっている旨を申し出た。
統領は、雪野のことについて上の方で考えを統一する必要がある。少し休憩を入れて、今日来ている第二拠点の親爺様と、副統領2人も一緒に話をしよう、と言った。
時宗は30分休憩を取ってもらって先に雪野に携帯を渡すことにした。
(3)
雪野は一旦アパートに戻り、今日もらった校内の地図などに目を通した。
行ってみたいのは図書館と購買部と、今日見た2つ以外の食堂だ。
今日は美春達が一緒だったから実験棟に行ったが、一人の時に学生証をかざしてビービー鳴ったら泣きそうな気がする。
基礎棟の食堂もいつもあんなに混んでいる訳ではないだろうが、他にも候補を見ておきたい。
方角音痴の雪野としては図書館や教室の場所も確認しておきたい。売店の場所や品揃えも見ておきたい。
そんなことをあれこれ考えて、ポーチに先ほど説明会でもらった地図などを押し込んで出かけた。
アカデミーに着くと、最初に図書館を見に行った。
各階の閲覧室や自習室を見て、1階の食堂も見た。
驚いたことに各階に喫茶コーナーがあり、1階の食堂も大きかった。
美春がこっちではなく実験棟に連れて行ったのは、ここは人気の場所で混むのか。
次は購買部を覗いて見ようかと思って外に出たところで、ヒュッと風が吹いた。一瞬目をつぶって、開けると横に時宗が立っていた。
「キャふ!」
「何やねん、それは?」時宗が腹を抱えて笑っている。
「いったい何種類の悲鳴があるんや。」
「先生がいろんな驚かし方をするからです……。」
雪野は口を尖らせてぶつぶつ言う。
「まぁいい、遅くなったけど中央棟まで来てもらってもええか?」
「はい。」
時宗は図書館や売店の裏にあたる東側駐車場に向かった。
時宗の車は出口の近くに駐めてあった。
雪野が乗るとすぐに出発して中央棟に向かった。
「日替わり定食は美味かったか?」
「はい。えっ?なぜそれを?」
「昨日天文台で会った藤城が君らを見かけたそうや。
広野美春達と一緒やったって。」
「気が付きませんでした。ご挨拶もしなくて。」
「食堂でいちいち知り合いに挨拶してたら飯食われへんぞ。」
「美春ちゃんは後ろ向きに座ってたのに人物特定されてたんですね。」
雪野は思わず笑って、椅子取りゲームのことを話した。
時宗は笑って、
「忍びの"眼"を見くびったらあかんで。視野の端にかすっただけでも見たことある奴は特定できる。
広野美春も深山小夏も子供の頃から知ってるからな。」
雪のは急に淋しさを覚えた。
時宗が2人の子供の頃を知っているということは、2人も時宗の10代の頃を知っているのだろうか……。
「美春達とはどこで知り合ったんや?」
「小百合様が、どこかで私が困ってたら助けてやるようにと言って下さってたそうです。」
雪野は大教室でのことを話しながら、落ち込んだ気持ちがホワッと明るくなるのを感じた。
「もう1人は誰やったんや?」
「私と同じく今期からの転入生の夕波秋湖さんという子です。15年前までこっちに居たと言ってました。」
「夕波秋光の娘か!」
時宗の口調が急に変わったので雪野は驚いて運転席の方を向いた。




