第32話 アカデミーの友達 1
今日は、高等科基礎棟の大教室に集合だった。
雪野は開始時間の10分前に着いたが、階段教室はいっぱいだった。
隙間がない訳ではないのだが、6人掛けのため、皆奥に入るのを嫌がって、結果、各椅子3〜4人しか座っていない状態になっている。
雪野が困っていると、入り口側の列の結構上の方の席の女の子が、
「ここ空いてるよ!」
と声をかけてくれた。
雪野はホッとして、ぴょんぴょん駆け上がって、
「ありがとう!助かりました。」
と言うと、その子とその隣にいた子は笑顔で頷いて、奥にズレてくれた。
「先に来た人が、広いから大丈夫だと思って適当に隙間空けて座っちゃうんだよね」
「私も大教室だからって油断してギリギリに来ちゃったし。」
「大教室の方が早く来ないとだよ。」
「本当だ…。次からもう少し早く来よう…。」
そんな言葉を交わしながら雪野が足元にリュックを置いて落ち着くと、声をかけてくれた子が、
「私は広野美春、隣りの子は深山小夏。」と、体を少しそらせて奥の子が見えるようにした。
奥の子が、少し恥ずかしそうに笑いながら小さく頷いて、
「よろしく。」とつぶやいた。
雪野も、
「柳生雪野と言います。転入生なので知り合いがいなくて。よろしくお願いします。」と軽く頭を下げた。
すると美春が、
「えっ、やっぱり?入って来た時、そうじゃないかって思ったの。当たった。」と嬉しそうに言う。
雪野は驚いた。
時宗の弟子になったことで"転入生の女の子"の噂は広がったようだが、アカデミーの学生に名前まで知れているとは思えない。
戸惑う雪野に、小春は声を小さくして
「私、ほんの一部の人にしか知られてないけど、小百合様の弟子なの。あなたが時宗先生の弟子なのと同じ感じで。」
「そうなの?あの凄い…えっと、迫力の…」
小春は、はじけるように笑って
「そうそう。あの。」と言った。
雪野は、余計なことを言った、と後悔したが、あのインパクトを思い出すとつい何か言葉が出てしまう。
「ああ見えて優しいところもあって、雪野ちゃんのことも、誰も知り合いがいない転入生だからどこかで困ってたら助けてあげて、って。」
雪野は小百合の豪快な笑顔を思い出し、心が明るくなって、
「嬉しい……小百合様、ありがとうございます。」と、そこに居ない小百合に手を合わせた。
8時半になると学生課の助手が入って来て素早くプリントを配った。
続いて教員が前に立ち、説明をはじめる。
「皆さんが高等科後期に入って今までと大きく変わるのは、時間割をそれぞれ自分で決めることになり、空き時間ができることです。
研究科になれば、空いてる時間に家に帰っても、買い物に行っても自由ですが、高等科の間は1限目が始まる8時半から4限目が終わる3時までは学校にいることになります。
つまり、空き時間は自習をするということで卒業に必要な時間数をクリアするということです。
今、配ったプリントは、その時間に過ごせる場所の地図です。
図書館、自習室、訓練場、食堂が載っています。
他に例外として、校外での武術の試合参加や、担当の先生の指示によるゼミ参加などがあるので、よく読んでおいてください。
届けが出てなくて学外に出ると欠席扱いになります。」
雪野はプリントをめくって学内の詳しい地図に細かく付けられている矢印を指で追ってみた。
それから教員はそれぞれの施設の使い方や注意事項を説明した。
雪野はせっせとメモをしたが、他の学生には新しいことではないようで、皆あまり熱心には聞いてなかった。
1限目は早めに終わり、2限目は教務課の教員による時間割の説明と、履修届の提出についての話になった。
「流れとしては、オリエンテーションの時に、時間割希望記入表を渡され、皆さんそれを書き入れて今日持って来ているはずですね。」
雪野が時宗の指示を仰ぎながら書き入れたものだ。
「これから各講義について簡単な内容と、単位を取るための試験やレポートについての説明します。
それを聞いて、希望を変更する人は変更して、変更なしの場合はそのまま、今日中に提出して下さい。
明後日、各学生に時間割が渡されます。それで決定になりますが、必修科目が希望のクラスがいっぱいで別の教師の講座に変更しなければならない学生だけ再提出になります。
木、金の2日間でテキスト購入となり、来週の月曜から授業開始となります。」
1限目と違って、この時間は皆、熱心に話を聞き、質問をしている。
とくに人気教師の講座をどうやって取ろうか苦心しているようだ。
美春が小さな声で、
「中央棟の先生の講座は実践経験が豊富だから面白いし、エラい人に顔を覚えてもらえれば、というチャッカリしたのまで押しかけるから毎年たいへんみたい。
小百合様の話だと顔を覚えられない方がいいだろうに、って奴もたくさんいるって。」
雪野は思わず笑ったが、時宗も希望者が多くて大変だろうと思った。
もし土日を割いて授業や訓練をしてもらってるなどと知れたら石くらい飛んで来る気がする……
「美春ちゃんも土日はやっぱり?」
雪野が周りに聞こえても無難な聞き方をすると、
「土日の場合もあるけど、先生が病院の当直の夜などに病院でも。
学科は小菊先生が多いかな。
時宗先生は副官も助手も置いてないから大変だね。」
「自分でやっておくように、が多い。」
「アハハハハ…」
美春が声をあげて笑ったので前の席の男子が振り返り、2人は慌てて黙った。
教員は、各科目の説明を終えると、
「必修科目については希望に添えない場合はこちらで別の先生の講座に振り替えさせてもらいます。
選択科目については第2希望が書いてあればそちらに、ない場合はこちらで決めるか来年再び申し込むことになります。」と言った。
皆、わさわさと隣同士で言葉を交わす。
前の席の男子2人が、
「オレ、薬学はどうしても時宗先生がいいんだけどな。医学とか生物とかは諦めて薬学だけ先生にしたんだけどダメかな〜」
「えっ、それダメだよ。時宗先生は医学なら生物、化学も、薬学なら地学、化学も時宗先生でないとダメなんだぜ。」
「えっ、それ本当かよ!どうしよう。あれこれ全部先生希望にすると他の科目が通って薬学が外れたりするかと思って薬学一点に賭けたのに。」
「いや、あの先生、化学や地学の基礎ができてない奴が薬学に来るとそっちの説明からしなきゃならないから薬学の話が進まない、って凄く嫌がるんだって。
だから高等科前期で化学1とかの成績が良かったか、自分の地学、化学の2を取ってる学生優先なんだって。」
「うわー、オレ全部書き直しだわ。」
雪野は、
―追っかけ優先なんだ…全部追っかけ見学しておいて良かったかも…
心の中でつぶやいた。
前の席の学生は特に薬学だけは、と言っているのを見ると薬剤師志望とかなのか。雪野は地味だけどしっかりした感じのその学生のプリントをさりげなく見た。
緑川透、と名前が書いてあった。
もう1人の男の子は、
「オレは医薬系志望じゃないから単位取るのが楽な先生にした。
時宗先生めちゃくちゃ厳しいからな。」
「そりゃあ人の命を左右する仕事に就くことになるんだからな。」
「お前が医師になったらオレ、お前に診てもらう。医療事故とか無さそうだもんな。」
屈託なく笑う友の横で緑川透はせっせと化学と地学の希望を書き換えていた。
質問も一応途絶えたところで、
「では、そろそろ説明会は終わりにします。この教室を出た所に机を並べて助手が待っているので、希望時間割表を提出して下さい。
変更がある人は今日の4時半まで教務課の前の廊下で受付けてます。」
美春は、
「私と小夏ちゃんは今提出して食堂に行くけど雪野ちゃんは?」
「私も。食堂、一緒でもいいかな?」
「もちろん!行こう。」
3人が席を立ったところで、
「今年から転入の4人は前に来て下さい。」と、呼ばれてしまった。
「あちゃ、そういえばそんなこと書いてあった……ごめんね。先行ってて。」
「いいよ、待つよ。」
「でも何分かかる分からないし。」
「じゃあ10分待って終わらなそうだったら行くね。」
「うん。」
美春達は時間割の提出に並び、雪野は前の教壇の所に行った。
転入生は、雪野ともう1人の女の子、あと2人は男子だった。
教務の教師は、
「夕波秋湖さんはお父さんが先生だし、他の3人は先生が付いているし、問題ないと思うけど質問は?」
と聞いた。
4人とも首を横に振る。
「では、あとはこの学生証だけだね。他の皆は高等科前期の時のに一部修正が入るだけだから新たに配るのは君達だけだ。
学生証は図書館、食堂、購買部、特殊実験室などの入室許可証にも使うから必ずいつも携帯するように。」
そう言って1人づつ顔写真と合わせながら渡した。
「ではこれで。出た所で時間割を提出したら今日は帰っていいよ。明日は特に問題がなければ休み、明後日の8時半にまたこの教室に集合。」
「ありがとうございました。」
4人は口々に挨拶をして出口に向かった。




