第31話 新しい生活 1
翌朝、雪野は5時にアラームの音で目覚めた。
ここに来てからは、だいたい7時過ぎに起きて、アカデミーに行く日は8時過ぎにアパートを出ていた。
しかし、時宗が5時に起きているのだから、雪野も同じ時間に起きるようにしたい。
さもないと、ラボでは時宗が朝修行から戻るまで外に出ることができない。
一緒に訓練をしたければ5時に起きて一緒に出るしかないのだ。
雪野は自分の訓練もしたかったが、時宗の修行も見たかった。
なので、アパートにいる時も5時に起きて体が動くようにしておきたいと思った。
今まで7時過ぎに起きていたので、5時というと夜中に起こされたようで、ひどくだるかった。
スープを温めながら顔を洗う。
時宗は夜中に急襲された時でもすぐに動けるようにと何も食べずに修行をしていた。
しかし雪野が急にそれを真似るのは体に良くない気がした。
―だんだんに慣れていこう。
雪野はスープを食べて、アカデミーに行く時用のリュックを玄関に準備した。
そして、水とタオルと地図を入れたポーチと、10本ほどクナイを入れたウエストホルダーだけを身につけてアパートを出た。
―まず、アカデミーの周りの訓練場から見て回ろう。
そう思ってアカデミーに向かってゆっくり走り出した。骨格と筋肉を意識しながら。
昨日の訓練は3時間ほどだったが、しばらく運動をしてなかった雪野にはかなりこたえたはずなのに、多少の筋肉痛はあるものの、動けないほどではなかった。
おそらくストレッチがかなり効いたのだろう。
アカデミーまでは走れば7〜8分だった。
構内のグラウンドは、幼稚科、初等科の体育の授業に使われる、トラックが1周400メートルのものと、中等科、高等科用の1周800メートルのものがあった。
雪野は両方行ってみたが、驚いたことにどちらも体育の授業中かと思うほどたくさんの人が走っていた。
小グラウンドは子供達がほとんどだったので雪野は大グラウンドの方で走ることにした。
少し見ていると、内側はゆっくり走る人、外側にいくほど速く走る人、という感じだ。
雪野は外側を走る人に弾き飛ばされないように気をつけて内側に入って、波に乗って走り始めた。
しかし、ゆっくりに見えた内側も、走ってみると結構な速さで、雪野は1周走ってコソコソと輪から抜けた。
―今日は場所を確認してるだけだし…
ぶちぶちと言い訳をしながら地図を広げて、今度はアカデミーの周りの訓練場を見に行くことにした。
アカデミーには、雪野が出入りしている北の正門の他に、南門、西門、東門があって、北門以外の3つの門は道一本挟んで訓練場の入り口になっている。
アカデミーの周りを訓練場が囲んでいる形だ。
雪野は3つとも見て回ったが、西側訓練場は細長く、真ん中はトラックになっていて、周りのフェンスに沿ったところには、片面にはボルダリングに使うような壁や、ロープ登り用のロープ、高鉄棒などがあった。
反対側のフェンスの近くには、たくさんの大小のタイヤが下半分を土に埋め込んだ状態で並んでいて、子供達がタイヤの上をピョンピョン跳び移って遊んでいた。
南側訓練場は森だった。
地図で見ても、構内のグラウンドの3倍以上の広さで、奥の方は木が茂ったままで、たくさんの人が木から木へ跳び移ったり、高い木のてっぺんに上ったり飛び下りたりしている。
手前の方は、多くの木が切られた状態で乱立している。
30センチくらいの切り株から、2メートルくらいの高さの、枝部分を切り落としただけのような木もある。
1メートルくらいの切り株ばかりを跳び箱のように跳んで行く人や、高い木の上を跳び移って行く人など様々で、雪野はパルクールとかいうビルからビルなどに跳ぶスポーツを思い出した。
東側訓練場は投擲練習場になっていた。
かなりの間隔が取られながらズラッと的が立っている。
的までの距離はかなり遠いが、見ていると皆それぞれの好きな距離まで近づいてクナイや手裏剣を投げている。
雪野は隅の方の空いているところを見つけ、近くに寄ってみた。
昨日、時宗の訓練場で投げたくらい近くに行ったが、後ろを人が通るので見栄を張って少し下がってみた。
そこから投げてみたが、見事に見栄を張った分、届かなかった。
「アハハハ、あんな近くから投げて外してらぁ」と無遠慮な子供の笑い声がする。
―うっ…やっぱり無理か〜
涙目でまた近くに寄ると、
「後ろから投げるなら投げるで、腕の角度や手首の振り、指から離す位置を変えるんや。
この距離やったら、よく考えて投げたらいけるで。」
「ひきゃっ…」
「ぷっ、ちょっとだけ可愛らしなったな。」
振り向くと時宗が腕を組んで笑いながら立っている。
「せ、先生おはようございます。どうしてこちらに?」
「月曜の朝はアカデミーの教員会議でな。早めに来たから君がウロウロしてないか見に来たんや。」
「えっ、ありがとうございます。この辺りの訓練場を見て回ってました。」
「そうみたいやな。
ほな、ちょっと見栄張ったところから投げてみ。」
雪野は少し恨みがましい目で時宗を見ながら数歩下がった。
昨日の骨格と筋肉の模型を思い出しながら真っ直ぐになげる。
先ほどみたいに手前で落ちることはなかったが、的のかなり下に当たって落ちた。
時宗は自分のクナイを出して、綺麗に持って腕を伸ばした。
「遠くに投げるには少し腕の角度は上げるけど、そのまま今と同じように投げたら上に行ってしまうやろ。
だから手首を振る速さと指で調整するんや。」
そう言って手首の振りを速くして投げた。
的の真ん中に吸い込まれる。
雪野も真似をして投げてみる。
さっきよりは飛んだが、的の上の方にぶつかって落ちた。
「腕の上げ過ぎと、手首の振りが遅い。もっと遠ければ今の腕の角度で曲線を描く感じでもいいけど、ここからやったらもっと直線に近い線でいける。」
「はい。」
頭の中で骨格の角度を修正してもう一度投げる。
少し外れたが、しっかり刺さった。
次は指を意識して調整をしたら、ほぼ真ん中に刺さった。
立つ位置を少しづつ下げながら投げていき、ちょっともう無理かというところで時宗が、
「今日はここまでやな。これ以上離れると肩の使い方も変わってくるしな。
それに、そろそろ行かんと遅刻はあかんで。」
いつの間にか7時を過ぎている。
ふと周りを見ると人だかりがしている。
雪野がクナイをしまうと、
「時宗先生、次はボクにも教えて。」
と子供達が寄って来る。
「すまんな、これからアカデミーで会議があるんや。また今度な。」
そう言って時宗はシュッと消えた。
雪野もそそくさと帰ろうとしたら、
「お姉ちゃん、下手くそなくせにたくさん教えてもらってズルい!」
と、クナイの先よりも鋭い言葉が突き刺さってきた。
雪野は、ヘラッと笑いながら
「ごめんね〜」と言ってササっと退場した。
―うっうっ…確かに幼稚科生より下手だけど…昨日始めたんだし…
ぶちぶち言いながら急いでアパートに帰った。
アパートに着くとシャワーを浴びて、昨日時宗にもらった食料を温めた。
テーブルに並べて座ると幸せいっぱいになって、先ほどの子供のことはどこかに消えていた。
「いただきます!」
元気に言って、元気に食べた。
後片付けをして、玄関に置いたおいたリュックを背負って外に出た。




