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彼の国(かのくに)  作者: 春の雪
 第二章 彼の国にて

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第30話 警護

(1)

 時宗がボストンバッグを持ってくれたので、雪野は来る時持って来た大きなリュックを背負って、ここで買ってもらったリュック2つを両手に持って下りた。


 二人は車のトランクに荷物を積んで、座席に乗り込んだ。 


 忍具店に向かって車を走らせながら、

 「これから第二拠点の宿舎に行く。

 わしが首都におらん時には君はそこで生活する。


 アカデミーにはそこから通うことになる。場合によっては君には宿舎の部屋を出た時から帰るまで護衛が付く。」


 「先生が首都を離れられることはよくあるのですか?」


 「中央棟の幹部になってからは滅多にないし、離れても1週間くらいや。

 昨年度は国外1週間1回、国内5日間1回、あとは1泊2日が月1回ほどや。」


 「そうなのですね。」


 「中央棟の幹部の出張は極秘やから1泊の出張は君が知らんうちに行って帰って来ることがほとんどやろな。


 まあ、アカデミーの授業が休講になることはあるけど、中央棟や病院にこもってて休講のこともあるしな。」


 「お忙しいのにすみません…」


 「やたらと謝ると破門するで。」


 「お忙しいのにすみます!」


 「フッ、そんな使い方はない。」


 「はい。」


 雪野は笑いながら、一昨日の夜、ラボに来た時のことを思い出した。

 

 あの時は、本当に弟子にしてもらえるのか不安で小さくなっていた。

 

 時宗の温かい言葉に元気付けられ、2日間でたくさんの事を学び、たくさんの事を経験した。


 あまりにもいろいろなことがあって、ひと月もここで過ごしたような気がする。



 窓の外を見ると、すっかり日も暮れて、昨日忍具店に行った時は人でごった返してた道も今は閑散としている。


 忍具店の裏の倉庫の前の道を真っ直ぐ進み、宿舎の裏門に着く。


 「ここは内部の者が出入りする第三ゲートや。君も原則、ここから出入りする。

 車の場合、ここで合図して真ん中の大きな扉を開けてもらう。

 徒歩の場合はあの物見台の下の狭い扉からや。」


 「はい。」


 時宗がライトを点滅させると物見台のライトがこちらに向けられ、大扉が開けられる。


 時宗が車を乗り入れると扉が閉まる。物見台の内側に影5が立っていた。


 「お疲れ様です。」

 「世話になるな。」


 「車はこちらへ。」

 一番近くの駐車場に駐める。


 雪野はポーチだけ持って車を降りた。


 「6号棟になりますが。」


 「それでいい。他との接触が少ない方がいいからな。」


 影5に付いて比較的近い棟の一つに行く。


 4階建てで、各階に5部屋あるのでアカデミーのアパートよりひと回り大きい。


 外階段を上り、影5は3階の303号室の鍵を開け、先に入って電気を点けた。


 時宗に促されて次に雪野が入る。

 広くはないが、2DKの間取りで寝室と居間とダイニングキッチンがある。


 飾り気のない部屋だが、キレイに掃除がしてある。


 アパートの部屋のような狭いワンルームを想像していた雪野は思わず嬉しそうな顔をした。


 実は影5が元々予定していたのは独身の新人警備員が使う部屋で、もっと狭い、雪野のアパートの部屋のような間取りだ。


 ただ、そこだと他の警備員達と近くで過ごすことになる。


 時宗の信奉者は多く、中には雪野をよく思わない者も出てくることを考えて、遠い拠点から会議などで来た者が泊まるこの部屋を当てたのだ。


 「こちらでどうでしょう。」影5は時宗に聞いた。


 「ちょっと贅沢やけど位置的にここが最良やな。ありがとう。」


 「では鍵の貸し出し証にサインを。ここで渡します。」


 雪野は言われた用紙にサインをして鍵を受け取った。


 影5は雪野に、

 「冷蔵庫に飲料水と、戸棚にレンジで温めるだけのタナカのご飯とレトルトカレーなどが3食分入っているので夜、急に来ることになっても大丈夫。


 食べた分は実費で補充をしてもらうことになるので事務所に報告するように。


 他、洗面所に洗濯機があるのも台所の設備もアカデミーのアパートと同じだから。」


 「はい。」


 「あと、このインターフォンが玄関のベルに繋がっている。

 この赤いボタンを押すと防犯ブザーが鳴る。

 受話器を持って黄色のボタンを押すと警備員詰め所に、青いボタンを押すと事務所に繋がって内線で通話ができる。」


 「はい。」


 「居間には小さなバルコニーがあって緊急時の避難梯子がある。

 

 バルコニー側の向かいの4号棟の、3階と4階は事務所や警備員詰め所、会議室などになっているので、万が一緊急ボタンが作動しない場合などはバルコニーから大声で叫ぶように。」


 雪野はもしそんなことがあってもヒギャーと叫ばないように気をつけようと思いながらチラッと時宗を見た。


 時宗は口に手の甲を当てて笑いをこらえている。


 ―くっ…次は乙女らしくキャーと叫ぶ!


 「そんなところだが、質問は?」


 「コホッ、今のところありません。ありがとうございます。」


 3人は部屋を出て、今度は雪野が鍵を閉めた。



(2)

 駐車場に来たところで、雪野は影5にお礼の挨拶をしようと思って立ち止まった。


 同時に時宗が口を開く。

 「雪野。この後、影5とわしとで君の部屋に防犯カメラを取り付けに行く。急やけど大丈夫か?」


 雪野はキョトンとしたが、

 「あ……はい、一昨日出て来たままの様子ですが。」


 「構わん。特に動かすほど物はないしな。

 影5、わしの車で行くか?」


 「いえ、帰りに中央棟に寄りますし、準備もできてますので。」


 「そうか。」

 時宗は頷いて、自分の車に向かった。雪野も慌てて後を追う。


 影5も近くに駐めてあった自分の車に乗り込んだ。


 第三ゲートが開いて2台の車を出して、閉まった。


 時宗の車は来た時と同じ道を通って商店街を抜けた。

 影5の車はゲートを出ると反対方向に走り出した。


 「?」

 「誰かが見てても同じ所に行くと分からんように別道を行くんや。」

 「そうなのですね。」

 雪野は何となく理解して黙った。


 少し走ると時宗が、

 「君は明日はアカデミーで時間割の説明会があるって言うてたけど、何時頃終わる予定や?」


 「全体の説明会が8時半から11時半、その後転入生は少し残るそうです。」


 「そうか、午後は空いてるんやな。

 そしたらわしの方から連絡する。

 

 夕方になると思うけど携帯電話を渡したいからな。

 一昨日頼んだのが、土日が挟まったから明日届くことになってるんや。」


 「はい。では私はどうしていれば?」


 「好きにしてていい。わしの方も朝はアカデミーの教員会議、昼前から中央棟の会議や。

 時間が分からんからこっちで見つける。」


 「はい。」


 それから時宗は雪野がこの先使う携帯やパソコンのことを少し話し、そうこうしているうちに車はアカデミーのアパートに着いた。


 影5の車は既に駐車場の一番奥に駐まっている。


 時宗は一番手前の、入り口近くに駐めた。


 二人は荷物を持って階段を上がった。雪野がキョロキョロすると、

 「大丈夫や。向こうの階段から上がってる。」


 通路を歩いていても向こう側から来る様子もなかったが、部屋の鍵を開けて雪野と時宗が入ると、ずっと一緒にいたかのように続いてスッと入って来た。


 雪野はヒギャっと言いそうになったが頑張って歯を食い縛った。


 「先に言っておくけど、スリッパも茶もいらん。」


 「はい……」


 影5は玄関傍に脚立を置いて中にはいり、

 「部屋を見せてもらう。」と言った。

 「はい。」


 狭い部屋なのですぐ見終わったが、最後に押し入れを開けて天井を見た。


 「玄関前の通路手摺りに1、中は玄関上、ダイニング、居間、窓外、押し入れ、天井裏、トイレ、洗面所、風呂場に各1、計10ヵ所に付けます。」


 「そんなところやな。」

 時宗は言ってさりげなく雪野の表情を見た。


 雪野は、トイレ、風呂場、のところで一瞬ポカンと口を開けたが、次の瞬間スッと表情を消した。


 影5もそれを見ていて、

 ―こういう顔もする子なのか…厄介だな…

 と思った。


 普通は風呂場やトイレにカメラを付けるというと女性に限らず皆、不満を唱える。

 ごく一部、今の雪野のように反応を見せない者もいるが、そういう場合、ほぼ確実に後でカメラに何かを掛けて見えなくしたり、へたをするとぶっ壊したりする。


 「カメラは日常的に作動しているのではなく、時宗様が首都にいない時と、時宗様の指示があった時のみ作動させる。

 

 時宗様が首都にいない時は君は先ほどの宿舎で生活する。何かを取りに来る時くらいしかここには入らないはずなので、実際はあまり作動させることはないだろう。


 そして、作動している時の映像にアクセスする権限があるのは私と時宗様、もう1人、君に付く女性警備員だけだ。」


 雪野はそれを聞いて少し表情が和らいだ。


 「女性警備員は実際に時宗様が首都を離れる時の状況で決めるので毎回同じ警備員が付くとは限らない。」


 「はい。」


 影5は時宗に向かって、

 「では取り付けにかかります。」と言って玄関の上から作業を始めた。


 影5は、どこに付いているのか雪野には全然分からないほど緻密に取り付けていった。


 時宗は押し入れの天井裏に付ける時だけ少し手伝って、あとは見ているだけだった。


 10分ちょっとで全部終わり、影5はテーブルの上に1枚の書類を置いて、

 「サインをお願いします。」と、時宗と雪野に言った。


 カメラの取り付けは2人以上で場所を確認し、部屋の住人の同意書も必要とのことだった。


 影5は最後に外の通路の手摺りに、ほぼ一瞬という速さで取り付け、

 「完了しましたので私はこれで。」と言った。

 時宗が

 「ご苦労さん。」と言うと、脚立を持って姿を消した。


 時宗と雪野は中に戻り、時宗は雪野に食料の入ったトートバッグを渡した。


 それから自分のリュックから、さっきラボで見た骨格と筋肉の図鑑とプリントの冊子を出してテーブルに置き、

 「図鑑は貸しておくけど、高額な物やから外には持ち出さん方がいい。」


 「はい。ありがとうございます。」


 「そしたら、わしも帰るわ。きちんと戸締りしてな。

 君が鍵をかけたのを確認してから下りるから出て来なくていい。

 ゆっくり休み。」


 「はい。いろいろありがとうございました。お休みなさい。」


 雪野は鍵とチェーンをかけて部屋に戻った。

 

 手を洗って、とりあえず食料をトートバッグから出した。

 

 フタを開けてみると、朝の焼き魚と玉子焼き、昼の小にぎり、晩の生姜焼きと、内容は同じでも量は残り物とは思えず、わざわざ多めに作ってくれたのだとわかる。


 雪野は涙ぐみそうになって、慌てて玉子焼きを一つつまんで口に放り込んだ。


 それからタッパーを冷蔵庫にしまい、洗顔をして寝巻きに着替えた。

 

 持って帰ってきた物をそれぞれの場所にしまって、明日のアカデミーの支度を終えた頃には半分眠っていた。


 最後の気力を振り絞って日記帳を開いたが、とても今日一日のこと全ては書けない。


 昨日に続いて今日も思い切り省略した。


 "時宗先生のクナイに夢中。目標は時宗先生。"


 この時、雪野の頭の中に浮かんでいたのは、骨格と筋肉の模型だった。


 


 


 

次回から第3章『アカデミー』に入ります

同じ歳の友人達など登場人物も増えていきます

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