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彼の国(かのくに)  作者: 春の雪
 第二章 彼の国にて

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第28話 訓練の始まり 2

 訓練場に戻って中に入ると奥にいろいろ並んでいる。


 鉄棒、平均台、跳び箱…

 雪野は思わず、ぅげッと唸った。


 時宗は噴き出して、

 「今日は軽く運動能力テストをやるけど、やる前から結果が見えたな。」


 雪野は泣きそうな顔で口を尖らせて

 「小学生の頃はできたんですが…ちょっと…だんだん重くなったら…その…」


 「体が成長する間もずっと続けてればいいんやけど、なかなかな学校の体育だけではな。」

 「はい……」


 「でも大丈夫や。一度できたということは特別な事情がない限り練習したらまたできるということや。」


 「え…はい…」

 雪野は前途多難な予感しかしなかったが、一応頷いた。


 「さて、最初に3周走って。ゆっくりで構わん。関節と筋肉をしっかり動かすことを考えながらな。」

 「はい。」


 高3の3学期から体育も含めて授業もなくなり、4ヵ月ほど走ることなどなかったので、すぐに息が上がった。

 

 しかし無理に速く走ろうとしなかったのが良かったのか、だんだん体が動いてきてリズムが整ってきた。


 次に柔軟体操をしっかりやらされた。

 ギューっ、ヒィーっという悲鳴とベキボキいう関節の音がしばらく響いて、

 「柔軟終わり。」と言う声がした。

 どうにかヨレヨレと立ち上がると、

 「次、鉄棒。」という非情な指示が飛ぶ。


 「子供の頃には前回りと逆上がりの他は何ができた?」


 「連続前回り、連続逆上がり、ダルマ回り、足かけ前回り、足かけ後ろ回り、名前は忘れましたが他にも…。」

 

 「おお、凄いな。そしたらそれを全部取り戻そうな。」


 ―うっ…前回りと逆上がりだけ言っておけばよかった…


 結局、今は前回りしかできない、ということを証明するだけで鉄棒は終わった。


 次は隣の平均台に移った。

 「10センチ幅で、こっちは高さ30センチ、そっちは120や。

 とりあえず30に上がって。」


 「はい。」


 雪野は指示通り前に歩いたり後ろに歩いたり、片足で立ったり、ちょっと跳び上がったりした。


 120の方で跳び上がって着台した時よろめいて一度落ちたが、その時以外はうまくいった。


 そしてとうとう跳び箱がやって来た。

 置いてある跳び箱は6段だった。


 「跳んでみて。」

 「あの、多分跳ぶということにはならないかと…」


 「よじ上るんでも何でも構わん。」


 ―え?それでいいんですか?

 雪野はとりあえずポテポテ走って、踏み切り板で両足を揃えて少し跳び上がり、クッションの手前の方に手をついてしがみつき、そのまま踏み切り板の上にずり落ちた。


 ―うっ、よじ上るのも無理だった…


 「なるほどな。」

 時宗はそう言って、跳び箱の一番上のクッション付きの段を外して、残りの5段を横にどけた。


 そして1段目だけをマットの手前に横に向けて置いた。


 「少し助走をつけて、ここで両足で踏み切ってあっち側のマットに両足で着地して。手は体の横で普通に振っていいから。」


 雪野は5、6歩走って踏み切って飛び越えた。

 着地は少しよろめいたが、さすがに飛び越えられた。


 「それでいい、今度はなるべく遠くに着地するように。

 足は無理にピッタリくっつけんでいいけど必ず両足着地でな。」

 「はい。」


 何回か跳ぶと、

 「次は跳んだらすぐ開脚、跳び箱の幅に脚開いて、着地はまた脚閉じて。」


 雪野は、跳び箱の幅とはいかなかったが、一応開脚跳びで跳び越えて着地した。

 

 何度か跳んで、次は跳び箱が縦に置かれ、しばらくして2段になった。

 足がぶつからないように頑張って高く跳んだので、下りる位置は近くなってしまったが、よろめきながらも何とか両足で着地できた。


 そして4段になった。

 「これは手をつかんと跳べんやろ。

 最初は跳び越せなくても、座ってしまって構わん。

 ただ、踏み切った後、さっきみたいにしっかり脚開いてな。」


 「次は座ったあと、膝を曲げずに前に揃えて伸ばして。」


 「次は体を前に倒して両足揃えたまま下りて。」


 いろいろな指示が付け加えられて、少しづつ跳び箱っぽくなったところで、

 「そしたらちょっと見といて。」

 時宗は雪野を跳び箱の横に立たせて自分が跳んで見せた。


 「うわぁぁぁ……」


 長身の時宗が4段を跳ぶのだから、逆に不格好になりそうだが、跳び箱など無いかのように軽く綺麗に跳んだ。音もなく。


 「口は閉じてていいから、しっかり見といてな。

 10回跳ぶから、最初は脚を、踏み切りから着地まで見て。次は上体。それから全体。」


 そう言って時宗は8回目まではゆっくり、最後の2回は普通の速さで跳んだ。


 その空間だけ違う時間が流れているようで雪野はボーっと見とれていたが、4回目からは目をキラキラさせてしっかり見た。


 「真似して跳んでみて。」


 真似しようと思ってできるものでもないが、興奮状態だった雪野はできるかどうかは考えず、とりあえず脚を意識して跳んでみた。

 

 脚に押される感じでつんのめって、慌てて座ろうとしたが、勢いがついておしりをぶつけながら前に落ちた。


 「おお、だいぶそれらしくなったな。

 そしたら、あと5回跳んだら跳び箱は終わりにしよ。」


 雪野は頑張って跳んだが、勢いよく跳んで何とか越えても着地は尻もちで終わったりして、ちゃんと跳べたとは言えないまま5回が終わった。


 「もう少しやりたいです。」


 「跳び箱は終わり。ズルズルやってもいいことはない。

 休憩してクナイも少しやっておきたいからな。」


 「はい…」


 「ゆっくりストレッチして。筋トレと違うからな。勢いや力技でやったらあかんで。」


 時宗の真似をしながらしばらく体をほぐしてから、壁ぎわの椅子に座るようように言われた。


 汗を拭いて水を飲みながら雪野は、何となく楽しいことをしていたような爽やかな気持ちになっていることに気付いて不思議に思った。


 時宗が笑いながら、

 「最初に跳び箱にしがみついてズリ落ちた時とはえらい違いやな。

 まさか、もう少しやりたいという言葉が出て来るとはな。」と言った。


 雪野も笑って、

 「高校で体育が跳び箱だった時は、なるべく順番がゆっくり回って来るようにとか、何かの行事で体育が無くなればいいのに、とか思ってました。跳び箱のテストの日には、いっそ台風が来て休校にならないか、とも。」

 

 「しかし、子供の頃鉄棒がいろいろできたというのは元々得意やったんと違うんか?」


 「いえ、むしろ苦手で、クラスで逆上がりができない3人のうちの1人でした。

 恥ずかしくて、しょんぼりしてたら、鉄棒がすごく得意な友達が練習に付き合ってくれて。」


 「公園でこっそり練習したんか?」


 「ぷふっ、いえ、校庭で堂々と。

 最初はその子が一生懸命に教えてくれるので、ありがたいのと仕方ないのとで嫌々やってたんです。

 

 でも少しづつできるようになったら嬉しくて、だんだん楽しくなって……朝早く行って、休み時間も全部使って、放課後も下校の音楽が鳴るまで鉄棒に夢中でした。」


 「それやな。夢中になるっていう気持ちは、たくさんある前向きな気持ちの中でも一番強い気持ちやからな。


 夢中になると、恥ずかしいとかカッコ悪いとかも、失敗してケガした痛みとかも全部吹っ飛ぶからな。」


 「そういえば何回も落ちてケガをしても気にもならなかったような……」


 「もし高校の時の跳び箱もその気持ちを思い出して夢中でやってたら6段や7段はすぐ跳べてたやろうな。」


 「う…それは…そうかも…です。」


 「夢中になるっていうのは引き込まれるようにしてなるもんかもしれんけど、一度体験してれば気持ちを寄せていくことはできるはずや。」


 「はい…。」


 「これから君は体術系の訓練をたくさんやっていくけど、ここのアカデミーは半分以上は親が忍びの子や。

 歩き始めてすぐから訓練をしてきてる子も多い。


 君の今の状態は幼稚科生並みの部分も多い。しかもわしの弟子や言うていらん注目もされとる。


 キツいことも多いやろけど、夢中で練習した時の鉄棒を思い出して頑張りや。」


 「はい。」

 雪野は汗を拭くふりをして涙と鼻水もこすった。

 

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