第21話 中央棟
画面には組織図とそれぞれの担当の長と思われる者の顔写真があったが、名前と思われる部分は黒い線で消されていた。
「お名前は一般には公開されていないのですか?」
「いや、この組織図はコピーや持ち出しは不可やけど伊賀の忍びやったら閲覧はできる。だから名前の部分も見られる。
とりあえず消してあるのは、君が一度に名前まで覚えるのは大変やし、人を覚えるのに必ずしも名前からという必要はないからや。
名前が書いてあるとそっちに目が行って頭の中で情報が散らばるんや。
逆に名前の中に知らん漢字があったりしたらそこに集中して他の情報が入って来んようになったりな。
それに忍びは名前をいくつも使い分けたり、逆に一切表に出さん奴もおるしな。
ただ、もし相手から名前を教えられたら、その時は一度で正確に覚えるようにな。
今はとりあえず役職と顔を覚えて、そのあとに呼び方、階級、それからその他の知っておくべき情報があれば教える。」
「わかりました。」
時宗は組織図の一番上の列を指して、
「統領は全体のまとめやからわかりやすいな。
その横は副統領な。2人。
1人は知っとるな。小百合や。可愛らしい名前やけどめちゃくちゃ強い。」
「統領が最初に紹介して下さった時、おっかないババア忍者と。」雪野が小さな声でポソっと言うと、時宗は笑って、
「統領もあの人には頭が上がらんからな。」
「そうなんですね。」
「もう1人の副統領は知らんな?」
「中央棟の会議室で先生を紹介していただいた時、統領の横にいらしたのでお顔だけは。」
「そうやったな。
副統領は、小百合が主に陽忍の取りまとめ、そっちのオッさんが陰忍の取りまとめや。
他にもあれこれやってるけどな。
他に覚えてる顔はおるか?」
「小菊様は初日からお世話になったので。
あとは、あの時、先生の両側にいらした方はお顔だけ。」
「そうか。まあ、あまり自分が話してる相手以外をジロジロ見る雰囲気ではなかったしな。」
「はい。」
「だんだんに訓練で視野を広くして全体を見て覚えられるようにならんとな。」
「えっ、訓練でできるようになるのですか?」
「できる。さりげなく見回しながらサッと覚える方法とかな。」
雪野は目を丸くしたまま頷いた。
「とりあえず伊賀の中央棟に常駐してる幹部は、統領、副統領2人、わしを含む4人の特別上忍や。
元々、上忍とか下忍とか言うのは役職ではなく、忍びとしての階級みたいなものや。
しかし、この国で特別上忍というのは伊賀忍の組織の役職や。
小菊は事務・諜報
わしは医薬・天文・地学・諜報
わしの横に座ってた色の黒い奴が土木建築・破壊工作
色白の奴がネット・情報戦略
特別上忍は中央棟以外にも20 人ほどおるけど、今はこの7人がこの国の伊賀を動かしてる幹部や。
中央棟というのはこの国の伊賀の本部や。建物を指すことも組織を指すこともある。」
「中央棟の特別上忍の4人の方はお若いのですね。」
「戦争で一気に代変わりしてしもてな。
10年前までは40代の者ばかりやったけどな。」
「本当に壊滅的だったのですね。」
「戦争で、前線で指揮する年代やからな。
中央棟以外の特別上忍には年寄りもおる。若いのと年寄りで、真ん中が抜けてる。戦争の後遺症やな。
しかし、そういう反省点もあって、今、組織の構成もいろいろ変えてる最中や。」
「そうなんですね。
この組織図は毎年更新されるのですか?」
「そうやな。途中で変更があれば修正が入るけど全体図は毎年6月更新や。4月に人事の見直しがあるからな。」
「普通の会社みたいですね。」
「同じような組織になってるけど、仕事がいつもある者ばかりやないし給与も基本給無しの完全歩合制や。
仕事量、危険度、上げてくる情報の質と量などによってな。
だから皆、副業をしとる。
例えばわしは、薬草園の管理、薬剤師、医師、アカデミーの教員。」
「副業だけで凄い収入なのでは?」
雪野が目を丸くして言うと、
「税金で半分以上持ってかれるけどな。」と笑った。
「えっ、いくら何でも税率高過ぎでは?」
「副業は税率が高いんや。だから忍びの方を副業にしてる奴が多いけど、中央棟の幹部になるとそっちを本業で届けなあかんのや。
しかも扶養家族もおらんと更にガッポリ取られるしな。」
「そうなのですね。」雪野は笑いながら、頭の中で、
――先生は多分30代、独身、高額納税者…。
と、情報を付け足した。
「モテモテ条件満たしてるけど彼女はおらんで。」と、時宗が笑いながら言ったので雪野はソファーから転げ落ちながら咳き込んだ。
「わ、私はゴホッ、そんな…ゴホッ、…。」
「ほんまに分かりやすくておもろいな。」時宗は声を上げて笑って、
「次、行くで。名前の他にこの組織図で消してあるのは年齢、階級や。
年齢というのはいくらでもごまかせるのに、割と人間は年齢にとらわれるんや。
例えば、わしの名前の下に55才と書いてあったら、君の中でわしに関する印象情報が大きく変わるはずや。」
「はい、確かに…。」
「年齢の横には上忍、中忍、下忍が書いてある。
それは忍びの階級や。元々中忍というのはなかったけど、下忍が何人か組で動く時の司令塔になる。
伊賀の忍びの子供は物心ついた頃から父親に付いて修行を始めることが多い。
10才くらいには大人顔負けの忍術を使える奴も多い。
しかし、司令塔となると話は別や。
だから中忍という階級を置いて、司令塔として人を動かす能力があるかどうかを見て決めるんや。」
「試験とかでですか?」
「担当の上忍の推薦やな。
上忍には甲乙丙丁とあって、丙、丁は中忍に仕事を振り分けたり作戦指示を出したりな。
難しい任務の場合、自分が司令塔として中忍何名かを率いることもある。
甲や乙は知識も技術、忍術・体術も高位であり、昔で言うと1人で城を壊滅させるレベルの仕事を求められる。
和の国を含む国外の拠点の拠点長も上忍の乙以上がやる。」
雪野が一瞬目を輝かせたが、時宗は敢えてスルーした。
「上忍のうち、甲乙丙丁が付いてないのは昔からの忍びの名家の当主と、試験がない頃の年代の年寄りで、誰が見ても上忍としての実力を兼ね備えてる人や。」
「上忍は試験があるのですね。」
「学科、実技とも難しいで。」
雪野は、今の時点では目指して頑張ります、とは言えず、小さく頷いただけだった。
時宗は、
「さてと。」と言うと、パソコンのキーを1つ叩いた。
離れたところでプリンターの作動音がして、
「このまま待っててな。」と言って自分の部屋に消えた。
すぐにプリントを4枚持って戻って来て、
「コピーや持ち出し禁止と言ったけど、君はまだパソコンを持ってないからな。
ここに居る間だけ、暇を見つけて覚えて。帰る時は机の引き出しに入れておくように。
だいたい50人くらいやから今回だけでは覚えられなくて構わん。来週もまた少しずつ覚えていけばいいから。」
「はい。ありがとうございます。」
見ると、1枚は今画面で見ていた名前が消してある物、もう1枚は消してない物、それが2組あった。
よく見ると、第一拠点と第二拠点の2組ある。
「第二拠点は昼間回った忍具店周辺一帯の拠点のことな。」
「はい。」
「次はその第二拠点についても簡単に話しとこ。
その前にちょっと電話しとくな。
昼間、影が何か話したいみたいなこと言ってたからな。
ここに居て構わん。お茶でも飲んでてもいい。」
そう言って時宗は通信機を付けた。




